第三十五話 紙切れが金貨より信用されたので、王都の銀行が怒り出した
王都両替商組合からの告発状が届いた翌朝。
アルフォンス城の執務室には、重苦しい空気が漂っていた。
「……通貨偽造罪ですか」
ミディアが書状を読み上げた。
「有罪になれば、交換証書の発行停止だけでは済みません。発行に関わった役人の処罰、保管金貨の差し押さえ、場合によっては領主権の制限まで……」
「随分と大げさだな」
レアルは平然としていた。
「大げさではありません!」
ミディアが声を上げた。
「王国の通貨制度に関わる問題なんですよ!」
「だから、金貨は一枚も作っていないと言っている」
「そういう問題では……」
「では、何が問題だ?」
ミディアは言葉に詰まった。
代わって答えたのはリシアだった。
「信用です」
「ほう」
「あなたの交換証書は、王国の金貨と同じように取引に使われ始めています。つまり、王都の両替商が長年独占してきた信用取引を、あなたが奪っているのです」
「独占が崩れたから怒っているわけか」
「簡単に言えば、そうです」
レアルは椅子に背を預けた。
「ならば、信用で勝てばいい」
三日後。
アルフォンス領の市場中央に、大きな掲示板が設置された。
そこには、交換証書に関する数字が並んでいた。
発行済み証書の総額。
保管庫に存在する金貨の枚数。
交換済み証書の総額。
そして、未交換証書の残高。
「……全部公開するんですか?」
ミディアが驚いた。
「そうだ」
「保管金貨の枚数まで?」
「隠す理由がない」
レアルは掲示板を見上げた。
「信用とは、信じろと言って得られるものではない。確認できるから生まれるものだ」
リシアが静かに頷いた。
「理屈は分かります。ただし、数字が正しいことを誰が保証するのですか?」
「お前だ」
「……私ですか?」
「王都監察官が帳簿と現物を照合する。監査結果を公表する」
リシアは眉をひそめた。
「私を勝手に使わないでください」
「嫌なら断れ」
「……断れば、あなたが好き勝手に数字を発表するのでしょう?」
「そうなるな」
リシアは深くため息をついた。
「分かりました。ただし、不正があれば容赦なく告発します」
「それでいい」
監査は三日間続いた。
保管庫の金貨を数える。
証書の発行記録を照合する。
失効した証書を確認する。
そして四日目。
市場の掲示板に、リシアの署名入り監査報告が貼り出された。
『発行済み交換証書の未償還残高と、保管金貨の残高は一致している』
『現時点において、預託金貨の流用および架空発行は確認されない』
商人たちは、その報告を食い入るように見つめた。
「……王都の監察官が保証したのか?」
「いや、保証じゃない。帳簿が正しいと確認したんだ」
「それなら、金貨を持ち歩くより安全じゃないか?」
「盗まれても番号を届ければ、支払いを止められるらしいぞ」
「そんなことまでできるのか?」
交換証書の利用者は、さらに増え始めた。
十日後。
王都両替商組合の会議室。
「……どういうことだ!」
組合長が机を叩いた。
「告発したのに、なぜ利用者が増えている!」
「それが……監察官による監査結果が公開されまして」
「監察官だと?」
「はい。王都から派遣されたリシア監察官です」
組合長の顔色が変わった。
「……余計なことを」
部下が続けた。
「さらに、王都の商人の一部まで交換証書を使い始めています」
「馬鹿な!」
「王都で商品を売り、アルフォンス領で仕入れる商人たちです。金貨を運ばずに済むため、便利だと……」
「やめさせろ!」
「ですが、合法的な預託証書の譲渡まで禁止する根拠が……」
組合長は唇を噛んだ。
そして、低い声で言った。
「……ならば、金貨を引き出させろ」
「はい?」
「アルフォンス領の証書を大量に買い集め、同じ日に金貨へ交換させる」
「ですが、全額の金貨が保管されているのでは?」
「本当にあるなら、確認してやればいい」
組合長は笑った。
「もし一枚でも足りなければ、信用は終わりだ」
さらに五日後。
アルフォンス領の交換所に、大量の証書が持ち込まれた。
「金貨に交換してもらおう」
「こちらもだ」
「全部、今日中にな」
窓口の職員たちは驚いた。
通常の数倍の交換請求だった。
知らせを受けたミディアが執務室へ駆け込んだ。
「レアル様! 大量の交換請求です!」
「何枚だ?」
「金貨換算で、保管額の四割近くです!」
「払え」
「……よろしいのですか?」
「預かった金貨を返すだけだ」
レアルは立ち上がった。
「保管庫を開けろ。監察官にも立ち会ってもらう」
市場中央。
大量の金貨が運び出された。
箱が開けられる。
中には、金貨が整然と積まれていた。
商人たちは息を呑んだ。
「……本当にあった」
「全部、金貨だ」
交換は順番に進められた。
証書を確認する。
番号を照合する。
金貨を渡す。
帳簿に記録する。
夕方
最後の商人が金貨を受け取った。
交換不能は、一件もなかった。
リシアが記録を確認する。
「……すべて完了しました」
ミディアが椅子に崩れ落ちた。
「疲れました……」
レアルは平然としていた。
「これで分かっただろう」
「何がですか?」
「紙が信用されている理由だ」
レアルは、空になった金貨箱を指さした。
「いつでも金貨に戻せる。だから、紙のまま持っていられる」
翌日。
大量の金貨を受け取った商人たちが、再び交換所に現れた。
「……また預けたいんだが」
職員が目を丸くした。
「昨日、引き出されたばかりでは?」
「金貨が重くて仕方ないんだよ!」
市場に笑い声が広がった。
その夜。
王都から新しい報告が届いた。
『王国財務院、アルフォンス領交換証書の調査を開始』
ただし、今回は通貨偽造の調査ではなかった。
『王国財政との関連性を調査するため、過去十年間の国庫記録の照合を要請する』
リシアが書状を読み、表情を変えた。
「……おかしい」
「何がだ?」
「国庫の記録を、地方領の帳簿と照合する必要があるとは思えません」
レアルは書状を受け取った。
「つまり?」
リシアは小さく答えた。
「……王都の帳簿に、何か問題があるのかもしれません」
【統治システム更新】
・統治度:94 → 95
・交換証書信用度:上昇
・商業取引量:増加
・王都両替商組合:影響力低下
【新規状態】
・王国財務院:調査開始
・国庫記録:異常の可能性
レアルは笑った。
「どうやら、次は王都の金庫を調べることになりそうだな」




