第三十二話 税を三倍にすると言われたので、税率を上げずに税収を倍増させた
王都監察官リシアがアルフォンス領を訪れてから、三日が過ぎた。
その日の朝。
レアルの執務室に、一通の書状が届けられた。
封蝋には王国財務院の紋章が刻まれている。
「……王都からです」
書状を差し出したミディアの表情は険しかった。
「監察官が帰る前に、次の使者か」
レアルは封を切った。
内容を確認する。
そして、わずかに眉を動かした。
「……なるほど」
「何が書かれているのですか?」
「税を三倍にするそうだ」
「……はい?」
ミディアが固まった。
「三倍、ですか?」
「ああ」
レアルは書状を机に置いた。
『アルフォンス領に対し、王国防衛費確保のため特別戦時税を課す。納付額は前年度納税額の三倍とする』
「……無茶苦茶です」
「そうだな」
「これでは領民の負担が増えます!」
「増やさなければいい」
ミディアは目を瞬かせた。
「……どういう意味でしょう?」
「税率は変えない」
レアルは淡々と答えた。
「王都へ納める金額だけを増やす」
「そんなことが可能なのですか?」
「可能にする」
そこへ、監察官リシアが入ってきた。
「その書状、私にも見せてください」
レアルは黙って差し出した。
リシアは一読し、顔をしかめた。
「……財務院の決定ですか」
「心当たりがあるのか?」
「あなたの領地拡大を快く思わない貴族がいます。今回の措置は、その意向が反映された可能性があります」
「つまり、嫌がらせか」
「証拠がない以上、断定はできません」
「構わん」
レアルは立ち上がった。
「ならば、結果で答える」
その日の午後。
城の会議室に主要な家臣が集められた。
エリオ。
ヴァルク。
ミディア。
そしてリシア。
机には、アルフォンス領の税収と商業取引の記録が並べられていた。
「現在の税収を三倍にするには、単純計算で領民一人当たりの負担を三倍にする必要があります」
ミディアが説明する。
「普通なら、そうだ」
レアルは頷いた。
「だが、税収は税率だけで決まるわけではない」
「……取引量ですか?」
リシアが尋ねた。
「そうだ」
レアルは市場の記録を指さした。
「この領地には、すでに八万五千人以上が暮らしている。周辺領からも商人が集まっている」
「はい」
「だが、すべての商取引が正しく記録されているわけではない」
ミディアが資料を確認する。
「小規模商人の申告漏れ、旧商業領の帳簿不備、倉庫使用料の未回収……」
「徴税を厳しくするのではない」
レアルは言った。
「商売をしやすくして、取引を増やす」
エリオが首を傾げた。
「商売を増やすだけで、税収が三倍になるのでしょうか?」
「すぐにはならん」
レアルは即答した。
「だから、時間を買う」
リシアの目が細くなった。
「……納付期限の延長交渉ですか?」
「そうだ。王国への納付は四期に分割する。最初の不足分は領の準備金から支払う」
「残りは?」
「商業取引を増やして稼ぐ」
レアルは地図を広げた。
「まず、旧商業領の通行料を廃止する」
「……廃止?」
ミディアが驚く。
「重要な収入源ですが」
「その代わり、倉庫と市場の利用料を明確にする。商人が何度荷車を動かしても、通行料で利益を削られない仕組みにする」
「なるほど……」
「次に、商人の登録手続きを簡略化する。商売を始めるまでに三日も待たせるな」
「一日で済むようにします」
「さらに、税率は低く据え置く。ただし帳簿の記録を義務化する」
リシアが腕を組んだ。
「……徴税額を増やすのではなく、課税対象となる取引そのものを増やす」
「そういうことだ」
レアルは笑った。
「商人が儲かれば、領地も儲かる」
改革から一か月。
市場は以前よりも賑わっていた。
「おい、聞いたか! ここの通行料がなくなったらしいぞ!」
「本当か?」
「ああ! 荷車を何度往復させても余計な金を取られない!」
「なら王都より、こっちで商売した方がいいな!」
商人たちは次々とアルフォンス領へ集まった。
倉庫は満杯になり、新しい市場区画の建設が始まった。
そして三か月後。
執務室にミディアが駆け込んできた。
「レアル様!」
「どうした」
「税収が……!」
レアルは顔を上げた。
「増えたか?」
「はい! 前年同期の二・一倍です!」
「まだ足りんな」
「ですが、領民の税率は上げていません!」
「当然だ」
レアルは帳簿を閉じた。
「税率を上げて商人を逃がせば、来年の税収は減る」
リシアが静かに言った。
「……財務院の思惑とは逆の結果ですね」
「そうだな」
「ですが、王都への納付額三倍には届いていません」
「だから四期に分けた。準備金で不足分を埋めながら、次の期に向けて市場を育てる」
「税収が二・一倍になっても、納付義務が消えるわけではありませんからね」
「分かっている。領民に三倍の税を課すより、ずっと難しい仕事だ」
レアルは窓の外を見た。
市場には、今日も多くの荷車が集まっていた。
「残りは、商人をもっと増やせばいい」
そのとき王都から新たな報告が届いた。
『王都商人ギルド、アルフォンス領との取引制限を検討』
ミディアが青ざめる。
「……今度は商人ですか」
レアルは書状を見つめた。
そして、笑った。
「なるほど」
「レアル様?」
「向こうから商売をやめてくれるらしい」
その目が、鋭くなる。
「ならば、王都の市場そのものを奪ってやろう」
【統治システム更新】
・統治度:91 → 92
・税収:前年同期比2.1倍
・商業取引量:大幅増加
・人口:85,500 → 88,200
【新規状態】
・特別戦時税:分割納付中
・王都商人ギルド:敵対傾向
・経済戦争:開始予兆
王都は税を増やした。
だが、レアルが増やしたのは税率ではなかった。
商売そのものだった。




