第三十四話 金貨を止められたので、紙切れで商売を始めた
「……紙で金貨を動かす?」
ミディアは、レアルの言葉を繰り返した。
「そうだ」
「紙は金貨ではありませんよ?」
「知っている」
「では、どうやって?」
レアルは机に金貨を一枚置いた。
「例えば、お前が俺に金貨を十枚預けたとする」
「はい」
「俺は、その金貨を預かった証明書を渡す」
紙に文字を書き始める。
『この証書の所持人に対し、金貨十枚を支払う』
「……預かり証ですか?」
「そうだ」
「ですが、それで商売ができるのですか?」
「商人がこの紙を信用すればな」
リシアが口を開いた。
「……金貨との交換を保証するのですね」
「そうだ」
「ですが、全員が同時に金貨を要求したら?」
「預かった金貨を勝手に使わなければ、全額交換できる」
レアルは即答した。
「証書の総額と同額の金貨を、保管庫に置く」
「……なるほど」
リシアは考え込んだ。
「つまり、金貨を運ぶ代わりに、金貨の所有権を移動させる」
「そういうことだ」
数日後。
アルフォンス領に、王国初の大規模な交換証書制度が導入された。
しかし「……怪しいな」
市場の商人たちは、紙を眺めていた。
「こんな紙切れが金貨十枚?」
「破れたらどうするんだ?」
「偽物を作られたら?」
当然の反応だった。
そこでレアルは、交換窓口を市場の中央に設置した。
「証書を持ってきた者には、いつでも金貨を渡す」
さらに、証書には番号を付けた。
発行記録。
交換記録。
保管金貨の残高。
すべてを帳簿で管理する。
偽造を防ぐため、専用の印章と複数の確認印も導入した。
それでも、商人たちは半信半疑だった。
最初に動いたのは、一人の老商人だった。
「……試してみよう」
彼は金貨百枚を預けた。
代わりに受け取ったのは、数枚の証書。
「軽いな」
老商人は呟いた。
「金貨百枚を運ぶより、ずっと軽い」
翌日。
老商人は市場で商品を購入した。
支払いに使ったのは、交換証書だった。
相手の商人は戸惑った。
「……本当に金貨になるんですか?」
「心配なら、交換所へ行けばいい」
商人は証書を持って交換所へ向かった。
そして数分後。
本物の金貨を受け取って戻ってきた。
「……本当だった」
その話は、一日で市場中に広まった。
一か月後。
「レアル様!」
ミディアが報告書を持ってきた。
「交換証書の利用が急増しています!」
「どれほどだ?」
「市場の大口取引の約三割が証書決済になりました!」
「順調だな」
「しかも、金貨の輸送費が大幅に減りました!」
「当然だ」
レアルは頷いた。
「金貨を運ぶには、護衛が必要だ。荷車も必要になる」
「はい」
「だが紙なら、少人数で運べる」
リシアが言った。
「ただし、発行元への信用が失われれば、一瞬で無価値になります」
「分かっている」
レアルは真剣な表情になった。
「だから、帳簿を公開する」
「……公開?」
「発行総額と保管金貨の残高だ。監査も受ける」
リシアが目を細めた。
「私に監査させるつもりですか?」
「王都の監察官なら、ちょうどいい」
「……私はあなたの部下ではありません」
「だから信用できる」
リシアは一瞬、言葉を失った。
しかし王都では、別の騒ぎが起きていた。
「……アルフォンス領の紙切れが、金貨の代わりに使われているだと?」
王都両替商組合の長は、報告書を握り潰した。
「馬鹿な! 金を扱うのは我々の仕事だ!」
「ですが、商人たちは便利だと……」
「便利かどうかなど関係ない!」
組合長は怒鳴った。
「このままでは、我々の手数料収入が消える!」
そして、部下に命じた。
「財務院へ使者を出せ」
「何と?」
「アルフォンス領が偽造通貨を発行している、と」
その夜。
アルフォンス城。
レアルの前に、リシアが立っていた。
「……正式な告発が提出されました」
「早いな」
「通貨偽造の疑いです」
「金貨は一枚も偽造していない」
「ええ。ですが、証書が事実上の通貨として流通していることを問題視しています」
レアルは少し考えた。
「なら、証書と金貨の対応を証明すればいい」
「それだけでは済まないかもしれません」
リシアの声が低くなる。
「王都は、あなたの経済力そのものを恐れ始めています」
レアルは窓の外を見た。
夜の市場には、まだ灯りが残っていた。
「……そうか」
そして静かに笑った。
「ならば、もっと恐れてもらおう」
【統治システム更新】
・統治度:93 → 94
・商業決済効率:大幅改善
・金貨輸送費:減少
・経済影響力:上昇
【新規状態】
・交換証書制度:稼働開始
・王都両替商組合:敵対
・通貨偽造疑惑:調査対象
金貨を止められた領主は、紙を使い始めた。
その紙は、やがて王国の信用そのものを揺るがしていく。




