妖精からの依頼
「わたしは、システィナと言います。この森に住んでる妖精さんですか?」
『ええ。まさか、この森に人が住むようになるとは思わなかったわ。この森はマナが多いから、耐性がない人間は気分が悪くなって長時間いられないのよ』
「……!」
妖精の言葉にシスティナは驚いた。もう一〇日以上この森で過ごしているが、特に気分や体調が悪くなるといったことがなかったからだ。
しかし、妖精のいう期間が人間にとってどの程度かわからなかったので、まだしばらくは大丈夫なのだろうと今は考えないことにした。考えたとして、システィナは他に行く場所がないからだ。
妖精はシスティナの周りを飛んで、『あなた、なんだか懐かしい匂いがするわ』と不思議そうな顔をした。
「わたし、ここに来る前はシェラちゃん……他の妖精さんと一緒に過ごしていたんです。もしかしたら、シェラちゃんの匂いが私に残ってたのかもしれません」
『へえ、この森以外にも妖精がいるのね』
妖精の言葉に頷きながら、システィナは塔で暮らしていた時のことを思い出した。
***
システィナは生まれると同時に、母である王妃の命を奪った。周囲にいた人々もバタバタと倒れていき――システィナは生まれた瞬間から、『呪われた子』だと言われてきた。
しかし、呪われた子とは言ってもシスティナが王の子であることに変わりはない。
生まれた瞬間こそ母親の命を奪い、周囲の人たちを倒れさせたが、それ以降は呪いも落ち着いていた。
ゆえに、システィナは王から生きることを許されたのだ。
もちろん、政治的な駒として王女を残しておきたいという王の目論見もあっただろう。もしかしたら、可愛い我が子に多少の愛着もあったかもしれない。
システィナは王城の隅にある塔の中に閉じ込められて一人で生活させられることになってしまった。
毎日の食事はメイドが運んでくるが、まるで残飯のような食事でカビが生えているパンなんて当たり前。
外には見張りの騎士がいるので、逃げ出すこともできない。けれど、まだ幼いシスティナには自分の状況はわからなかったし、逃げるという考えも持ち合わせてはいなかった。
夏は暑く、冬は寒さに凍え、死にそうになりながら生きていた。しかしそんなとき、塔の中に妖精がいることに気付いた。
名前はシェラード。
白い猫の姿に、天使のような羽が生えている不思議な妖精だった。
しかし弱っていたようで、システィナ以上に瀕死の状態だったのだ。天使の羽はボロボロになっていて、猫の自慢の爪は欠けていて、毛並みも悪い。
システィナは少ない自分の食べ物を分けてあげたり、時折貰うお湯でシェラードの体を清めてあげたり、寒い夜は一緒に薄い毛布にくるまって寝た。
そんな日をしばらく続けていると、シェラードの力は回復していったようで、元気になっていった。
『俺様を助けてくれたのは感謝するが、もっと自分の面倒も見れるようにならないとダメだぞ』
シェラードはそう言って、システィナに最低限の教養を教えてくれたのだ。
『なんだお前、字も読めないのか。……まあ、ここには古いけど本があるし、俺様が読み書きぐらいは教えてやるよ』
「ありがとう、シェラちゃん」
『おいおいおい、俺様のこのカッコイイ姿が見えないのか? なんだ、シェラちゃんて。シェラード様と呼べ!』
「うん、シェラちゃん」
『お前な……』
弱っていたシェラードは、回復したことにより本来の性格が戻ってきたようだ。
しかし塔に一人監禁されていたシスティナにとって、シェラードのその性格は気持ちが沈む暇を与えず……どこか心地よいものだった。
それから数年、システィナとシェラードは一緒に過ごした。
けれど離れ離れになってしまったのは、国王の後妻が王子を生んだからだ。後妻の王妃が「呪われた娘が城にいて、わたくしの可愛い王子に何かあったらどうするの!?」と王に詰めたからだ。
一目も会ったことのない王子のために、システィナは王城から追放されたのだ。
***
『森に置いてあった捕獲瓶詰を見たの。あなたの瓶詰、マナがたっぷりで素敵ね』
「妖精さんに見られていたなんて、驚きました。でも、気に入ってもらえたならとっても嬉しいです。あれは初めて作った捕獲瓶詰なんですけど、本当はもっと素材があったら改善したいところとかもあって……今はまだあんまり」
『ストップストップ! あなた、大人しそうに見えて喋り出したら止まらないのね……』
システィナの様子を見て、妖精は呆れた様子で笑う。
『でも、そういう性格だから瓶詰もいいものを作るのかもしれないわね。……ねえ、わたくしに寝床の瓶詰を作ってくれないかしら。お花のベッドにしてほしいわ!」
「ええっ!? わ、わたしに妖精さんのお家の瓶詰を……? よ、よよよ、喜んで!」
思いがけない妖精の言葉に、システィナの頭の中は一瞬でどんな瓶詰を作ろうか考え始める。可愛い妖精の、お花のベッドがある家の瓶詰だ。ティータイムができるように、ソファとサイドテーブルがあってもいいかもしれない。
「今のわたしじゃ、まだ大きい瓶詰を作れないから……もっと厳選して……」
『……じゃあ、よろしくね!』
「あっ、はい!」
考え出してしまったシスティナは止まらないだろうと察した妖精は、早々に立ち去ることを選んだようだ。
「ようし……頑張ろう!」
システィナはふんすと気合を入れた。




