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エピローグ

「ひとまずこれで安心かしら……?」


 村のすべての井戸に流水の瓶詰を入れ、ピピカはほっと息をつくと同時に座り込んでしまった。つい先ほどまで騎士とやり取りをしていたことと、毒素の入った水を摂取していたため体調が万全ではなかったのもあるだろう。


 井戸の前に座り込んだピピカの元に走っていき、システィナは持参した薬草を取り出した。


「ピピカ、大丈夫!? 森で見つけた薬草を持ってきたから、ピピカと、それと体調が悪い人にも使ってもらいたくて」

「薬草をこんなに……? 集めるの、大変だったでしょうに……」


 質のいい薬草を見て、ピピカは驚いたようだ。


「わたしは昨日くらいには体調も回復してたから、少し休めば大丈夫よ。毒素だって、そこまで強くないんでしょう?」

「摂取しない状態なら、数日でよくなるって聞いてるけど……心配だよ」


 アンリエッタは自然治癒すると教えてくれたけれど、目の前に体調の悪い人がいたら心配してしまうのも仕方がない。

 システィナがピピカの横に座り込むと、「ねえ」と声をかけられる。


「あの騎士たちが言っていたことは、本当?」

「……うん」

「そう。システィナは、王女様なのね」

「……うん」


 ピピカの問いに、システィナは静かに頷いた。

 そんなシスティナを見て、ピピカは拳をぎゅっと握りしめる。騎士たちの態度で、システィナが王城でどんな生活をしていたのか容易に想像できてしまったからだ。

 システィナにとって、王城は嫌なところ。ピピカはそうなのだろうと、すぐに理解した。けれどすぐに、だからなんだ? とも思った。ピピカは存外、気が強かったからだ。


「王女なら、もっとしゃんとしなさい!」

「えっ!?」


 突然のことに驚いて、システィナはぴっと背筋を伸ばして立つ。その様子を見て、ピピカは頷きながらさらに言葉を続ける。


「背筋が曲がっているわよ! あなたは騎士たちよりずっとずっと偉いのだから、もっと胸を張りなさい!」

「は、はいっ!」


 今度はもっとしっかり返事をして胸を張ってみるが、顔がこわばっている。


「システィナ、あなた王女としてのマナーもなっていないじゃない」

「それはそうだよ。教えてもらったこともないし……ここでは必要もないでしょう?」

「だけど、騎士様が来たわ」


 ピピカの声は、悔しそうな色がにじんでいた。

 システィナに王女という身分があるにもかかわらず、騎士たちが好き勝手していたのが嫌だったのだろう。


「わたし、本格的ではないけれど……マナーの勉強をしているの。システィナが王女として恥ずかしくないように、わたしが教えてあげる!」

「え、ピピカが!?」

「そうよ! それで騎士様たちを手玉に取って、命令を聞かせたらいいのよ」


 目標を掲げたピピカの目には、うっすらと涙がにじんでいた。


「それで、王城に戻るときは……わたしが侍女になってあげるわ。そうしたら、きっと王城だって怖くないもの」

「ピピカ……」


 ぎゅっと手を握って笑顔を見せてくれるピピカは、負けるなと言ってくれているようだった。


「ありがとう、ピピカ!」



***



「王国の騎士っていうからどんなものかと思ったが、所詮は雑魚か……」


 ディグは気絶している二人の騎士の荷物から身分証などを確認していた。

 どうやら元は王妃直属の近衛騎士だったらしいが、システィナに物資を運ぶ役目を言い渡されたことでやさぐれていったようだ。そもそも物資補給の役目すらきちんと果たせていなかった騎士なのだから、左遷されて当然だろう。


「しかし、自白の瓶詰とはいえここまで耐性がないとは驚いた」


 ディグは瓶詰に蓋をして、瓶詰ホルダーに戻す。

 手に持っていたのは透明な気体の入った瓶詰で、肉眼で見えるようなものではない。それもあって、騎士はあっさり自白の瓶詰にやられてしまったのだ。


「ま、いいか」


 もう用はないとばかりに、ディグは騎士をほおっておくことにした。目が覚めたら自分たちで王都へ帰るか、村長あたりが対応するだろう。



***



 ――それから数日後、森のシスティナの家にて。


 流水の瓶詰を井戸に設置したおかげか、村で体調を崩している人はほとんどいなくなった。まだ全快でない人も、多少の気怠さが残っているくらいだろう。

 とはいえ、システィナはまだまだ頻繁に村に通って井戸の瓶詰の調整をしたり、必要な人に薬草を届けたりと、忙しい毎日を過ごしていた。


 村の人たちはシスティナに謝罪し、以前のような関係に戻っている。システィナは、それがとても嬉しくて仕方がなかった。


 家ではディグとともに瓶詰作りをしたり、それに伴う論議をしたりして、それも充実していて楽しい。ここ最近は、灯りの瓶詰で目くらましができるのでは? なんて話もしている。残念ながら、システィナのマナあってのことなのでディグが再現することはできなかったけれど。

 いつもディグに敵わなかったシスティナは、実はそれがちょっと優越感で嬉しかったりもする。もちろん内緒だけれど。


「……それで、ドラゴンの鱗が必要なんだがどこに生息してるかわかるか?」

「あれって本当の本当にお伽噺じゃないんですか……?」


 ディグが言っているのは、システィナの体質を根本から治すために必要な素材のことだ。しかしドラゴンなんて、システィナは本当に存在しているのかもわからない。


「どこかには生息してるはずだ。ドラゴンは瓶詰の素材だけじゃなくて、たとえば武器や防具にすることもできる。王族ならば、自分のために喉から手が出るほど欲しいだろうし、権威を振りかざすために素材を持っててもおかしくはない」


「ドラゴンって瓶詰以外の素材にも使えるんですね。瓶詰のために素材を確保しづらくなっちゃいそうじゃないです……か……んん?」


 ふと、システィナは思い出した。

 それは、ラーレがときおり食事を持って塔を訪ねてきてくれたときのことだ。外に出れないシスティナに、いろいろな話をしてくれていて、その中の一つにドラゴンの話があった。

 ラーレとシェラードの三人でいたときはとても楽しい思い出だったけれど、システィナのせいでラーレが倒れてしまってからは……思い出さないように、記憶に蓋をしていたように思う。けれど今回の事件を通し、システィナは少し前向きになることができた。


 だから思い出したのかもしれない。


「……塔にいたとき、ドラゴンの鱗を使って作った盾があると耳にしたことがあります。すごい宝物だって……」


 もしドラゴンが存在していたとしても、王城で宝物として扱うほどの代物なのだ。やはり簡単にドラゴンを見つけだすことはできないだろう。


(だけど、わたしのマナ食いを治すためには必要な素材……なんだよね)


 ならば、どうにかしてドラゴンを探さなければならない。山奥にでも行けば、一匹くらいはいるかもしれない。


「なら、その盾をちょっと拝借するか」

「…………えっ!?」


 とんでもないことを言うディグに、システィナは開いた口が塞がらない。


「ドラゴンを探して倒すより、楽だろ」

「ディグ様には倫理観がないんですか?」

「難しい言葉を知ってるなぁ」

「そうではなく!」

「呪いの子と言われ、閉じ込められ、追放され……王族を庇う必要なんてあるか?」


 むしろ奪って復讐してやる! くらいの気概があってもいいんじゃないか? と、ディグが言う。


「駄目……だと思います」


 たぶん、きっと。

 システィナは自分のマナ食いを治す道のりが、どちらかというとディグのせいで大変になりそうだ……という予感でいっぱいになるのだった。

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