システィナとリコ村
エルドはため息をついた。
普段はリコ村で楽しく雑貨屋を営んでいる彼だが、今の村は病のようなものが流行っていて息苦しい。加えて、やってきた騎士たちが病の原因は呪われた娘、システィナのせいだと吹聴しているのだ。
「何が呪いだ……」
そんなものあるわけがないと、エルドは口に出したいのをぐっと堪える。どこかで騎士に聞かれでもしたら、罰せられてしまうかもしれないからだ。
「騎士様たちがフレイムウルフの素材を売ってくれたときは喜んだが、売れるあてがとんとなくなったな……」
ぽつりとつぶやいたエルドの言葉には、覇気がない。素材を手に入れた当初は本当に喜んだのだ。瓶詰作りの好きなシスティナがきっと目を輝かすだろう、と。
しかし今じゃ呪いの子といわれ、村にも倦厭している人間が多い。
「どうしたもんか」
エルドはもう一度、ため息をついた。
***
「ディグさん、瓶詰を投げるのって得意ですか? わたしよりディグさんの方が背が高くて手も長いので、瓶詰を遠くに投げれそうだと思ったんです。わたしじゃ、どんなに力いっぱい投げても数メートルしか飛ばないと思いますから」
「まあ、システィナよりはマシ程度じゃないか?」
そんな話をしながら村へ向かう道中、システィナはずっとどうするべきかぐるぐる頭の中で考えを巡らせていた。
今回の一番の目標は、村の井戸に流水の瓶詰を入れて浄化し、体調不良者を助けること。隙をついて投げ入れることも考えて、ポケットにも流水の瓶詰を忍ばせている。
王国の騎士は正直どうしたらいいか皆目見当もつかないので、今は考えないことにした。大切なのは、リコ村に蔓延している毒素を消すことだ。
――大丈夫、大丈夫、大丈夫。システィナは自分に言い聞かせながら歩く。村のために、薬草だってたくさん持ってきている。
森を抜けて村が見えた。
入口には昨日と変わらず二人の騎士が立っている。本来ならば魔物を警戒した自警団が立っている場所だが、ピリついた雰囲気の騎士を見る限り、魔物とは別の何かを警戒しているのがまるわかりだ。
「――!」
二人の騎士は歩いてきたシスティナを見るなり睨みつけてきた。そして、無遠慮に声を荒らげる。
「どうして村に近づいた!」
「お前のせいで、村がどうなってるかわかってるのか!?」
そう叫ぶ騎士に、しかしシスティナはたじろがない。
今大切なことは騎士の相手をすることではなく、苦しんでいる村の人を助けることだからだ。
システィナは先ほどディグに言われたことを思い出す。
浅く深呼吸をしてから……ぐっと胸を張って、そのまま穏やかに呼吸をしていく。わずかな緊張感はあった方がいい。そして口元に緩やかな弧を描く。
ディグがそれだけでいいと言った。今のシスティナにできる、精いっぱいの取り繕いだ。ディグは、そんなシスティナの様子を黙って見ている。
「わたしは村の皆さんによくしていただきました。体調不良の原因は、井戸の水に溶けた魔物の毒素です。速やかに調査をしてください」
「何をそんなでたらめ……」
騎士が反論してくるが、システィナは気にせず言葉を続ける。
「井戸には、わたしが持ってきた流水の瓶詰を入れてください。そうすれば、わずかな毒性は消え去ります」
「そんなことを言って、さらに被害者を出すつもりだろう!」
「自分の呪いが原因だってことを、受け入れろ!」
システィナの言葉を聞いても信じない騎士たちだが、昨日よりは若干の動揺が見える。システィナが少しだけ立ち居振る舞いを変えただけだというのに。
(でも、この後はどうしよう)
騎士を説得するのは諦めて、なんとか井戸に投げ入れられないだろうかと考える。しかし、システィナが考えるより先に耳に声が届いた。
「まさか、体調不良の裏にそんなことが……?」
「呪いのせいじゃなかったのか!?」
村の入り口の騒がしさに気付いた住民が、何人かやってきた。
騎士たちの言葉は信じているが、システィナが呪いで自分たちをどうこうする……ということもやはり信じ切れてはいなかったのだろう。村で無邪気に笑い、笑顔で挨拶をするシスティナに接していたのだから。
「おい! この呪われた奴と、国の騎士! どっちの言葉を信じるつもりだ? 国に逆らうつもりか!?」
「そ、それは……」
騎士たちの強い言葉に、住民が一歩後ずさる。もし国に睨まれてしまったら、村の存続すら危うくなってしまう可能性があるからだ。
ただの村人に、騎士に立ち向かうような力はない。
しかしそのとき、ひときわ大きい声が響いた。
「――システィナ!」
声を発したのは、こちらに走ってくるピピカ。すぐ騎士たちの前に立って、言葉を続ける。
「ねえ、システィナがわたしたちに何をしたっていうの? 瓶詰で村を明るくしてくれたり、困ったときに助けてくれたことを忘れたの!?」
「それは……」
正論を告げるピピカに、村の大人たちはたじろいでいる。
騎士たちが正しいと自分たちに言い聞かせはしてみたものの、やはりどこかに心苦しさはあったのだろう。
「システィナの瓶詰だったら、わたしが使うわ。流水の瓶詰をちょうだい!」
「う、うん……っ!」
システィナは手に持っていた流水の瓶詰を、騎士に奪われないように投げてピピカに渡そうとする。が、騎士に「やめろ!」と奪われてしまった。
「危険なものじゃないです! 本当に水が綺麗になるんです! ポイズンスネークの毒が、水にしみこんでるんです!!」
「――ポイズンスネーク?」
システィナの言葉に反応したのは、ちょうど村からこちらに様子を見に来ていたエルドだ。顔色は悪く、調子が悪いのは一目でわかった。
「確か、騎士様はポイズンスネークの素材を売りに来られましたね。……何か、関係があるのでしょうか?」
「……!」
エルドの言葉を聞いた全員が、驚いて目を見開いた。
「この村の周辺に、ポイズンスネークは生息していません。それなのに素材を売却したり、ましてや水にその毒がまざるなんて」
「た、確かにポイズンスネークは私たちがフレイムウルフと一緒に森に放った! だが、それも呪われたこの子供をどうにかしようと思ってしたことだ! 最終的には、村のためになるはずだったんだ!」
「馬鹿お前、喋るな!!」
慌てて止めるがもう遅い。
「くそ、どうせ村の住民だ! 多少痛めつければ口も閉ざすだろうよ」
エルドを見て発した騎士の言葉に「やめて!」とシスティナが反射的に声をあげる。自分を助けてくれようとした人に対して暴行されるなんて、許されるはずがない。
今まで自分のマナ喰いで人を傷つけてきた。
だからこそ、助けられる機会があるなら何をもってしても助けたいとシスティナは強く思う。たとえ自分がまだ未熟で、騎士に勝てる見込みがないとしてもだ。
これは、幼いながらも王女として生きてきたシスティナの矜持なのかもしれない。
「どうして……騎士が守るべき人に手をあげようとするの」
騎士とはいったいなんなのか。
「エルドさんに、村のみんなに酷いことをしないで! みんな、わたしに優しくしてくれたいい人なのに」
システィナはポケットに手を入れて、先ほど流水の瓶詰を取り出したとき、入れっぱなしにしていたことに気付いた小さな灯りの瓶詰を取り出した。これは、システィナが今まで作った中で一番小さな瓶詰だ。
(これで何かできるわけじゃないけど、騎士様たちを驚かして、エルドさんが逃げる隙くらいは作れるかもしれない!)
そう考えて、システィナは小さな灯りの瓶詰を騎士たちに向かって投げた。
「エルドさん、今のうちに逃げ――」
しかしシスティナがすべて言い終えるより前に、騎士の元に飛んでいった小さな、本当に小さな灯りの瓶詰があり得ないほどの光量でカッと輝いた。
「――っ!」
見た人間全員が一瞬で目を閉じなければいけないほど眩しくて、きっと太陽の何倍も眩しいだろう。しかも、目を閉じただけでは明かりが強すぎて立っていられない。手で瞼を覆うようにして、全員が明かりから逃れるようにしゃがんで地面へ視線を向ける。
「なんだこれ、眩しい! 目が、目が焼けそうだ!!」
「くそっ!!」
システィナが狙った騎士だけでなく、村人どころかシスティナ自身やディグまで眩しさに巻き込む事態になってしまった。
(うわわわわわ、マナを最大まで込めてものすごく明るい灯りの瓶詰にしてみたけど、ここまでものすごく光るなんて想定外だったよ……!!)
一番慌てているのはシスティナだ。
どうすればいいだろうと目を閉じたままパニックになっていると、後ろからディグのため息が聞こえてきた。
「やりすぎだろ、これは」
そう告げたディグの声がシスティナの横を通り過ぎていく。システィナは眩しくて立つこともままらないのに、なぜかディグは平然と歩いているようだ。
「こんな小さな灯りの瓶詰に、えぐいマナを使ってるな……」
そう言いながら、ディグが灯りの瓶詰の明かりを消してみせた。全員がほっと息をつき、ディグに感謝しながら目を開けた。
平然としていたディグはといえば、目に黒い眼鏡をかけていた。そのため、明るい中でもディグだけが動くことができたようだ。
(黒い眼鏡? でも、明るいのを遮る効果があるなら、瓶詰や素材加工のときにすごく重宝しそう。わたしもあの黒い眼鏡、ほしいな……)
システィナはついそんなことを考えてしまったが、今はそれどころではないと首を振る。
「エルドさん、大丈夫ですか」
「あ、ああ。助けてくれてありがとう、システィナ」
エルドの無事をきちんと確かめたシスティナは、騎士二人を見る。システィナが投げた瓶詰の明かりのすごさに驚いて、というかあまりに近くで見てしまったため、腰を抜かしているようだ。
「わたしの声を、聞いてくれますか?」
「あ……王女、殿下……」
静かなシスティナの声に、つい、騎士たちが畏れるような反応をしてしまった。普段なら絶対に口にしない、敬称までをも口にして。
それを耳にした住民たちは、もちろん驚いた。システィナが呪われているという話自体は騎士たちから聞かされていたが、王女という身分があったなんて初耳だ。
「どうして、村を傷つけるようなことをしたのですか……?」
「そ、それは……」
「俺たちは、王族に使える騎士だ。……それなのに、あ、あなたに物資を届けるという仕事を押し付けられた。そんな仕事、したいわけがない」
「そんな理由で……」
どうやらシスティナに物資を運ぶ騎士たちが、仕事が嫌で暗殺に似たことを他の仲間の騎士に相談して一緒に企んだ結果らしいことがわかってしまった。
そのことには、聞いていた村の住人たちも驚きを隠せないでいる。ぽかんと口を開けて、騎士を見ている。
「システィナ、今のうちに井戸に流水の瓶詰を入れましょう!」
「う、うん……!」
相手が国に使える騎士とはいえ、そんな理由で村を、自分たちを害されて許せるはずもない。村の大人たちが騎士に詰め寄り始めたので、システィナはその隙にピピカの元へ走る。そのとき、いつもシスティナに挨拶をしてくれている人が「疑って悪かった」と謝罪の言葉を口にした。
「いえ!」
システィナは笑顔で「大丈夫です」と微笑んでみせた。




