新たな依頼 2
アンリエッタが状況を説明したあと、システィナを見る。
『それで、倒せるかしら?』
「………………うう、むりですぅ」
『だと思ったわ。もしかして、ネズズあたりが占拠していると思っていたのかしら』
「うう……」
まさに図星をさされて返す言葉もなかった。
そんなやり取りの間に観察していたらしいディグが、一番奥を指さして「あれはなんだ?」とセルルに問いかけた。
『湧き水の始まりの場所』
『この森の水がすべて湧いている場所よ。システィナの家の井戸の水も、元を辿ればあの湧き水だわ』
湧き水は毒を受けた死骸の影響で、地面の色と水が変色してしまっている。じゅくじゅくしていて、よくないものだというのは一目瞭然だった。
『きっと、村人の体調不良はこのせいね』
「魔物の死骸を片付けて水を綺麗にしたら、よくなるってことですよね? なら、早くなんとかしなきゃ……」
原因が|システィナ〈自分〉ではないことにほっとしたけれど、どうにかして解決しなければならない。
村の人に酷いことを言われはしたけれど、挨拶をしたり、よくしてもらったり、システィナの記憶には嬉しい思い出も多いのだ。
『魔物の確認ができたし、一度引き換えして対策を立てるのがいいかしら?』
アンリエッタの言葉に、システィナはハッとする。
あの魔物たちをどうやったら倒せるか考え、必要な戦闘の瓶詰を用意する必要がある。
(でも、戦闘の瓶詰を作るには新しい素材が必要になってくる……)
今は村で購入することも難しいので、森で採取できるもので瓶詰を作らなければならない。何種類か作ることは可能だろうけれど、確実に魔物を倒せるかと言われたらわからない。
(使う瓶詰は……火は攻撃力が高いけど、こんな洞窟の地下で使ったら駄目だよね? 水か、風か、土かな? それより上の属性の瓶詰は、きっと素材が足りない)
システィナが考え込んでいると、ディグが瓶詰ホルダーから一つの瓶詰を取り出した。どうやら攻撃用の瓶詰のようだ。
(ディグさん、戦闘用の瓶詰も待ってたんだ! どんな瓶詰なんだろう、気になる……!)
じいいぃぃっとシスティナが瓶詰を見つめていると、呆れた様子でディグが瓶詰を渡してきた。
「気になるんだろう?」
「いいんですか!?」
ぱああっと顔を輝かせて、システィナは瓶詰を見る。
薄緑色の瓶詰で、瓶の中は草花が生えている草原のようになっていた。そよ風が気持ちよさそうで、攻撃用の瓶詰ではなく観賞用の瓶詰を見ているかのようだ。
「とっても綺麗な瓶詰だけど、作るための素材はあまり多くなさそう……かも?」
おそらく一番肝心なのは、瓶詰の中で吹いている風だ。これは、風の魔石の欠片があればよさそうだ。中の草花は、自然物の素材を自由に組み合わせることもできるだろう。
(これなら、わたしでもすぐに作れそう)
すぐにでも作りたい欲が湧いてくる。
今まで戦闘用の瓶詰は作ってこなかったけれど、ディグの瓶詰を見た限り、かなり応用ができるのではないかとシスティナの想像が膨らんでいく。
システィナがどんな工夫にしようか考えていると、瓶詰を取り上げられてしまった。
「あっ!」
「なんだ、使いたいのか?」
ディグの言葉に、システィナは少し考えて首を振る。今が失敗してはいけない状況だということは、システィナにもわかる。
瓶詰の使い方を間違えて魔物を倒し損ねたら、こちらが襲われてしまうのだ。
システィナにも、アンリエッタたちにも、戦う術はない。ここでゲームオーバーになってしまうだろう。
システィナは瓶詰をディグに返した。
「わたしは練習して、戦闘瓶詰を使えるようになったら頑張ります」
「……そうか」
怖いから嫌だとか、そういうことを言うのではないのかと思っていたので、ディグは少しシスティナを見直したようだ。
システィナは、ディグがどうやって瓶詰を使って戦うか観察したくてうずうずしている。
(ディグさんは角ウサギを倒してお肉にしてたから、少しは戦えるのかな? でも、さすがに|フレイムウルフ〈あれ〉は無理だよね……)
ぱくりと食べられてしまうかもしれない。そう想像して、システィナの顔が青くなる。
「ディグさん、本当に大丈夫ですか?」
「誰に言ってるんだ。俺は天才だから、問題ない。……あ、死骸の処理は後でスライムに任せる」
「! わかりました」
そう言うと、ディグは軽い感じで瓶詰を魔物たちがいる辺りに投げ込んだ。
弧を描いて飛んでいった瓶詰は、地面に落ちると同時にパリンと割れた。割れた瓶詰はサラサラと粒子のようになって土に帰る。
瓶の中から飛び出てきたのは、草原をそよいでいた風。瓶詰の中で圧縮されていた風は解き放たれて刃をむき四方へと吹き荒れ一瞬でフレイムウルフとポイズンスネークの首を落とした。
『うわ、瞬殺とかえぐすぎじゃない!』
『強い……』
「――――――!?」
アリエッタとセルルは驚きつつも、ディグに拍手を送った。システィナといえば、あんぐりと口を大きく開けてぽかんとしてしまっている。
瓶詰がシスティナの考えていた攻撃威力より、五倍……いや、一〇倍ほどすごかったからだ。
「……いくら戦闘の瓶詰とはいえ、あんなに攻撃力が出るなんて。あれって初級レベルの風の瓶詰だと思ってたけど、本当はもっと強い瓶詰? わたしも早く瓶詰を作って研究してみたい」
ディグのすごい瓶詰を見たことによって、システィナの瓶詰を作りたい欲がどんどん膨らんでいく。
しかしその意識は、アンリエッタの『システィナ!』という声で思考から引きずり戻された。
「え、あっ!?」
『スライムにここを綺麗にするように頼んでちょうだい』
「はい!」
システィナは慌ててラズの前にしゃがみ込む。
「ラズ、魔物の死骸を食べてもらえる? あれが放置してあると、ここが汚れたままになっちゃうから。ラズに頼むのも、ちょっと申し訳ない気がするんだけど……」
『キュイ!』
ラズはすぐさまシスティナの言いたいことを理解して、倒した魔物たちの方へ向かっていく。最初に取り掛かったのは、元から死んでいたフレイムウルフの死骸だ。
グワッと体を大きくしてフレイムウルフを飲み込んだ。すると、ラズの体の中で少しずつゆっくりフレイムウルフが分解されて消化されていく。
ラズが死骸の処理をしている間に、ディグは自分で倒したフレイムウルフとポイズンスネークの解体を始めていた。
「あ! 解体したら、瓶詰の素材として使えるものがありますもんね。ディグさん、わたしにも教えてくれませんか? 解体用のナイフは持ってるんです!」
システィナは解体用ナイフを取り出すと、危なっかしい手で持ってブンブン振り回した。それを見たディグは若干嫌そうな目をしたが、ため息をつきつつ仕方がないと手招きをした。
「フレイムウルフは毛皮と牙、爪、尻尾が素材になる。俺が一匹解体するから、隣で同じようにやってみるといい」
そういうと、ディグは容赦なくフレイムウルフの尻尾を掴んでナイフで切り落とした。
「できるか?」
「……できます!」
システィナは緊張しつつ、オオカミの尻尾を左手で掴む。
つい先程まで生きていたので、どこか生暖かいその感触に思わず手が震えそうになった。けれど、今後も魔物を素材として使うのであれば、慣れなければいけないと自分の心を奮い立たせる。
尻尾に解体用のナイフを入れると、言葉にできないような嫌な感触が手を伝ってきた。
「うひっ! ……これ、切れるかな」
ナイフの扱いが不慣れなシスティナには、尻尾を切り落とすというのはなかなかに難易度が高い。上手く手が動かないし、もたもたしているとその分フレイムウルフの血がナイフに付着して切れ味も悪くなる。素材の質も悪くなるし、時間もかかってしまう。
そんなもたもたしているシスティナを見かねたからか、ディグは仕方がないとばかりに口を開く。
「フレイムウルフの尻尾は、爆炎の瓶詰の素材になるぞ」
ザシュッ! そのディグの一言で、システィナは容赦なくナイフを振り落としてフレイムウルフの尻尾を切り取った。
「はっ! わたしは何を……」




