瓶詰作り大好き勢 3
チチチチ……という鳥のさえずりでシスティナは目を覚ました。
体を起こして窓の外を見ると、すでに日は高い。かなり長時間眠っていたことがわかる。
そして、お腹がきゅるる……と、さっそく自己主張を始めている。同時に、鼻をくすぐるいい匂いがシスティナに届いた。
室内を見ると、キッチンにディグが立っていた。
「ああ、起きたのか。おはよう」
「お、おはようございます。わたし、寝ちゃったんですかね……?」
システィナは自分の記憶を辿っていく。
昨日は命の危機を覚えもしたが、ディグの持つ瓶詰作りの技術に圧倒されて、夢中になって灯りの瓶詰を試行錯誤して作っていたこと……は覚えている。そう、システィナの記憶は瓶詰を作っていたところで途切れている。
「あれ……いつ寝たんだっけ?」
システィナがこてりと首を傾げて思い出そうとしていると、その答えはすんなりディグが教えてくれた。
「倒れたんだ。過労だろうな」
「かろう……?」
思ってもいなかった言葉にシスティナは目を見開いた。
「止めなかった俺も悪かったかもしれないが、その歳で夜更かしなんてするものじゃない。体もまだ小さい。食事も足りていないんじゃないか?」
「えっえっえっ?」
「お前、あのあと夜になってもずっと瓶詰を作ってたんだぞ? 別に構わないが、自分の面倒くらい見れるようになれ」
そう言って、ディグはテーブルの上に湯気の立った何かを置いた。
システィナがそのいい匂いに釣られるように、ふらふら~っとテーブルのところに行くのは一瞬だった。
テーブルの上には、二人分のご飯が用意されていた。
「これ、わたしも食べていいんですか!?」
「キッチンを借りたから、その代わりだ。……別に食にこだわれとは言わないが、最低限の栄養は摂取した方がいい」
「……ありがとうございます」
ティグが用意した朝食は、主食がやわらかなパンケーキ。そこにカリカリのベーコンと目玉焼きが乗っている。どれもシスティナが見たことのない食事だったけれど、スープには野菜と、ラーレから差し入れてもらった食事で知った、システィナの大好きなお肉がたっぷり入っていた。
ボリュームたっぷりで、この家でこんなにすごいご飯が食べられるとはとシスティナは驚きを隠せなかった。
「ん~~、おいひいです!」
「飲み込んでから喋れ」
「! はい!」
瓶詰作りだけじゃなくて、こんなすごいご飯も作れるんだ……と、システィナは純粋にディグに尊敬の念を向ける。
「美味しいです!」
「別に大したものじゃない。栄養を取れればいいから、凝ったものは作らない」
「十分美味しいのに」
謙遜するようなディグの言葉に、システィナは笑って――ハッとした。うっかりしすぎていたけれど、長時間ディグと一緒にいて、しかも気絶するように眠ってしまったシスティナをベッドまで運んだらしいというのに、どうしてディグはこうもけろりとしているのか。
昨日システィナの呪いがマナ喰いという体質だということはディグによって知ることができた。しかしイコール、ディグがその影響を受けないという話ではなかったはずだ。
「あっ、あの! ディグ様はわたしと一緒にいて大丈夫なんですか? たぶん、今までわたしの近くにいた人だったらもう倒れてるはずで……」
しかしシスティナの目の前にいるディグは、平然としている。
「………………?」
ちょっと理解ができないなと、システィナは頭の上にたくさんクエスチョンマークを浮かべてしまう。
「ん~、俺も体質ってやつ?」
「ええ!? マナを吸収されない体質、ってことですか?」
「簡単に言えば、そうだな」
これには驚きしかなかった。
「じゃ、じゃあ、ディグ様はずっとわたしの近くにいても元気いっぱいってことですか!?」
「そうだな」
「すごい……!」
システィナの側にいて倒れないだけではなく、瓶詰の話までできてしまうのだ。システィナはすごい、の言葉だけを連呼してしまう。
「すごいすごい!」
「はは。はしゃいでいるところ悪いが、本当にはしゃいでいていいのか? 俺が何者か、理解してないだろう?」
「――!」
突き放してくるようなディグの言葉に、システィナはぎくりとした。
ディグと共にシスティナをここへ連れてきた騎士二人は王妃の手のものだということはわかっているけれど、そこから離れて別行動をしているディグが誰に従っているのかは……システィナにはさっぱりわからない。
というか、システィナは王族をはじめ王侯貴族や王城の事情はほとんど知らない。
「ディグ様が何者かは、正直わたしにはさっぱりわかりません。でも、わかることもあります」
「ふうん? 何が分かったんだ?」
「それは、ディグ様が瓶詰が大好きだということです!」
システィナはふんすと鼻息を荒くしつつも、堂々と言いきった。その返答があまりに不意打ちだったのか、ディグが口元を押さえ損ねて「ぶふぅっ」と笑った。
「だって、わたしとずっと瓶詰の話をしてくれますし……気になる瓶詰も持っていますし……。本当は全部見せてほしいんですけど、言ったらさすがに迷惑かな? って思って遠慮してたりするんですよ? これでも結構我慢してるんですよ? わがままを言っていいなら、もっとたくさん瓶詰の話をしたいですし、教えてほしいです」
「欲望が凄いな」
「瓶詰が大好きですからね!」
システィナは胸を張って、こればかりは譲れないのだと主張する。
「……だから、別にディグ様が誰の下についていてもいいんです。王妃様じゃなさそうっていうことがわかっているだけで、今は十分です」
満足そうに微笑んだシスティナに、ディグは一言「そうか」とだけ返事をした。
それからたわいのない雑談をしながら、食事を再開した。
「ごちそうさまでした。すっごく美味しかったです! ありがとうございます、ディグ様」
「別にそんなに感動するようなことでもないだろう」
「わたしには人生で初めてのご馳走です!」
「大袈裟……でもないのか」
ティクは喜び続けるシスティナに軽く肩をすくめて、「帰ってきてるぞ」と窓を指差した。
「え?」
見ると、チチチッと朝に囀りだと思っていた鳥の鳴き声の主が窓辺にいることに気付く。偵察の使い魔だ。
「もしかして、薬草の群生地を見つけてくれたんですか?」
『チチチ!』
「すごい、すごいです!」
薬草は瓶詰作りの素材にはもちろんだが、怪我をしたときや熱を出してしまったときに使うこともできる。今も倉庫に少しあるけれど、在庫があるならばそれに越したことはない。
それに、薬草があれば癒しの瓶詰の完成に一歩近づけるのではとシスティナは考えている。
やはり回復するためには、薬草、もしくはそれに類するものが瓶詰の素材になると考えたからだ。ただシスティナではあまり手に入れる機会がなかったので、なかなか癒しの瓶詰作りに挑戦できずにいたのだ。
薬草をたくさん手に入れることができれば、いろいろ試行錯誤もできるだろう。
「ディグ様、一緒に行きましょう! 薬草を採取して、瓶詰の素材にするんです! わたし、癒しの瓶詰作りに挑戦しますよ! 薬草をたくさん使ったら何か変化があるのかなとか、薬草の使用方法自体を変えてみたりとか、試してみたいこともたくさんあって……! ディグさんは薬草を使った瓶詰で、何か作れるものはありますか?」
「まあ、薬草を好む魔物を使い魔にするにはいいかもしれないな。あとは、怪我をした使い魔の瓶詰に入れてやるのもいい」
「確かにそうですね。スライムさんと森ネコさんのために、薬草は切らさないようにしなくちゃ」
システィナは早速森へ出かける準備をして、ディグに「行ってみましょう!」と声をかけた。
「森ネコさん、戦闘をお願いしてもいい?」
『にゃ!』
薬草の群生地を目指すメンバーは、システィナ、ディグ、スライム、森ネコ、それから偵察の小鳥だ。
冒険パーティのようで、なんだかワクワクしてしまう。
偵察の小鳥が南西方面へ飛び、システィナたちはそのあとに続く。
システィナが村へ行くときに通る妖精の洞窟は東の方にあるので、今から向かう方面は行ったことのない場所だ。
少し歩いていると、茂みから角ウサギが飛び出してきた。――が、ディグが一瞬で短剣を投げて倒してしまった。
「つよ……」
思わずそんな言葉しかシスティナからは出てこない。
「角ウサギは肉が食えるから、持って帰る」
「お肉が!」
「さっき食べたスープの肉は、この森で狩った角ウサギだ」
「えっ!?」
知らずのうちに角ウサギの肉を食べていたことに、システィナは驚いた。見た目は可愛い角ウサギを食べてしまったことにもドキリとしてしまったが、とても美味しかった。
「お前が倒れた後、狩った」
「そんなことが……」
システィナはてっきりディグが元々持っていたものか、村で購入して保管しておいたのを使ってくれたのかと思っていたのだが……まさか、狩りたての肉だとは思ってもみなかった。
「とりあえず肉は確保だな」
ディグは瓶詰ホルダーから瓶を取り出し蓋を開けると、角ウサギの死体が瓶の中に収納された。
「!」
収納の瓶詰の存在はシスティナも知っていたけれど、素材が貴重でなかなかお目にかかることができないのだ。
(後で見せてくれるかな……?)
今すぐ聞きたいことはあるけれど、ここは魔物が出てくる森の中。夢中になって喋ってしまうことが分かり切っているので、システィナは口を開けないでいる。
(喋ったら、魔物に気付かない自信しかないよ……)
現に、またすぐスライムとネズズが襲い掛かってきていた。これは使い魔のスライムと森ネコが見事に倒してくれたけれど、先に進んだらもっと出てくるだろう。
「武器はあるのか?」
「え? あ、解体用の短剣があります」
「戦闘は使い魔任せか」
ディグの問いに、システィナは頷く。
体力だって碌にないのに、短剣で魔物を倒すのは無謀だ。それくらい、システィナにだってわかる。ディグもそう思ったのか、「賢明な判断だな」と言った。
それから五分ほど歩くと、偵察の小鳥がチチチチと鳴いてから消えた。見ると、目の前は薬草が広がっている。群生地だ。
「わ、すごい! これだけ薬草が生えていたら摘み放題ですね。……あ! あれは上級薬草では!? 素材になりそうな花もあります!!」
まるで花畑のような場所で、システィナは夢中になって薬草や素材になりそうな花を摘んでいく。
ディグも何本か薬草などを積んで、収納の瓶詰に入れていた。
「スライムさん、森ネコさん、摘むのを手伝ってもらっていいですか?」
『キュイ!』
『にゃっ!』
そして持ってきていた袋いっぱい、システィナは薬草などの素材を摘むことができた。
システィナは、いつの間にか木に寄りかかって休んでいたディグを見る。
「ディグ様、ありがとうございます。たくさん薬草を詰めました。偵察の瓶詰は……あの小鳥さんはまた会えますか?」
「あの瓶詰は使い捨てだから、偵察を任せた小鳥はもういない」
「えっ!? そうなんですか……」
また会えるかもしれないと思っていたシスティナは、ガクリと肩を落とす。
喋ったりして意思疎通ができたわけではないけれど、自分の頼みを聞いて薬草の群生地を探してくれたのだ。たった少しの関わりではあったけれど、愛着が湧いているのも当然だ。
しかし、そんなシスティナの心情を全く気にしていないのか、ディグは「村へ行くか」と言う。
「村にですか?」
「何かいい素材が売ってるかもしれないからな。ほしい素材があるんだ」
ディグの言葉に、システィナはなるほどと頷いた。




