瓶詰作り大好き勢 1
システィナが村へ行けるようになって、一ヶ月ほど経った。
来ないと思っていた物資は二〇日目にやってきて、僅かな食料や生活用品を置いていく代わりに、システィナが作った灯りの瓶詰と流水の瓶詰を対価だと言って持っていった。塔にいたときも、システィナが作っていた瓶詰は衣食住の対価だと言われて持って行かれていた。
しかしシスティナは、気にしないことにしている。瓶詰を渡しておけば、やってきた騎士たちは何もしない。黙ってやり過ごして、この森で平穏に暮らして生きたい……それが今のシスティナの願いだ。
「今日は何をしようかな? 畑に水をあげたら、スライムさんと森ネコさんと素材採取に行くのもいいよね。それか、質のいい土を探す……っていうのも楽しいかも! そしたら、いつもと違う空き瓶ができるかもしれないし」
今日もシスティナはわくわくしている。
畑は、エルドの雑貨屋で購入した野菜の種を植えて育てているものだ。大根、ニンジン、キャベツの三種類。収穫が終われば、リルカに料理の仕方を聞こうと思っている。きっと、最高に美味しいものができるはずだ。
「美味しくなあれ〜」
システィナが家の前の畑で作物の世話をしていると、パキッと枝を踏んだ音がした。
「――っ!? 森ネコさん――え?」
魔物かもしれない! そう思ったシスティナはとっさに家の前で日向ぼっこしていた森ネコを呼ぼうとして――目を大きく見開いた。なぜなら、そこにいたのは魔物ではなく騎士のディグだったからだ。
「ディグ様!」
しかし、いつもと違って騎士服ではないようだ。黒を基調にした仕立てのよい服を着ていて、システィナには見慣れない無機質な装飾品がたくさん付いている。以前からつけている装飾品と同系統のものだ。
「騎士服じゃない……?」
システィナが首を傾げると、ディグが「騎士は終わりだ」と言う。そしてそのまま、システィナの方へ近づいてきた。
「駄目です! わたしに近づかないでください!!」
システィナが叫びつつ後ずさると、ディグは無遠慮に距離を詰めてきた。その表情は何を考えているかわからない。けれど、機嫌がよいわけではないことだけはシスティナにもわかった。
「ええっ!? どうして近づいてくるんですか!? わたしに近づくと、体調を崩しちゃうんですよ!」
「……なぜだ?」
「えっ」
「呪われている、と言われているのは知っている。なぜ、その現象が起きているか知っているのかが知りたい」
純粋に理由を問われて、システィナは驚いた。今までは問答無用で呪われているからだと蔑まれることしかなく、それがなぜなのか、という風に聞いてもらえたことがなかったからだ。
たったそれだけの問いに、とも思うだろうが……システィナには十分嬉しい言葉だった。
「えーっと……わたしも知ったのは最近なんですけど、マナを……吸い取ってしまうみたいで」
「……ああ、マナ喰いか」
ディグの口から全く知らない単語が出てきて、システィナは「なんですか、それ」と食い気味に問いかける。
「自分以外のマナを吸い取る体質のことだ」
「体質……」
呪いだとばかり言われてきたので、体質、と言われるのがなんだか不思議だった。
「俺が騎士に扮して近づいていたのは、その呪いがなんであるか確かめるためだ。しかしマナ食いか、いっそ始末した方が楽か……?」
「――えっ!?」
システィナはディグの言葉に驚いて、逃げるように後ろへ下がる。が、慌てたせいで足がもつれて転んでしまった。
「し、始末って、わたしを殺すっていうことですか……? 嘘ですよね、ディグ様。だって、優しかったのに」
「…………」
喋らないディグに、このままではやばいとシスティナの脳内が警鐘を鳴らしている。どうしようどうしようと、回らない頭でせいいっぱい考える。
「ディグ様は、王妃様の騎士様では……ないのですか?」
「違う」
「!」
てっきり王妃にシスティナの世話係をするように言われた騎士だとばかり思っていたが、ディグの主人は王妃ではなく別の人間らしい。
(誰……? 国王陛下? それとも、もっと別の人……?)
どのみち、ディグの主人である人物がシスティナのことをどうしたいかが問題だ。しかし、ディグは始末した方が楽か? という思案のような言葉だった。つまり、システィナを始末しないで済む方法もきっとあるのだろうと考えた。
「わたしにできることならなんでもするから、殺さないで……! そうだ、わたし、瓶詰を上手に作れるの! だから……」
「そういえば、瓶詰作りが上手いと聞いたな」
瓶詰という単語に、ディグの表情がぴくりと動いた。さっきまでまともな会話もできそうになかったのに。
瓶詰の何がこのディグの心を揺さぶったのか。
「そういえば、癒しの瓶詰を作ると言っていたな。確かに、それは少し興味深い」
ディグが一歩大きくこちらに歩いた際、カラン……と、瓶詰同士のぶつかる音がした。いち早くその音を捉えたシスティナの耳がそれを目に伝えて、音の発信源に視線を巡らせる。
見ると、ディグの腰に瓶詰ホルダーが下げられていて、いくつかの瓶詰が装着されていた。これは騎士服のときには付けていなかったものだ。しかも瓶詰の数が多く、ホルダーでは収納数が足りずに紐でぶら下げている瓶詰もある。どうやら、音の発生源はそのぶら下がった瓶詰のようだ。
「瓶詰だ……」
それはシスティナの見たことのない瓶詰で、感じていた恐怖なんて一瞬で吹っ飛んで――目を奪われてしまった。
「すごい! 薄青色の瓶詰に、こっちは赤色? どうやって瓶詰でこの色を作りだしてるの? すごい、こっちは長い瓶詰。丸もあるの? 中で星がチカチカしてるのは……どうしよう、わたしが読んだ瓶詰の本には載ってなかった。すごく珍しい瓶詰だ!」
突然勢いよく喋り出したシスティナに、ディグは驚いた。つい先ほどまでおどおどしていたのに、こんな度胸があったのか……と。
「こっちの小さな瓶詰なんて、なんの瓶詰かさっぱりわからない……。瓶詰に入った水から、空気の泡が出てるだけ? ということは、観賞用の瓶詰? でも、観賞するにはちょっと小さいし、そもそも観賞用の瓶詰を持ち歩いたりしないよね。水関係の生活用の瓶詰かな? それても、わたしが知らない戦闘用の瓶詰……とか?」
システィナの独り言は止まらない。
「好奇心が強いな」
「あ……っ!」
ディグの言葉に、システィナはさあああっと顔を青くする。たった今まで震えていたのに、瓶詰を見つけた瞬間いつもの調子で喋ってしまった。しかも、ディグのことをすっかり頭から追いやって。
システィナは嫌な汗をかきながら、地面を見る。とてもではないが、ディグがどんな顔をしているか見られる気がしない。
「ご、ごめんな――」
「これは偵察の瓶詰だ」
「え……?」
その言葉に、システィナはばっと顔を上げた。
「興味があるなら、使ってみるか?」
「え、え、え……いいん、ですか?」
「ああ」
青年は瓶詰ホルダーから偵察の瓶詰を取ると、システィナに渡してくれた。使っていいなんて聞き間違いかとも思ったが、本当だったなんて。
「偵察の瓶詰は、瓶の中から生まれた生物が命令を一つだけ聞く。……そうだな、蓋を開けて『この家から一番近い薬草の群生地を探せ』と命令するといい」
「……! そんな命令で、いいんですか?」
あまりディグにメリットのない命令な気がしてシスティナが聞き返すが、ディグは特に問題ないようで頷いた。
「わかりました」
システィナが瓶の蓋を開けると、こぽこぽと小さく生まれていた泡がぶわわっと大きくなって、瓶詰の中から小鳥が生まれた。
「えっ!? どこから鳥が!? だって、瓶詰の中に鳥なんていなかったのに!! てっきり、この水がスライムみたいな魔物の使い魔なのかと思ってたのに……。どういう仕組みになってるの!? もしかして、外から見えてた中の様子は偽物だった……とか? でも、どうやったらそんな加工ができるんだろう? でも、目くらましの――」
「喋るより先に命令してくれ」
「え? あっ!」
ディグの言葉に、システィナはハッとする。自分の手を見ると、指先に乗っている小鳥が困った顔をしていた。
「あああっ、ごめんなさい! 小鳥さん、『ここから一番近い薬草の群生地を探してきてくれますか?』……これでどうかな?」
『ピィ』
言葉を理解した偵察の小鳥が、翼を羽ばたかせて飛んでいく。
「群生地を見つけたら戻ってくるから、待機だ」
「はい。ありがとうございます!」
偵察結果を持って小鳥が帰ってくるのが今から楽しみだ。システィナがわくわくした気持ちで小鳥の飛んで行った方を見ていると、ディグが声を発した。
「それで? お前の瓶詰を見せてくれるんじゃなかったのか?」
「あ……っ! そうでした」




