システィナの友達
「今から行く村は、十分な量の素材を買えるのか?」
「え、あ、それは……」
村へ続く妖精の洞窟を歩きながらされたディグの質問に、システィナは思わず頭を抱えた。
おそらく村の規模としてはそんなに大きくないため、素材をたくさん買うことは難しいと思ったからだ。
それに、お金の問題もある。また灯りの瓶詰を買い取ってほしいけれど、無限に買い取ってもらえるのだろうか。
「まあ、所詮は村だからな。見てから考えるか。素材が足りないようなら、ほかの街にいでも行けばいい」
「ほかの街……」
システィナは塔――王城から追放されて森に来たが、ディグはそうではない。どこへ行くのも自由だし、何をしたっていいのだ。
(街に行ったら、きっとたくさん瓶詰が売ってるだろうし、見たことのない素材だってあるよね?)
森の家から出るつもりなんてまったくなかったシスティナだが、胸が少しざわついた。
***
妖精の洞窟を通り森を抜け、村が見えた。
「あそこが、いつも買い物をしてるリコの村です」
「……小さい村だな」
率直なディグの言葉に、「やっぱり小さいんですね」とシスティナは苦笑する。ディグは、システィナのやっぱりという言葉に不思議そうな顔をした。
「わたしは、ここ以外の村や街を知らないんです。外出しなくて。今でこそ森の家に一人で暮らしてますけど、それも最近で……。村の人には、よくしてもらってるんですよ」
村に到着して、入口を守る自警団にディグを紹介すればすんなり村に入る許可をもらうことができた。
「お店は、雑貨屋が一つあります。素材はいつもそこで買ってるんです」
雑貨屋を目指して歩いているとすぐ、「システィナ!」と声をかけられた。
「ピピカ!」
とっさに、システィナは隠れるようにディグの後ろに回る。が、そんなのお構いなしとばかりにピピカはシスティナの顔を覗き込む。
この村の村長の娘、ピピカ
システィナより二歳年上の八歳。濃いピンク色のロングヘアはお団子にして、リボンで可愛らしくまとめられている。パッチリした強気な瞳は蜂蜜色だ。
自分と年の近いシスティナが村へ来ているのを知り、こうして話しかけてくれている。将来は王都へ行って働くことが夢だという。
システィナ自身もピピカと会うのは好きだ。というより、同性で年の近い友達という存在が初めてだった。
買い物をはじめとした一般常識、お洒落やお菓子など……あまりものを知らないシスティナに、ピピカが先輩風を吹かせるようにしつつもなんだかんだ面倒を見て教えてくれた。
二人でおやつを食べたり、時には花を摘んで花冠を作ったり、なんとなくお喋りをしたり。一回の時間が長くならないように気を付けて遊んではみたのだけれど、ピピカが時折立ちくらみがすると言ってから、システィナは怖くなってしまっていた。
その立ちくらみが、おそらく自分のマナ食いのせいだからだ。
ピピカの体内のマナを、システィナが吸い取ってしまっているのだろう。
妖精曰く休息で治るらしいけれど、それでも大切な友達が具合を悪そうにしている姿を見るのはいいものではない。
「あら」
ピピカはシスティナの隣にいるディグを見て、目を瞬かせた。
「こちらの方は誰? わたしは村長の娘、ピピカと申します。お名前をお伺いしても?」
「瓶詰職人のディグだ」
「! 瓶詰職人というと、もしかしてシスティナのご家族かお師匠様?」
ピピカの言葉に、システィナはなるほど自分たちはそういう関係に見えるのかと思った。
ただ、家族にしては顔もそんなに似ていない。共通事項があるとすれば、瓶詰職人というところだろうか。
(って、ディグ様の瓶詰作りは趣味だったんじゃなかったの!?)
瓶詰職人ではないと言っていたのに、まさか瓶詰職人だと言い出したのでシスティナはとても驚いたのだ。
「まったくの他人だ」
ディグの答えに、システィナも頷く。
「そうなんですの?」
「うん。本当に偶然知り合っただけなの」
本当はシスティナを森の家に送ってきた騎士だったのだけれど、どうやらその正体は全く別のところにあるらしい。ただ、それが何かはハッキリわからないので、システィナはもやもやしているのだが。
(ピピカに瓶詰職人って言ったのは、自分の正体を隠すため……?)
ただ正直なところ、システィナとしては瓶詰の腕前を見込んでディグに弟子入りできたら嬉しいとは思っている。
「瓶詰作りの素材がほしくて、エルドさんところに買い物に行くところだったんだ」
「なら、わたしも一緒に行きたいわ! ちょうど、ハンカチ用の布がほしいと思っていたところだったの。刺繍するのよ」
ピピカも一緒に行くのだと言って、歩き始める。
「刺繍できるの? すごいね」
「システィナはできないの? 女子の嗜みじゃない」
「そうなの?」
基本的に瓶詰を作って美味しご飯があればいいと思っていたシスティナは、ピピカの言葉に驚いた。
「でも、刺繍するよりも瓶詰作ってる方がいいなぁ」
思わず本音がもれてしまうと、ピピカが笑う。
「確かにシスティナの瓶詰はすごいものね。村で一番いい瓶詰だから、ほしい人がいっぱいいるのよ。大きな街でも、システィナほどいい瓶詰ってそうそうないもの」
「え」
あまりにピピカが褒めるので、システィナはぽかんと口を開けてしまった。
「もしかして、システィナってば無自覚だったの? それとも、エルドさんがちゃんと説明してないのかしら」
「聞いたけど、そんなにたくさんの種類の瓶詰を見たわけじゃないから」
一応理解はしたつもりだったけれど、実感としてはあまりなかったかもしれない。システィナの言葉を聞いて、説明が足りていないとピピカはエルドに対して怒っている。
「システィナの瓶詰はすごく質がいいのよ。……そうね。王都で売っても恥ずかしくないどころか、きっと大勢の人が買いに来るわ!」
「そうだったら嬉しいな」
ピピカの言葉に素直に微笑むシスティナだが、その視線はチラリとディグの瓶詰ホルダーに向けられる。
今システィナの目標はディグのような瓶詰を作ることなので、現状の自分が作る瓶詰を褒められても素直に喜びづらい。
「わたし、もっと頑張る……!」
そう呟いたシスティナの言葉に、ピピカは「十分ですのに」と言って笑った。
「いらっしゃい、システィナ。今日はピピカと……初めて見るね」
「瓶詰職人のディグさんです。素材を見たいそうです」
「なるほど、ゆっくりしていってくれ」
ディグは軽くエルドに会釈をして、店内を見始めた。どうやら欲しいものは自分で探すようだ。
ピピカはハンカチと刺繍用の糸をいくつか購入するようで、吟味している。
「システィナ、見て!」
「?」
手招きしてくれたので、システィナも興味本位から刺繍糸を見に行ってみる。無地の布がいくつかと、一〇色ほどの刺繍糸が置かれていて華やかだ。
「これでハンカチに刺繍をするの。ほら、この赤色なんてとっても綺麗じゃない? 植物の実から染めているのよ」
「うん、綺麗な色。もしかしたら、瓶詰の素材にも使えるかも……!」
「システィナったら、また始まった……」
システィナの口から瓶詰の話題が出てしまったら、すでに手遅れという認識が少しずつ村に広がっていた。普段は大人しいシスティナなのに、喋り出したら止まらないのだ。
「家の瓶詰は、使う素材はわたしが自由に選べるもんね。たとえば布に自由に刺繍ができたら……それをカーテンにしたり、ベッドカバーにしたり……できることがすごく増えるんじゃない……? あ、でも……もし完成した刺繍のハンカチを素材としてマナを込めるんじゃなくて、刺繍糸の段階でマナを込めたらどうなるんだろう? これはやったことがないけど、灯りの瓶詰を作ったときみたいにマナを何回か……」
考え出したら止まらない。
「………………やっぱり刺繍できた方がいいのかな?」
「それはそうよ。女は刺繍ができてこそなのよ!」
やっとシスティナの思考がまとまったようだと、ピピカが返事をした。ちなみにシスティナが喋っている間に、ディグは買い物まで済ませている。
ピピカはいくつか刺繍糸を手に取って、システィナに似合うものを探してくれた。
「これなんてどうかしら。薄水色でシスティナにとっても似合いそう」
「わあ、いい色!」
システィナが手を伸ばして刺繍糸を受け取ろうとした瞬間、わずかにシスティナとピピカの指先が触れ合って――ピピカが倒れ込むように床に座り込んでしまった。
「ふえ?」
「ピピカ!?」
「大丈夫か!?」
システィナが声を上げ、エルドはカウンターの奥から出てきてピピカの様子を見る。システィナはピピカを支えようと手を伸ばすが、ガッとディグに腕を掴まれた。
「お前は触るな、マナを吸い取る」
「――っ!」
ディグの言葉で、システィナは一気に体の中心が冷たくなった感覚がした。
ピピカがふらついて倒れたのは、自分がマナを奪ってしまったからだということを、今やっと頭で理解できたからだ。
「わたし、わたし……」
システィナは何もできず、ただただエルドに介抱されるピピカを見ることしかできなかった。同時に、以前ラーレを気絶させてしまった時のこともフラッシュバックしてしまって。
「いやだよ、もう……こんな体……」
消え入りそうなか細いシスティナの声は、すぐ横にいたディグにだけ届いた。
その後、ピピカはすぐに回復した。
「びっくりさせてごめんなさいね、システィ」
お菓子を食べて数分のんびりしていたら、ピピカはあっという間に回復したようだ。しかしシスティナとしては、これ以上マナを吸い取ったらさらに大変なことになると気が気ではない。
「ちょっと立ちくらみがひどかったみたいだけど、もう大丈夫よ」
「……ピピカが無事でよかった」
「システィナったら、泣きそうな顔してるわよ! わたしは大丈夫って言ったでしょう?」
そう言って、ピピカはクスクス笑う。
けれど、システィナはその体調不良が自分のせいだとは言えなかった。
自分はなんて臆病でひどい人間なのだろうと。やはり誰かと仲良くなることなんて無理だったのだろうと。システィナは辛い気持ちになって、心がどんより沈んでいった。
***
それから数日、システィナはぼおっと過ごすことが増えた。
最低限の食事はするけれど、それだけだ。ピピカのことが忘れられないのは一目瞭然で、システィナにもどうしたらいいかわからなかった。
それでもシスティナが沈み込みきらずに生活できているのは、ディグのおかげだ。そう、ディグはいまだにシスティナの家に滞在している。
ディグ曰く、「特に行くところもないし、マナ喰いという体質に興味がある」ということらしい。正直ディグがどうしたいのかシスティナにはわからなかったけれど、マナ喰いという体質を研究するというのなら、願ったりだ。
なので、システィナも自分の体質に何か改善の兆しが見えるかもしれない! という打算的なこともあり、無理に出て行かせようとすることはしなかった。
なので現在、システィナとディグの謎の同居生活になっている。
「また素材が必要になった」
あれから数日後、ディグが村に行きたいと言いだした。
「あの妖精の洞窟は、お前がいないと通れないみたいだから一緒に行ってほしい」
ディグの言葉に、しかしシスティナは首を振る。
「わたしが村に行ったら大変なことになっちゃうから……」
「重症だな」
「だって! ……大好きな人たちがあんなふうになっちゃうのは、もう嫌だから。今回はすぐに回復したけど、次もそうとは……!」
以前も――塔にいたときも同じことをしたことがある。自分に優しくしてくれた人を、倒れさせてしまったのだ。
もう二度とそんなことはしないと強く思ったのに、またやってしまった。
「マナは休めば回復するが……そんなに気にしてたのか」
ディグが別に吸い取っても休めば回復するからいいだろうと思っていたようだ。システィナもこれくらい図々しい思考の持ち主だったら、もっと上手く生きていたかもしれない。
「なら、俺がマナ喰いをどうにかしてやろう。どうせ、そのつもりだった」
「え……本当に!?」
「治療はそこそこ大変だが、まあ、素材が揃えばどうとでもなる」
あまりに突然なディグの提案に――いや、元々打算的にその可能性があったらいいなとは思っていたけれど――まさかそのつもりだったと言われるとは思ってもいなくて。
「――……」
システィナは息を飲んだ。




