妖精の依頼 2
塔での生活は思い出したくないことも多いけれど、楽しいことだってあった。けれど追放された今は、思い出すだけでじわりと涙が浮かびそうになる。
「…………」
アンリエッタはそんな記憶に耽っていたシスティナに『そうなの』と一言だけ返して、話を続けた。
『森に置いてあった捕獲用瓶詰を見たの。あなたの瓶詰、マナがたっぷりで素敵ね』
「……アンリエッタさんに見られていたなんて、驚きました。でも、気に入ってもらえたならとっても嬉しいです。あれは初めて作った捕獲用瓶詰なんですけど、本当はもっと素材があったら改善したいところとかもあって……今はまだ自由にできる素材が少なくて。あ、シロロ花は手に入れたので、近いうちに改良したいとは思ってるんです。わたし、瓶詰のことだけは大好きで、それしか取り柄もなくて――」
『ストップストップ! あなた、大人しそうに見えて喋り出したら止まらないのね……』
アンリエッタの言葉にシスティナはハッとして、慌てて口元を押さえる。その様子を見て、アンリエッタは呆れた様子で笑う。
『でも、そういう性格だからいい瓶詰を作るのかもしれないわね。……ねえ、私に寝床の瓶詰を作ってくれないかしら。お花のベッドにしてほしいわ!』
「ええっ!? わ、わたしにアンリエッタさんのお家の瓶詰を……? お家っていったらすごく大事な場所なのに、それを任せてもらえるなんて……よ、よよよ、喜んで!」
思いがけないアンリエッタの言葉に、システィナの頭の中は一瞬でどんな瓶詰を作ろうか考え始める。可愛いアンリエッタの、お花のベッドがある家の瓶詰だ。ティータイムができるように、ソファとサイドテーブルがあってもいいかもしれない。
「今のわたしじゃ、まだ大きい瓶詰を作れないから……もっと厳選して……」
『……じゃあ、よろしくね!』
「あっ、はい!」
考え出してしまったシスティナは止まらないだろうと察したアンリエッタは、早々に立ち去ることを選んだようだ。
「ようし……頑張ろう!」
システィナは先ほどの感傷はなんのそのとばかりに、ふんすと気合を入れた。
アンリエッタのための家の瓶詰を作ろう! そう気合いを入れたシスティナだったが、きゅるるるる……と鳴った自分のお腹の音にハッとする。
「そういえば、お腹が空いて森に食べ物を採りに行こうと思っていたところだったんだ!」
瓶詰作りの素材を見つけながら、ついでに食べ物を見つけたらいいかもしれないとシスティナは名案を閃く。
「スライムさん、森ネコさん、ご飯と瓶詰の素材を探しに行こう!」
『キュ!』
『にゃっ!』
ふんすと気合の入ったシスティナの言葉に、使い魔の二匹は元気に頷いてくれた。
家の瓶詰は、様々なものを素材に使うことができる。
使う際に自分のマナで加工するため、瓶詰職人の腕によりはするが――自由に家具や環境といったものを瓶詰の中に再現することができるのだ。
例えば、カエルが住む瓶詰であれば、一日中、もしくは一日に何回か雨を降らせる瓶詰なんていうのも作ることができる。これは季節の観賞用瓶詰でも使われている手法で、素材さえあれば比較的初心者でも作りやすい。
この何日かで、システィナも森の中を歩くのに慣れてきた。
魔物はもちろん出てくるけれど、以前よりは冷静に対処もできていると思う。とはいっても、システィナのすることは魔物から離れることと、怪我をしないように魔物の攻撃を頑張って避けることくらいだけれど。
魔物を倒し、たまに魔石をゲットし、システィナたちはどんどん森の中を進んでいく。
「はあ、はあ、はあ……結構歩いたかな?」
『にゃう』
システィナは体力がほとんどなく、少し歩いただけでも息切れを起こしてしまう。しかし今は、ちょうどいい素材を発見して「あっ!」と目を輝かせた。
「これ、アンリエッタさんのお家にいいかも!」
薄黄、黄緑、緑、様々な色の木の葉。白い花の花びら、それから濃いピンク色の花を見つけたので、システィナは採取していく。他に見つけたのは綺麗な小石だ。これは薄く加工して装飾として使うといいだろう。さらに、木の枝、木の実の殻といった自然の素材も手に取る。
「それから……あ、あの植物は図鑑で見たことがある!! 茎の太い部分を折ると、濃い色の液体が出てきてちょっとした染めに使えるはず」
しかし茎を折ると、ねっとりしたオレンジ色の液体が手についてしまった。思ったよりも量が多くて、容れ物を持ってきていなかったシスティナは慌ててしまう。
「わわわっ、手に付いたの擦っても全然落ちない……! これ、素材として使ったらかなり万能なことになるんじゃないかな……? だって、そう簡単に消えないってすごいことだもんね……? また後で、空き瓶を持って採取にこようっと!」
ほしいものは無限大だ。
「だけど、できたら布とかそういうのがあったらいいんだけど……。あ、わたしに用意してもらった服が何着かあるから、それを使えば素材になるかもしれない」
システィナがそんなことを考えながら歩いていると、森ネコが『にゃにゃっ!』と何かの合図を送ってきた。そしてそのまま近くの木にトントントントンッと軽やかに登っていく。
「森ネコさん、どうしたの――あ! それ図鑑で見たことある! 林檎!」
そう、森ネコは食べ物を見つけてくれていた。生っている林檎をちょんちょんと前足で触っている。
「美味しそう。森ネコさん、そのまま落とすことはできる?」
システィナの問いに頷いた森ネコは、前足を使って器用に木の実を落とす。すると、林檎はシスティナの手のひらにすっぽり収まった。それを顔に近づけて、システィナは林檎の匂いを吸い込んだ。
「ん~~! 甘い香りがする!!」
システィナは林檎を袖口で磨いて、皮ごとかぶりついた。
シャクッという音がして、口いっぱいに瑞々しさが広がってくる。そして一気に喉の渇きを自覚する。先ほど喋りすぎてしまったこともあって、喉はカラカラだった。
しかしそれより何より、林檎があまりにも美味しくて驚いてしまっている。
「すごい。こんなの、塔で食べたことない……。図鑑で見たときは不思議だなって思って、でもどんなものかわからなかったから……まさか、自分で食べる日がくるなんて」
人生、本当に何があるかわからないものだ。
残りの林檎は、味わうようにゆっくりと食べた。
システィナが食べ終わるのを見ると、森ネコはさらに二つ目、三つ目とリンゴを落としてくれる。林檎はエプロンのポケットに詰めて、「ありがとう!」と森ネコにお礼を告げた。これでしばらくは、食べ物に困らないだろう。
「こんな美味しいものを毎日食べられるなんて、幸せすぎる」
森ネコとスライムにも林檎をあげて、森の中で少しばかりの休憩タイムだ。
たまに魔物は出てくるけれどほとんどがネズズやスライムで、使い魔二匹があっという間に倒してしまう。時折出てくる角うさぎにはまだ苦戦しているけれど、倒してレベルアップしていっている。気づけば二匹のレベルは5になっていた。
「ようし! お腹も満たされたし、この調子でアンリエッタさんの家の素材を集めよ――あれ?」
木々の間から、何やら色が見えた。緑でも、木の実の色でもない、あまり森で見かけない色だ。
「なんだろう?」
システィナが走ってそちらの方に行こうとすると、森ネコが『にゃにゃっ!』と焦ったような声をあげた。見ると、スライムもシスティナの足に絡みついている。
「え? あ、崖だ……!」
システィナの家がある場所は、森の中でも少し高い位置にあったらしい。目の前にあったのは三〇メートルほどの高さがある崖と、崖下に広がる森。
けれどそのさらに先――森が終わった向こうには、小さな村が見えた。
「わああああっ、すごい! あれ、村っていうんだよね?」
人が集まって住む場所を、村や街と呼ぶことはシェラードに教えてもらった。
塔からこの森の家に来るまではずっと馬車の中にいたし、夜も馬車の中で寝させられていた。もちろん、外が見えないように窓は塞がれていた。塔にいた時は外へ出ることはできなかったから、村をはじめ街にだってシスティナは行ったことがない。
そのため、気になってはいるけれど……見えている村に行く勇気がなかなかシスティナの中に生まれない。
そもそもの話、システィナの体力では森を抜けて村まで歩くのは難しいだろう。
「……今はアンリエッタさんのお家を作って、森で採れるものを食べて過ごせばいいもんね」
それに現状、村に行くより瓶詰を作って生活したい欲が勝っている。システィナはスライムと森ネコと一緒に自分たちの家へと急いだ。




