妖精の依頼 1
森の家で、瓶詰を作りながら使い魔と仲良く暮らす生活をしていたシスティナだったけれど――今、困難に直面していた。
「お腹すいた……」
システィナを森に送ってきた騎士たちが、物資を一〇日に一度届けると言っていたのに来る気配がない。もう一三日も経っている。
最初に運ばれた食料はすべて食べてしまったので、システィナの手元には何もない。
ちなみにディグはあれから数回システィナの様子を見に来てくれて、本の整理を手伝ってくれたり、作業用の水を地下へ運んでくれたりしてくれた。最後に来たのはここへきて九日目だったこともあり、物資のことは聞いていない。
「んううう、このままだとお腹がすきすぎて死んじゃう。あと数日なら我慢できるだろうけど……どうしよう」
システィナが悩みながら部屋の中をうろうろ歩いていると、『にゃ!』と森ネコの声が聞こえてきた。見ると、棚に置いていた森ネコの入った使い魔の瓶詰の中からシスティナのことを呼んでくれたようだ。
「森ネコさん、どうしたの?」
システィナが森ネコを瓶詰から出すと、こっちだよと言うようにドアをカリカリして外へ出せと要求してきた。
「外に行きたいの? でも、そうだよね。外で木の実とか手に入れれば、お腹は満たせるもんね! 名案かも!」
『にゃ』
となれば善は急げ! とばかりにシスティナがドアを開けて外に出たら――背中から羽が生えた、小さな妖精が家の前にいた。
「えっ!?」
『あなたがここの家主?』
挨拶もなしに投げかけられた言葉だけれど、システィナはまったく不快に思わなかった。それはきっと、相手が妖精だったからだろう。
システィナは妖精の言葉に頷いて「こんにちは!」と頭を下げた。
「わたしは、システィナといいます。この森に住んでる妖精さんですか?」
『ええ。まさか、この森に人が住むようになるとは思わなかったわ。私はアンリエッタよ』
森に住む妖精、アンリエッタ。
桃色の髪を花のリボンで結び、ツインテールにしている。蜂蜜色の瞳は花が咲いたようにキラキラしていて、見つめたら魅了されてしまいそうだ。
アンリエッタは、システィナの周りを飛んで一周した。そして、『あなたは平気なのね』と告げた。
『この森はマナが多いから、耐性がない人間は気分が悪くなって長時間いられないのよ』
「――!」
アンリエッタの言葉にシスティナは驚いた。もう一〇日以上この森で過ごしているが、特に気分や体調が悪くなるといったことがなかったからだ。
「そんなこと、初めて聞きました」
『あら、そうなの? まあ、わざわざ人間が滞在するような場所でもないものね』
妖精は、『知っている人はあまりいないのかも』と言う。
(この森のことを知ってて、わたしをここに追放したのかな?)
そんな考えが脳裏に浮かぶけれど、自分を世話していたメイドたちはこの森について「魔物がいるらしい」「恐ろしい!」としか言っていなかったことを思い出す。マナが多くて気分が悪くなることを知っていたら、絶対システィナをいじめるネタに使ってきたはずだ。
(……考えても、答えはわからないもんね)
少し不安ではあったが、まだしばらくは大丈夫なのだろうと今は考えないことにした。考えたとして、システィナは他に行く場所がないからだ。
アンリエッタはまじまじとシスティナを見て、『あなた、なんだか懐かしい……妖精の匂いがするわ』と不思議そうな顔をした。しかし二人は初対面だ――が、システィナは「もしかして」と思い当たることを話す。
「わたし、ここに来る前はシェラちゃん……他の妖精さんと一緒に過ごしていたんです。もしかしたら、シェラちゃんの匂いが私に残ってるのかもしれません」
『へえ、この森以外にも妖精がいるのね』
アンリエッタの言葉に頷きながら、システィナは塔で暮らしていた時のことを思い出した。
***
システィナは生まれると同時に、母である王妃の命を奪った。周囲にいた人々もバタバタと倒れていき――システィナは生まれた瞬間から、『呪われた子』になったのだ。
呪われた子とはいっても、システィナが王の子であることに変わりはない。
生まれた瞬間こそ母親の命を奪い、周囲の人たちを倒れさせたが、それ以降は呪いも落ち着いていた。
ゆえに、システィナは王から生きることを許されたのだ。
もちろん、政治的な駒として王女を残しておきたいという王の目論見もあっただろう。もしかしたら、可愛い我が子に多少の愛着もあったかもしれない。
ゆえにシスティナは生まれた直後から王城の隅にある塔の中に閉じ込められて一人で生きていくことを強いられた。
毎日の食事はメイドが運んできて、物心がついた少し後までは普通に育っていたように思う。しかしあるときから一変した。残飯のような食事でカビが生えているパンなんて当たり前で、メイドはシスティナに向かって心無い言葉を投げつけてくるようになった。
よくよくメイドの話を聞いていれば、王が新しく妻――王妃を迎え入れ、その王妃がシスティナの世話を引き受けるようになったらしい。前妻との子だからか、呪いの子だからか、理由はわからないが、システィナは自分が新しい王妃に嫌われているのだということはわかった。
外には見張りの騎士がいるので、逃げ出すこともできない。けれど、幼いシスティナには自分の状況はわからなかったし、逃げるという考えも持ち合わせてはいなかった。
夏は暑く、冬は寒さに凍え、死にそうになりながら生きていた。しかしそんなとき、塔の中に妖精がいることに気付いた。
それはシスティナが五歳になったときのこと。
名前はシェラード。
白い猫の姿に、天使のような羽が生えている不思議な妖精。
しかし弱っていたようで、システィナ以上に瀕死の状態だったのだ。天使の羽はボロボロになっていて、猫の自慢の爪は欠けていて、毛並みも悪い。
最初に見たとき、システィナは自分の呪いのせいでこの天使の猫が死にかけているのだと思った。「ごめんなさい」と何度も口にした。けれど、天使の猫はきっぱり『違う』と言った。
『俺様を舐めるな。お前は関係ない』
そう、言われたのだ。
システィナは少ない自分の食べ物を分けてあげたり、時折貰うお湯でシェラードの体を清めてあげたり、寒い夜は一緒に薄い毛布にくるまって寝た。
そんな日をしばらく続けていると、シェラードの力は回復していったようで、元気になっていった。
ここで初めて、システィナは本当に自分のせいで苦しんでいたのではなかったのだとほっと息をついた。
『俺様を助けてくれたのは感謝するが、もっと自分の面倒も見れるようにならないとダメだぞ』
弱く可愛らしい白猫の姿をしたシェラードだったが、口を開けば偉そうだった。だというのに、システィナに最低限の教養を教えてくれたのだ。
『なんだお前、字も読めないのかよ。駄目だなぁ。……まあ、ここには古いけど本があるし、俺様が読み書きぐらいは教えてやるよ』
「ありがとう、シェラちゃん」
『おいおいおい、俺様のこのカッコイイ姿が見えないのか? なんだ、シェラちゃんて。馬鹿にしてるだろ。シェラード様と呼べ!』
「うん、シェラちゃん」
『お前なぁ……』
弱っていたシェラードは、回復したことにより本来の性格が戻ってきたのだろう。しかし塔に一人監禁されていたシスティナにとって、シェラードのその性格は気持ちが沈む暇を与えず……どこか心地よいものだった。
それから一年、システィナとシェラードは一緒に過ごした。
シェラードに勉強や教養を叩きこまれ、文字が読めるようになったら『作れた方がいいからな』と瓶詰の作り方も教えてくれた。しかも瓶詰作りはシスティナにあっていたようで、ぐんぐん腕を上げていった。
ただ、それゆえにか作った瓶詰を没収されてしまったが。シェラードが言うには、『質がいいから売って金にしてるんだろう、がめつい奴らめ』ということらしい。
そしてシェラードといえば、長時間の睡眠を必要とした。長い時は一〇日ほど連続で寝ることもあって、そういうときシスティナは不安にならないよう無心で瓶詰作りにいそしんだのだ。
『あ? なんだこれ?』
「瓶詰で作ってみたの! シェラちゃんの家にどうかな、って」
塔の中にたくさんある本のうちの一冊で、家の瓶詰を作ることができることを知った。寝ることの多いシェラードにプレゼントしたくて、こっそり、少しずつ作っていたのだ。
ぶうぶう『俺様が住むにはダサい』なんて文句を言われたりしたが、シェラードは律儀に家の瓶詰で寝てくれるようになった。
システィナはそれが嬉しくて、こんな生活なら一生この塔に閉じ込められていてもいいな……なんて思っていたのだ。
――けれど、それは淡い夢だった。
システィナとシェラードが離れ離れになってしまったのは、国王の後妻が王子を生んだからだ。後妻の王妃が「呪われた娘が城にいて、わたくしの可愛い王子に何かあったらどうするの!?」と王に詰めた。
一目も会ったことのない王子のために、システィナは塔から――王城から追放されたのだ。




