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システィナのための瓶詰作り 3

 そして朝日が昇ったころ――無事に体調緩和の瓶詰を作ることに成功した。



【体調緩和の瓶詰】

 蓋を開けた瓶を首から下げておくことで、体調の異常部分を緩和することができる。

 ディグのオリジナルレシピ。



 体調緩和の瓶詰は瓶の両サイドに持ち手がついているので、そこに皮紐を通してネックレスにしてシスティナの首にかけた。

 ディグ曰く、開いた瓶詰が原因を吸い込むように作られているのだという。瓶詰の中が黒く濁ったらメンテナンスの合図になる。


「あくまで緩和されるだけだから、お前の体質がなくなるわけじゃない。それは忘れないようにしろ」

「それでも十分です! ありがとうございます、ディグ!」


 しかし喜ぶシスティナとは反対に、ディグの表情はどこか厳しい。


「ディグさん……?」

「体質自体を治すには、瓶詰薬が必要だ。が、素材が厄介すぎてすぐ作ることはできない」


 ディグの言葉に、システィナは息を呑んだ。だってまさか、体質改善ではなく――治すことができるなんて、思ってもみなかったからだ。

 システィナはゆっくり呼吸を繰り返して、ディグを見る。


「お、教えてほしいです。何が必要なんですか……? わたし、絶対に手に入れてみせます!」

「まず、ドラゴンの鱗が必要だ」

「…………………………えっ?」



***



 鳥のさえずりを通り越し、システィナは昼過ぎに目が覚めた。

 仕方がない。朝まで体質改善の瓶詰を作っていて、寝ていなかったのだから。


「……そうだ、ドラゴンの鱗が必要なんだった!」


 昨日のシスティナの記憶はそこで途切れている。

 おそらくドラゴンの鱗がないと自分の体質改善の薬が作れないことを知り、ショックで気を失ってしまったのだろう。そして眠かったこともあり、システィナの体はそのまま睡眠を貪り、気付けば昼過ぎというのが今の状況だ。


「ドラゴンって、本当にいるのかな?」


 う~んと、自分の脳内にドラゴンというキーワードがないか思考する。もちろん実物を見たことはない。だってずっと塔にいたのだから。


「ドラゴン、ドラゴン……でもなんか、ちょっとひっかかるような……なんだったかなぁ?」


 システィナの記憶にドラゴンという単語があるとしたら、本で読んだか、誰かに聞いたかの二択だ。まずメイドたちがそんな雑談をするはずはないので、本かシェラードとの会話で出てきたかのどちらかまで絞られる。


「シェラちゃんと話したときかな? でも、物語の本でドラゴンが出てくることはあったもんね。それを偶然覚えていて、記憶に引っかかっているだけかもしれない」


 ただすぐには思い出せないので、また改めて調べるしかないかもしれな。それか、ふとしたときに思い出す可能性だってある。


「……考えてもわからないから、今はとりあえず瓶詰職人としての腕をあげよう。それで強くなったら、もしかしたらドラゴンがいる場所に辿り着けるかもしれないし!」


 おそらくとんでもなく無謀な考えではあるのだが、世界のことをまったく知らないシスティナには、探せば本当にドラゴンや、他のお伽話の生物だっているかもしれないと思っている。いや、瓶詰職人として素材を使ってみたいから存在してほしい願望がある、という方が正しいだろうか。

「……本当にいるのかな?」


 やはりちょっとは不安になりつつも、まだ諦めるのは早いぞと、システィナは自分に言い聞かせるのだった。



 システィナが身支度を終えたタイミングで、玄関がガチャリと開いた。

 ディグが庭の野菜を収穫したようで、レタス、ラディッシュなどを手に持っている。これも、システィナが村で買った野菜の苗で育てていたものだ。今日のご飯になるのだろう。


「おはようございます、ディグ様」

「ああ」

「ごめんなさい。わたし、昨日寝てしまったみたいで」



 システィナがしょんぼりしながら告げると、ディグは「別にいい」と気にしていないようだ。


「夜通し採取していたから疲れたんだろう。俺はお前をベッドに放り込んだだけで、他は何もしてない」

「でも、ありがとうございます。この体質改善の瓶詰だって、すごく嬉しいです」


 これで、自分のせいで人を傷つけることはぐっと減るだろう。

 村に行くのが怖かったけれど、この瓶詰を付けていればピピカとも楽しく遊べるに違いない。ピピカはシスティナにできた初めての友達で、大切にしたいと思える相手なのだ。



***



 翌日、今日は村へ行くことになった。

 瓶詰作りの素材の購入と、食料が足りなくなってしまったというのが主な理由だ。


「何か肉がほしいな」

「角ウサギのお肉、美味しいですよ?」

「まあ不味いわけじゃないが、足りない」


 量的な意味で。そう言われてしまっては、システィナは確かにと頷くしかない。小柄なシスティナと違ってディグの身長は一八〇センチ以上あるので、小さな角ウサギの肉だけでは足りないのだろう。


(わたしもいっぱい食べたら、ディグ様みたいに大きくなれるかな?)


 そんなことを考えてみたが、自分の身長がディグより大きくなるところをシスティナは想像できなかった。



 村の入口に到着すると、ピピカとセリオが雑談をしている。


「システィナ!」


 ピピカとセリオはシスティナを見つけると大きく手を振ってくれた。それにシスティナも手を振り返し、二人の名前を呼ぶ。


「ピピカ、もう具合は大丈夫?」

「もちろんよ。システィナが村に来るの、待ってたんだから」

 そう言うと、ピピカはシスティナの手をぎゅっと握ってきた。

「――あっ!」

「なあに? びっくりしすぎよ、システィナったら」


 とっさのことでシスティナは体が強張って反応できなかったけれど、ピピカに変化はない。どうやら体質緩和の瓶詰の効果が出ているようだ。


(よかった……)


 システィナがほっと胸を撫でおろしていると、ディグがこちらを見ている。


「俺は雑貨屋に行くから、子供は子供同士遊んでいればいいんじゃないか?」


 ディグはそう言うと、さっさと村の中へ入り一人雑貨屋へ向かってしまった。

 システィナも瓶詰作り用の素材を買いたいと思っていたが、帰りに寄るだけで問題はないだろう。きっとディグの方が買うものも多いはずだ。


「ねえ、今日はわたしの家で遊ばない?」

「え……。でもお家に行ったらご迷惑になっちゃうんじゃ」


 ピピカの提案にシスティナは焦る。

 友達の家になんて行ったことがないので、どんな対応をすればいいかわからない。しかもピピカはこの村の村長の家の子供だ。偉い人に合うかもしれないという状況が、さらにシスティナを困惑させているのかもしれない。


 しかしピピカはあっけらかんと笑う。


「そんなに緊張しなくて大丈夫よ」

「そうそう、こんな小さな村で緊張すんなよ。ディグさんが来たら、ピピカの家に行ったって伝えてやるからさ」

「セリオ、あなたねぇ……。まあ、小さい村だけども!」


 ピピカはセリオの言い回しに若干頬を膨らめつつも、「お願いね!」とディグが来たときの伝言に感謝している。


「わたしもあとでお店には行くつもりだけど、入れ違いになった時はお願いします!」

「おう、任せとけよ」


 セリオが「またな~!」と手を振ったので、システィナとピピカも手を振り返しながら村の中を歩き始めた。



 ピピカと一緒ということもあって、村の中を歩くと色々な人に声をかけられる。システィナが顔を見知った人も増えてきたけれど、まだ知らない人も多い。


「あら、ピピカ。新しいお友達?」

「ええ! 村へたまに来てくれる、システィナよ。ほら、最近エルドさんが売ってる瓶詰を作ってる職人さん。それがシスティナなのよ」

「えっ!? あの瓶詰を作ってるのはお嬢ちゃんだったの。こんなに小さいのにすごいのね」


 声をかけてくれた夫人は感心した様子で、笑顔を見せてくれる。


「いつも使ってるのよ、ありがとう」

「あ、い、いえ! 使ってもらえてすごく嬉しいです。ありがとうございます」


 自分の瓶詰を褒められ慣れていないシスティナは、慌ててしまう。けれど嬉しい気持ちはあるので、しどろもどろになりつつもしっかりお礼を告げた。

 そして同時に、もっといい瓶詰を作りたいという気持ちが大きくなる。


(瓶詰を使って喜んでもらえるということが、こんなにも嬉しいなんて)


 システィナは寂しく過ごす塔で気を紛らわすために瓶詰作りに没頭していたが、気付けば使う人のことを考え、向上心のある立派な瓶詰職人に成長していた。


「それじゃあ、またね」


 立ち去る夫人に嬉しそうに小さく手を振るシスティナを見て、ピピカは何やら考え込んだ。


「村にちょこちょこ遊びに来てくれてるとはいえ、システィナは知り合いもまだ少ないし……暮らしているのも、ディグさんと二人なのよね? 確か、森の方って」

「う、うん」


 さすがに森の中の家で暮らしていますとは教えられなかったので、システィナはこの村の人には森の方に家があるとざっくりした説明をしている。ディグと出会ってからは、一人で暮らしていることを誤魔化す必要もないので楽だ。


「今後も村に来るなら、もっと顔を見せておいた方がいいわね。ねえ、家に行く前に村の中を一緒に歩きましょう」

「え、ええっ!?」


 そう言うと、ピピカは村の中をぐるっと回るような形で歩き始めた。家に戻る前に、村の人たちにシスティナを紹介ようと考えたようだ。


「この村はいい人ばっかりだから大丈夫よ。みんな、システィナの瓶詰をすごいって褒めてるの見たもの」

「ピピカ、嬉しいけど、わたし挨拶とかそんなに上手じゃないよ……」


 瓶詰の話題を出されたら喋れる自信はあるけれど、挨拶を済ませたら何を話していいのかわからなくなってしまいそうだ。今日は天気がいいですね、なんてことを会った人全員に振るうわけにもいかない。

 システィナがわなわな震えていると、ピピカはクスクス笑う。


「すれ違ったときに、こんにちはの一言だけでいいのよ。挨拶をしていけば、きっとシスティナももっと村に馴染むわ」

「そ、それだけでいいの?」

「そうよ。まずは挨拶をして、人と顔をつなぐのが大切なの。わたしの練習でもあるのよ」

「ピピカの?」


 以前、ピピカはシスティナに夢を語ったことがあった。


 それは王都に行って王城で働くこと。しかし、王城とはそう簡単に働ける場所ではないのだ。身分こそ必要はないかもしれないが、しっかりした身元確認は行われるし、コミュニケーション能力だって重視される。職場の人間と上手く付き合っていかなければ出世もできないし、円滑に仕事を行うこともできないだろう。


 ピピカにとって人との交流は、その練習の一歩でもあるのだ。

 そんなピピカの語りに、システィナは感動した。


「そんな先のことを考えてるなんて、ピピカはすごいね。わたしなんて、瓶詰を作りたいっていう気持ちだけで……どうやって生きようかなんて考えたこともなかったのに」


 癒しの瓶詰を作りたいという目標はあるけれど、計画性はあまりなく、漠然としたまま。けれどピピカは、目標のために何をすべきでどうすればいいかきちんと考えている。

 システィナが自分の胸の内を少し吐き出すと、ピピカは呆れたように目を瞬かせた。


「もう立派な瓶詰職人なのに、何を言ってるの?」

「え?」

「瓶詰職人。知らないの? システィナ。王都には瓶詰職人になりたくて一生懸命勉強している人が大勢いるのよ。システィナはそんな人たちを追い越して、さっさと瓶詰職人をしているのよ。それって、とってもすごいことじゃない。だからもうシスティナは今の時点ですごいのよ。もっと胸を張るべきだわ」


 まさかそんなふうに言われるとは思っていなくて、システィナはぽかんと口を開けた。

 自分が作る瓶詰はまだまだ未熟で、王都でなんて、どのような評価が下されるかわからない。

 ただ、塔で作っていた瓶詰はきっと王都で流通しているだろうから、売れないことはないのだろうけれど……どの程度の価値がつくかはシスティナには残念ながらわからない。


「システィナはもっと自信を持ったらいいと思うわ」


 そう言ってピピカは微笑んだ。

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