システィナの森の家 5
どことなく不愛想だが優しい騎士の青年、ディグ。
年の頃は二〇ほどで、身長は一八〇センチメートル台半ばだろうか。艶のあるストレートの黒髪で、宝石のような水色の瞳はどこか眠たげ。リールラルグ王国の青を基調とした騎士服は少し着くずされている。
システィナが一番目を引いたのは、見慣れない無機質な装飾品がたくさん付いているところだろうか。耳のチェーンピアスからはじまり、腕輪や指輪、腰のベルトにもいくつか付いている。もしかしたら、服で隠れた箇所にもあるかもしれない。こんなに装飾品をじゃらじゃら付けている人は、初めて見た。けれど、下品ではない。
家名は名乗らなかったけれど、きっと身分のある人なのだろうとシスティナは判断する。
「ほかにやることは?」
「え?」
「井戸の周りは掃除したが、それだけだ。物資の水で数日は持つだろうが……」
どうやらシスティナを気遣ってくれているらしいことがわかった。
(偉そうだけど、やっぱりいい人だ……)
システィナは笑顔でディグを見る。
「今日は井戸の掃除が終わったので、もう大丈夫です。それに……」
「……?」
「そ、れに……これ以上わたしといたら、倒れてしまうと思います」
だから早く帰った方がいいと、システィナは笑顔のまま眉を下げる。むしろ、これだけ長時間一緒にいたのに倒れなかったことに驚いたほどだ。
「体は特に問題はないが……夜に森を抜けるよりはいいか」
「夜の森は危ないですもんね。夜になると活発になる魔物もいると、聞いたことがあります」
システィナの言葉にディグは頷く。
「まあ、この森の魔物程度ならば問題はない」
「さすがは騎士ですね」
ディグの体系はどちらかといえば細身だが、騎士になるには強さも求められる。なので、システィナが想像しているよりは、きっとずっと強いのだろうと思う。
「あなたは――システィナ様はこの森で、一人生きていくのですか?」
何かを探るような目で、ディグがシスティナを見ている。
生きていくのか? と問われても、現状システィナにはそれしか道はないのだけれど、きっと求められているのはそういう答えではないのだろうなとシスティナは思った。
王女として何かある前に、自死でも選べばよいのだろうか。もしかしたら、騎士はシスティナを殺すよう密命でも受けているのかもしれない。
なにせシスティナは、呪われた王女なのだから。
「わたしは、癒しの瓶詰を作ろうと思っています」
これは、ここにきて初めてシスティナが口にした自分の想いだ。
静かに紡がれたシスティナの声だったが、森の中で木霊したかのように響いた。それはディグの耳にもはっきり届いたようで、目を見開いて驚いている。
それはそうだろう――
「遥か昔に人類が誕生し、瓶詰が生まれ、進化をとげて今なお、その夢物語は誰も作ることができていない」
――だって癒しの瓶詰は、この世に存在し得ていないものだからだ。
ディグの言葉はもっともだ。それでも、無理だろうと一蹴されて笑われるよりはいいのかもしれないけれど。
生活を便利にする瓶詰や、雨や虹や季節を閉じ込めておく鑑賞用の瓶詰、戦いで使う攻撃用瓶詰、その種類は多岐に渡るけれど――誰も癒しの瓶詰を作るまでには至っていない。
「わたしだって、すごく難しいことはわかってて……でも、絶対に作りたいんです」
自分の気持ちを口にしたシスティナの手はわずかに震えていた。
「突然こんな話をしちゃってごめんなさい。驚いちゃいましたよね」
「……いや。別に、挑戦することは悪いことではない。小さな積み重ねがあれば、いつか癒しの瓶詰ができることだってあるかもしれない」
「!」
思いがけないディグのポジティブな言葉に、システィナは目を丸くする。
「ありがとうございます」
「礼を言われるようなことじゃない」
「それでも、です。聞いてもらえて嬉しかったから」
システィナが笑って見せると、常に無表情だったディグの頬がわずかに緩んだ気がした。
「もう用がないなら、俺は戻る」
「あ、はい。気を付けて」
ディグは頷くと、「また来る」と家に背を向けて歩き出した。システィナはその背が見えなくなるまで見送って、ふうと息をつく。
「…………なんだったんだろう、本当に」
システィナはディグが無事だったことにほっとしつつも、少しだけ独りきりに戻ったことに寂しさを覚えた。
とはいえ、いつまでも寂しかったりしているわけにもいかない。システィナはせっかく手伝ってもらって綺麗になった井戸を、さっそく使ってみることにした。
「これでお水を飲み放題、使い放題!」
えいやっと井戸の中に桶を投げ入れ――しかし汲めた水を見てシスティナの眉がへにょりと下がる。
「この井戸の水、にごってる……」
手入れのされていなかった井戸は、水に汚れがたまっていたらしい。濁っているというか、汚いのだ。何度か使ううちに綺麗になるだろうけれど、それでは生活に不便が出てしまう。
「……あ! 水を綺麗にする瓶詰を作ればいいのでは!? 瓶詰作りもできるし、水も綺麗になるし、いいことしかないよ……!」
システィナは名案だとばかりにはしゃいで、あっという間に作業場で水を綺麗にするための瓶詰を作ってしまう。
素材は、魔石、砂利など代償の小石、井戸についていた苔、水の魔石の欠片、風の魔石の欠片。
まさかこんなに早く井戸の苔が役に立つなんて。ほかの素材は地下倉庫の物資に入っていたのでものだ。
【流水の瓶詰】
瓶詰の蓋を開けた状態で水の中にいれると、瓶に入った水が浄化されて再び排水される。それを繰り返すことで、綺麗な水にする。
「これを井戸の中に投げ入れて、しばらくすれば水が綺麗になるはず」
待ち時間は、休憩だ。
システィナは井戸に背中を預けて地面に座る。どっと体が重くなったのを感じて、思っていた以上に疲れていたことを自覚した。
「ディグ様がいなかったら、井戸の掃除終わらなかったかも……」
きっと蔦を全部取りきる前に力尽きて、夜がきていただろう。
「でも、本当にディグ様って何者なんだろう? ……わたしを一番嫌ってるのが現王妃様だっていうのはなんとなくわかるけど……」
システィナはこてりと首を傾げる。
基本的に、いつもシスティナの世話をしていたメイドや、ここへ送ってきた監視の騎士は王妃の手のものだというのはわかっていた。メイドたちが、いつも「王妃様ったら、世話役をさせられてお可哀相」と言っていたからだ。
そのため今回システィナをここへ連れてきた騎士三人も王妃の騎士だと思っていたけれど……もしかしたら、ディグだけは主人が王妃ではない別の誰かなのかもしれない。
そんなことを考えているうちに、井戸の水は流水の瓶詰のおかげでとても綺麗になった。
***
井戸の水が綺麗になって、システィナの生活は向上した。
いつでも水が飲めるし、瓶詰作りに使うこともできる。暖炉の火のつけ方はわからないけれど、火をつける瓶詰を作ればきっと解決するだろう。
「そのためには、火の瓶詰を作る素材を用意しなきゃ」
持ち込まれた荷物の中にも簡単な素材はあるけれど、火をつける瓶詰を作るための素材は入っていない。おそらく、ちょっとでも危険がある瓶詰を作れる素材は持たせてもらえなかったのだろう。
システィナは「むむむ」と考えるように唸る。
「でも、家の前は広い広い森。ここなら瓶詰の素材もたくさんあるはず……!」
眼前に広がる森は素材の宝庫だ。きっと、システィナが知らない素材もたくさんあるだろう。瓶詰作り大好き人間のシスティナは、わくわくしてしまう。
「ようし……!」
システィナはふんすと気合を入れて、瓶詰の素材を手に入れるため、家の前の森へ繰り出した。
しかし、森へ入って一分で事件は起こった。
足元からガササササササという音がして、三〇センチぐらいの何かがシスティナに体当たりしてきたのだ。
「きゃあっ!」
『キュキュキュ!』
見ると、でっぷり太った灰色のネズミのような魔物――ネズズだった。
「魔物!! いるのはわかってたけど、こんなすぐ近くにいたなんて。やっぱり、わたし一人で森に入るのは早かった!? ……いた、いたいっ!」
小さいながらに力強いネズズの体当たりにダメージを受け、システィナはよろける。しかしその先に落ちていた木の棒を見つけたので、振り回してどうにかネズズを撃退する。倒すことはできなかったけれど、追い返せただけで十分だ。
「はあ、はあ、はあ……びっくりしたぁ……」
ただ、今のはネズズが一匹しかいなかったからなんとかなっただけで。もしネズズが数匹いた場合はシスティナが襲われて大変なことになっていただろう。
「森の中って、怖い……。でも、負けない!」
システィナは再びふんすと気合いを入れた。




