37話 嫉妬する美感な妖怪
雀の囀りが聞こえてくる朝方。
息が苦しくて目を覚ます。こんな目覚めの悪い朝は最近お馴染みになってきているが、こうも立て続けに起こると慣れてくるものがある。しかし、この息苦しさは今迄に無いものだった。
瞼を開けば、顔のパーツが整ったブロンド美女の顔が目の前にあった。彼女は瞼を閉じ、顔が鼻が当たるほど近くしている。
彼女の背後に見えるのはいつもと同じ天井。つまり、これは夢ではなく現実で、ここは俺の部屋ということになる。
これは目覚めがいいと言った方がいいのか……。
朝日を受けて輝く金髪は少し乱れており、起き抜けであることがわかる。
その背中に掛け布団が置かれている。つまり、俺の布団に入り込んでいるらしい。
俺の気を惹くためか、偶にピクピクと動く愛らしい狐耳が頭から生えだしている。
俺は、漸くこの大人びた女性がゼラであると認識した。
度々嬌声をあげながら、手で俺の顔を包んでなにかしているらしい。いつもの夜這い(気付かぬ間にやりとげるお茶目な遊び)が今日に限って遅れたようだ。
俺が起きる時間まで遅れたのはこれが初めてだな。
などといった寝起きの状況分析が下手なのに気付いたのは、妙に息苦しいと改めて思ってからである。
舌に感じる柔らかくも激しい舌触り。
鼻呼吸を強いられ。
瞼を閉じて揺れる彼女の躰で直感する。
――俺、今、ゼラとキスしてる!???
「っ……おい!」
肩を押して突き放す。
俺もゼラも息が上がっていた。
とろんとした表情に熱が帯びている。盛った雌のように艶のある面相が胸を打つ対象となっていた。
彼女の上半身が見えるが、きちんと下着でコーティングがなされている。しかし、それは安堵する原因にはなり得ない。むしろ花柄の赤いブラが情熱的で尻込みしてしまうほどだ。
豊満な胸の谷間がイラつくほど強調され、現代の下着ブランドには舌を巻く。
「お主の好みは熟知しておる。少しはだけたほうが良いのじゃろう?」
蠱惑的にそう言いながらゼラは左の肩紐をずらし、ズボラさを印象づけた。
「儂は、お主の思うままになれる。彼シャツというのもやってやろう」
不敵に笑うと、どこからともなく現れる白シャツがゼラの体を包み込んだ。
袖は白く細い指が出るくらいの長さで、大きめに作られた白シャツだった。しかしボタンはつけず、前がはだけている。相変わらず俺の気を引こうという意思が見え隠れしていた。
「な、なにやってんだよ……狐の発情期か!?」
「異な事を言う。お主は儂にどれだけ嫉妬心を植え付ければ気が済むのか……。これではヤンデレ風美少女になってしまっても仕方がないと思うぞ」
「お前がそうなったら世界が滅びそうだ……! つか自分で美少女言うな」
「ならば、自他共に認める美少女と言い直そう」
「ムカつく美少女の間違いだろ……」
「なんか言ったか」
「いえ、なんでも……」
事の発端は昨日のアレか。
梶ケ谷と事故とはいえ、キスをした。もう一度言うが、あれは事故だ。
あの時、ゼラは見ていなかったはずだが、記憶を見る能力で見られてしまったらしい。お陰であれから不機嫌になり、後にハクと仲良くしていたのも気に障ったのだろう。
そして今、その鬱憤を晴らす為にキスしていたってことか。それもこんなにねっとりと……。
羞恥心が無いわけじゃないみたいだ。モジモジと特に胸を気遣おうとしているが、そうも出来ない状況だ。もっと色々恥ずかしいところはあるけどな。
「わ、儂だって嫉妬くらいする……。お主は儂のものだと、言ったはずじゃ」
「だからって俺が寝てる時にやるなよ。意識がなかったら……俺はお前みたいに記憶をたどれるわけじゃないんだぞ」
「苦しいのじゃ。こうなった責任はお主にしか果たせぬ」
「お前、俺が拒絶できないようにあえて姿を変えたな。俺の生気を奪って、耳と尻尾まで出しやがって……」
「違うわ! 昨日の残りでどうにか……じゃ、じゃがよかろう! そういう話がしたいのではなく、儂は――」
俺はゼラの体を抱きしめた。
震えて欲する体は冷たいが、だからこそ胸に納めた。
「欲しい……お主の愛情が堪らなく欲しい」
俺もゼラも普通の状態にない。一種のホレ薬でも飲まされたかのような感覚だ。
表情にしまりが無く、ただ俺を求める彼女は誰よりも美しく、誰よりも俺の心を突き動かした。
「バーカ。そういうのは、ちゃんと俺が起きてる時に言え。これじゃあ俺だって、寝起きじゃちゃんとできる自信ないぞ」
「構わぬ」
困った狐だ……。
俺は、再びゼラと唇を重ねた。
離さないという意思の下、熱く過激なキスをした。
◇◇◇
朝、リビングへ行くと既にハクが朝食の場にいた。俺が起きてくるのを待ち、主人の椅子の前で立っていた。
ゼラの命令とはいえ、ハクの従者としての姿は見慣れるものとなった。
しかし、今日は少しいつもと様子が違う。目の下にくまができているように見える。更にはいつも乱れない髪が今日に限ってぼさぼさだ、ちゃんと風呂入ってんのか?
妖怪がくまとは珍しい。変なキノコでも食べたのだろうか。
席に着くと、小さく溜息が聞こえる。ハクからのもので、なんとなく気になった。
「おはようございます」
「お、おはよう……」
「昨日は、お楽しみでしたね」
「へ……?」
振り返り見るハクのくまのできた笑顔がいつも以上に怖く思えた。
『昨日』と言ったのは、ジョークのつもり……のはずだ。実際は今日のはずだが……ゼラは夜のうちから俺の部屋にいたのか……。
含みのある言い方が気になってしまう。
「わたしの主人と九尾様が仲睦まじいのは、屋敷内の妖怪にとって嬉しいかぎりですが、あなたに好意を寄せる妖が九尾様だけでないということは承知していますよね」
「……なんの話だよハク。俺とゼラは別になにかがあったわけじゃない。ただじゃれ合っていただけさ。あいつも昨日の事で色々と思うところがあったらしくてな、ひどく説教をされたんだ。あいつ、俺が自分の夫だからと鬱憤を溜めていたよ。朝から本当に疲れた」
「誤魔化さないでください!」
あれ……。
俺の声に淀みはなかった。嘘だとバレるような言い方じゃなかったはずだが、どうしてバレた?
「朝から見ていましたから、ゲンコウハンです!」
ハクは、頬を膨らませてそっぽを向いた。
もしかしてそのくま……夜通し監視してついたものか!?
「あれ、てかなんでお前が俺の部屋の近くをうろちょろしてたんだよ。ああ! もしかしてお前、ゼラと同じで俺を夜這いしようしてたのか!」
なんて冗談――
と思ったが、ハクは図星を突かれたかのように赤面していた。涙目になってそれはもう可哀想に。
「へ……いや、あれ……?」
「レッドさんの意地悪……」
そそそ、それはどういうことですかハクさん!?
あれ? だってお前、俺のことそんなに好きじゃないって……。いや、最近じゃもうそこまで嫌いじゃないって。あれ……?
「お前、もしかして俺のこと好きなの……?」
「そ、そんなわけないじゃないじゃないですか!!?」
恥の上塗りと言う感じで、それはもう慌てふためくハクはいつもの物腰柔らさが欠けていた。
「どっち?」
「わたしは、レッドさんの所有物であって恋心を抱くなどあるはずもありません! ましてや人間の、それも九尾様の夫となるお方に……ふ、不健全ですっ! わたしはただ、スイレンさんやツジリさんのことを言ったまでで、わたしがあなたに好意を寄せているわけではないので、お願いですからその不潔な視線をわたしに向けるのはやめて頂きたいです!!」
「そこまで言うか!? 俺がいつお前に不潔な視線を送ったよ!」
「い、いつもです! あなたがわたしを見る度に胸が苦しくなるのはその目のせいですからっ!」
なんて言い掛かりな……。
これ以上は藪蛇だ。変に指摘してゼラに報告されたら敵わない。
妖怪の考えていることは、やっぱりまだわからないな。




