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賽之目探偵事務所へようこそ!  作者: 裏山かぼす


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1-2 ボンビックス子爵毒殺事件

「ふむ、殺人事件か」


 ノートパソコンに何かを打ち込むと、ヘルメスは続きを促すように顎をしゃくる。


「……二日前に新ブランドの設立パーティーがあったんです。そこで父が乾杯の音頭を取って、ワインを口にして……その後に急に苦しみだして……そのまま……」

「ワインを飲んだ後ということは……毒殺、いうことか」

「はい」

「なんの毒が使われたかは判明しているかな」

「いえ、未知の毒物が使われたという事くらいしか分かっていません」

「毒の正体は不明だが、毒が使われたということだけは判明している状況……」

「毒ってすぐに判明したのが何となく引っかかりますね。もしかして、誰かの持ち物から毒の入った瓶が見つかったとか?」


 戻ってきた愁はそんなことを言いながら、蜂蜜レモンのような香りのする紅茶の入ったティーカップと、手作り感のあるチョコケーキの乗った皿をそれぞれの前に並べ、トレーをテーブルの端に置いてヘルメスの隣に座る。


 彼女はすぐに「って、流石にそんな訳ないか」と冗談めかして笑ったが、マルベリーは沈痛な面持ちで俯いてしまう。

 その様子に何かを察した愁の表情が凍りつく。数秒の沈黙の後、もしかして、と独り言のように愁が呟くと、マルベリーは俯いたまま返答した。


「……私の部屋から、見つかったんです」

「あっ……す、すみません。そんなつもりじゃ……」

「レディ・マルベリーが犯人でないなら、典型的な濡れ衣だね」


 愁が言い訳をするよりも早く、ヘルメスがからりと言う。

 ともすれば肯定的にも聞こえるその言葉に、マルベリーは「ようやく自分の言うことを信じてくれる人が見つかった」と一縷の望みを見出したが、その希望は次に発した言葉ですぐさま打ち砕かれる。


「ただし、レディ・マルベリーが犯人じゃない証拠にはならないけれどね」

「私が言うのも何ですけど、デリカシーって知ってます?」


 柔和な笑みを絶やさぬままそう言ってのけたヘルメスの脇腹を、愁が強めに肘でどつき、冷ややかな視線と言葉をぶつける。しかしヘルメスは何のこともないように軽く笑うだけだ。


 お前が犯人だと決めつけられて罵られ、疑いの目を向けられ、最後の希望として縋りたかった存在に現実を突きつけられて、マルベリーの心の器にヒビが入る。


「私がワインに毒を混ぜたのだと言われていて……。でも、決してそんなことはしていません! 私は、そんなこと……! お父様っ……!」


 最初こそ冷静に状況を説明しようとしていたものの、話している途中で感情がこらえきれなくなってしまったマルベリーは、両手で顔を覆って泣き崩れてしまう。

 慌てて愁は彼女を慰めるべく立ち上がり、隣に座って背中をさすりながら「あなたを疑っているわけではありませんから」と優しい言葉をかけるが、ヘルメスはここでもまた余計な一言を言い放つ。


「これが演技だったらハリウッド女優になれるだろうね」

「んん~っノンデリ!」


 人当たりの良い外見に反してあけすけなことを口にする自身の上司にもっと文句を言いたげな愁だったが、辛うじてそんな言葉で抑えた。


 一度決壊してしまった涙は中々止まらず、マルベリーは頬と袖を濡らす。

 愁に背中をさすってもらっても中々落ち着かず、彼女から差し出されたハンカチに涙の痕を広げていたのだが――。


「何じゃあ、新しい依頼人か?」

「きゃあっ!」


 突然知らない男の声が聞こえた事に驚き、マルベリーは悲鳴を上げる。


 先程彼女が通ってきた扉の前に、肩より少し長いぼさぼさの黒髪を一つに纏めた、天色の瞳の青年が立っていた。彼の後ろに佇む扉の向こう側は不思議なことに、マルベリーが入って来た所とは別の場所が見えた。


 青年はシンプルな襟なしベストにワイシャツ、そしてスラックスを着用しており、紡績業の中心地と言っても良い紡績都市セレーサを領地とするボンビックス家の令嬢から見ても、非常に品質の良いものに見えた。

 しかし、その質の良さを台無しにするように、砂埃や赤黒い血のような液体があちこちに付着している。せっかくのしなやかな筋肉のついた美しい体躯をしていて質の良い衣服が映えるだろうに、胸元のボタンを三つ程開けていたりシャツを腕まくりしていたりと着こなしは不良そのもの、それに加えて腰に差した物騒な刀も相まって、大変柄の悪そうな印象を受ける。


 強いショックを受けたせいで涙は止まったようだが、貴族令嬢として蝶よ花よと育ったマルベリーにとって突然現れたワイルドな彼の姿は悪い意味で刺激の強いものだったらしく、一瞬上体がぐらりと揺れた。辛うじて気絶は免れたものの、顔色は真っ青だ。

 しかし、ヘルメスは血塗れ姿であることを一切気にする様子は無く、柔和な笑みを絶やさず青年に声をかける。


「やあ、モズくん。もう討伐を終えたのかい?」

「おう」

「あーっ! モズ君ってば、汚れたならシャワー浴びてから来てっていつも言ってるのに! またお風呂じゃなくて事務所に直行して!」

「じゃかあしい」

「じゃかあしい、じゃないの!」


 いつものことなのか愁は汚れたまま部屋に入ってきたモズに対し文句を言い、勢い良く立ち上がると、開けっぱなしの扉を閉め、そのままモズの背中を押して風呂場へと強引に彼を連行する。

 その間「また派手に返り血浴びて!」と母親のように叱りつつも「怪我は無いんだよね?」と心配する様子を見せるが、モズは諦めたように、そしてうざったそうに適当な返事を返すだけだった。


「レディ・マルベリー、驚かせて申し訳ない。彼は従業員兼用心棒みたいなものだよ。そうそう、実は彼もアルバーテルの出身なんだ。生まれは飛花だけれどね」


 彼女からすれば、モズの口の動きと聞こえる言葉が一致していた上で、その発音には飛花訛りがあるように聞こえていた。飛花生まれと聞いて、マルベリーは一人納得した。


「彼も今回の依頼に同行させるつもりだよ」

「今回の、ということは……!」

「うん。面白そうだから引き受けよう」

「ああ……ありがとうございます……!」


 依頼を引き受けてくれると聞き、マルベリーはようやく気が緩んだのか、すっかり冷めてしまった紅茶に口をつける。温くなっていたが、甘く爽やかな蜂蜜レモンの匂いに反して甘みを感じずサッパリと飲めるそれは、いっそ氷を入れて思いっきり冷やしても美味しいだろう。

 しかし生粋の貴族であるマルベリーにとって、温くなったお茶は飲むものではない。無意識に顔をしかめていたのか、ヘルメスがクスリと笑う。


「温め直そうか」

「……お言葉に甘えても?」


 それを聞くと、ヘルメスはパチリと指を鳴らす。瞬間、カップの中の紅茶から湯気が立ち始め、失った温もりと共に潜んだ香りがふわりと漂った。


「今のは呪文(スペル)……!? それも詠唱破棄で使うなんて……」

「僕はアルバーテル出身ではないけど、一時期アルバーテルに居たことがあってね。多少は腕が立つよ。今回はモズくんも一緒だから、もし戦闘になったとしても僕の出番は無いと思うけれどね」


 そう言うと、彼はチョコケーキに手を伸ばす。生チョコケーキタイプのそれはしっとりとろける舌触りで、ビターチョコを使っているため甘くもほろ苦く、ふわりと香るラム酒の香りも相まって大人の味わいだ。


 彼に習い、マルベリーも一口食べる。アルバーテルにもチョコレートはあるが、ここまで濃厚な風味のチョコ菓子は中々無い。

 というよりは、彼女がいつも食べているチョコレートとは少し風味が違っていた。


「これは……チョコレートのようですが、私の知っているチョコレートとは風味が違いますね。異世界の食べ物だからでしょうか?」

「そういえば、アルバーテルのチョコはテラ豆が原料だったね。この世界ではカカオを使っているから、少し違和感があるかもしれないね」

「同じチョコレートでも世界によって材料が違うのですね。……正直、私はこちらの方が好みです。とても美味しいです」

「気に入って頂けたようで何よりだ。後で愁くんにも伝えてくれるかな、きっと喜ぶよ」


 噂をすればなんとやら。丁度モップと霧吹きを手に戻って来た愁にヘルメスは声をかける。


「愁くん、明日は土曜日だけど、大学で補習とか無いよね?」

「自慢しますけど、私はテストの点数こそ平均点だけど、締切はキッチリ守る優等生だから大丈夫です。あ、でも月曜までに出さなきゃいけない課題があったっけ……」

「じゃあ、君の優等生という評価を崩さないよう、なるべく早く終わるよう頑張ろうか。間に合いそうになかったら、一度離脱しても構わないよ」

「はーい。じゃあ軽く掃除したら準備しますね」


 モズが残した足跡を手早く拭き取り、血汚れを拭き取った後はアルカリ洗剤を薄めた霧吹きを吹きかけ、始めから汚れなんてなかったかのように綺麗にする。もちろん、砂埃や霧吹きがヘルメス達に向かわないように、自分の体を壁にして、だ。

ご清覧いただきありがとうございました!

愁が持ってきた紅茶はルピシアさんのハニーレモネードがモデルです。

アイスでもホットでも美味しく頂ける超オススメの茶葉なので是非飲んでみて下さい。


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