38話 同郷の怪傑(1)
あの後、俺達と武蔵野達は別れた。
彼等は俺や七瀬を探しながら旅をしているらしいが、その途中で賊にやられたらしい。その経緯あってあの屋敷の厄介になっていたが、その相手がドラキュラ伯爵だったとは夢に思っていなかったんだろう。
直前に水野から報せがあって一応の警戒をしていた矢先にあの事態。まだ全員に注意喚起できておらず、逃げることが困難だったようだ。
俺達は自分の屋敷に。武蔵野達は、自分達の仲間――つまりは月紫などの同級生が拠点としているセーリジュリア公国へと戻っていった。
また会うことになるだろうが、一旦俺の素性は明かさずに別れた。
まだ俺が生きていると思う奴は少ないようで、主に月紫が言っているだけのようだ。おそらく七瀬も同様だろうが、そう言い切ってしまうことはできない様子だった。
俺達が生きていると思われて探されるのも面倒だ。死んだ、とも言いたかったが、それを知っている理由を問い詰められた時の方がが面倒だとそのままにした。
こうして同級生の問題はこれで棚上げとなり、残る問題に注力することとなる。
昨日の朝に武蔵野達と別れたわけだが、その時にはスミレとビオラは仕事を熟していた。
俺達があの屋敷を訪れた理由には、レンゲの奪還もあったが、もう一つある。リルル王女の肺炎を治す治療法だ。
その手立てとして、異世界人の稀有な能力があげられる。異世界人は、他の世界から来ることによって生じるこちらの世界との差分を能力によって補われるという。その能力というのは、ただの能力値――運動能力だったりもするが、中にはスキルや魔法といったものに還元される場合も多い。だから、俺達の中に状態異常回復という極めてレアなスキルを持った奴がいればいいなと神様お願い策を講じた。
したらどうだろうか。半数以上が別の場所にいたというのに、こうもあっさり収獲できたのである。
――佐草美鈴。
俺と同じクラスの同級生で、元の世界では茶道部に所属していた。
そばかす眼鏡という仇名は俺も聞いたことがある。しかし、仲の良い人は多かった印象だ。アニメ好きだし、成績もよく勉強を教えるのが上手かったらしい。よく他人をアニメキャラに例えるのが玉に瑕で、俺もBLアニメの妄想相手にされていた。かっこで腐女子という言葉は付くかもしれないが、至って普通の女の子だろう。
どう見ても戦闘派ではなく、虫嫌いというのは以前教室内に蜂が入った時に知れている。なのに、この子は一応の戦闘集団である武蔵野のグループ内にいた。
おそらく回復要員だったのだろう。状態異常回復という能力は、変な物を食べてしまった時にとても便利だ。毒や腹痛も瞬時に治してしまうのでサバイバルが予想されるグループに連れてこられたといったところだろう。
彼女が状態異常回復能力持ちとわかったのは、スミレやビオラが催眠術の類で情報を聞き出したからだ。便利な術なので後で教えて欲しいと言ったが、邪なことに使うだろうと断られてしまった。
ただ連れてこようとすると、武蔵野を含めて了承しなかっただろう。現在はスミレとビオラに一時的に変化であいつ等の中に混じって貰っている。事が済んだらセーリジュリア公国に返すつもりだ。
あの場で事を済ませてもよかったけれど、佐草の状態を考えると無理強いになると思って屋敷までお預けを食らっている。
目が覚めた時の為に七瀬を同席させた。佐草は、七瀬ともそれなりに仲のよかった印象だからな。少しでも気が休まればと思った次第だ。代わりに俺と七瀬以外の者はこの和室から出した。酷く怯えている様子だったし、他の奴がいてはまた怯えてしまうだろう。
「降魔くん、目が覚めたみたいだよ」
「……そうか」
俺はまだ彼女の近くには寄らなかった。
男子に寝顔を見られるのは嫌だろうと襖を開けて外の景色を眺めた。
佐草は、咄嗟に跳び起きる。布団をどかしながら体を起こし始めた。
「だ、大丈夫……?」
「へ、え、うん……」
一日中寝ていたのだ。反応が薄いのは仕方が無いだろう。まだ七瀬がここにいる違和感に気付いていない様子だ。
七瀬から眼鏡を受け取り、いつもの佐草の顔に戻った。
「今、何時……?」
「えっと……」
「朝の九時頃だ」
この声でやっと俺の存在を認識したらしい。佐草は目を見開いていた。
「ゆ、幽霊……? っ……あれ、もしかして月ちゃん……!? え、ここってもしかして、地獄!?」
俺と七瀬を腫れもののように距離を取り始める。
足をバタバタさせて壁に背中を打った。白い着物の隙間からパンツが見えてしまっているが、動揺して忘れてしまっているようだ。俺は一応明後日の方へと目を泳がせる。
珍しく二人で制服を着たのだが、あまりいい印象はないらしい。ここを地獄とするのはあまりにも行き過ぎた妄想だが、妄想好きな彼女らしい思考であるのはほっとすべきか。
「ここが地獄だったら逃げても意味ないぞ」
「ひぃ!!?」
「別に脅してないのに……」
「なに言っても怯えちゃうんじゃないかな。わたしに任せて」
おお、ここ数日で随分逞しくなったな。キリリンを任せて正解だったようだ。
ここは七瀬に任せよう。男で嘘吐きの俺がなにを言っても無駄だということはわかりきっていることだ。
「美鈴さん、大丈夫だよ。ここは地獄じゃないし、ましてや天国でもないから。ちゃんと生きてるから!」
「ほ、ホントだ……ここ、和室……。もしかしてあたし、帰れたの!?」
それは無い――が、それをどう答えるか。
佐草は希望に飢えている。ここが元の世界だったなら完全に元の調子に戻れるかもしれない。
しかし、それは禁忌の嘘だ。下手に希望を持たせて数分後、外を見たら何も変わっていないと絶望してしまうだろう。この嘘に責任を持てる奴はいない。七瀬もそれをわかって、返す言葉に困っている。
「そ、んなわけない、よね……わかってるんだ。だってここでも司様の声が聞こえないんだから……!!」
そう言って、佐草は泣き崩れてしまった。
慌てて七瀬が慰めようとする。が――
「つ、司様……って、え、誰のこと!? も、もしかして彼氏さん? 美鈴さんって彼氏さんいたんだ!」
「違う…………あたしの、あたしの……あたしの推しだよお!!」
佐草は、咽び泣きながら頭を畳に打ち付けた。
「『男子禁制だった学園で男は5人だけ』別名『男禁5』の御曹司、稲光司様!! 至高のBLゲーとして社会現象を巻き起こしたあの! 人気を博したのは、スリーからだったけど、あたしはワンからずっと司様押しで応援してきた! あの方の声が聞こえないなんて、地獄と変わらないじゃないか!!」
「ご、ごめん……なにを言ってるのかわからないんだけど……」
「ゲームの方が人気で、五年前にアニメ化されたBL作品だ。人気もあって三年前に第二クールが始まったみたいだな。そして来年の夏に今度は第三クールをやるって告知されてた」
「その通り! キミならわかってくれると思っていたよ降魔赤人くん!!」
過剰に反応した佐草は、飢えた獣のような顔で俺の前に移動してきた。
元気かよ……。
目を輝かせながら顔をとろけさせ、俺を見ているようでその瞳の奥には別の何かが見えているように思えてならない。
「初めはね女学院かよ、女なんて見たくねーんだよクソが! って思ってたんだけど、それがまた御曹司である司様の登場を映えさせるわけで。クソ女共が司様を称え崇める姿はまさに天上天下唯我独尊の司様の存在を高次元へと押し上げる演出となった! 見れば見るほど堪らなくなってしまうんだ! 司様の主人公を口説く際の綺麗なご尊顔が素晴らしいのなんの! 時々見せるツンな司様はかっこいいんだけど、二人だけの時に出るデレ司の甘い誘惑には世の女性全員が涎を垂らして推さずにはいられなくなる!!
おっと、じゅるり……。ごめんごめん、キミの制服にあたしの涎が掛かってしまいそうだった」
「おい……」
「嗚呼……司様、あなたのいない世界はこんなにも真暗です。あたしをあなたの存在で埋めてください。あなたと主人公のねっとりとした関係をこの目に焼き付けたいのです……」
「……これはかなり重症だな」
「降魔くん、そのアニメ知ってるの?」
「まあな……こいつに見ろって言われて第一クールだけ見た」
「なあにっ!!? 貴様、あれほど続きも見ろと言ったのにあたしとの約束を破っていたのか!!?」
「いやあ……初めはヒロインになりそうな女の子も出て来てBLじゃないかもと思ってたのにアレだからな……」
「初めからわかってて見たのにこの戯けめ! いいから第二クールも見ろ!! この俺様の命令に従うことこそ、貴様の望む最上級の願いだということを知れいッ!!」
「そのセリフ、俺は別にときめかないからな?」
「…………少し前までこの耳に司様の吹き替えを担当するSHINNBORI様の声が聞こえていたというのに、何故聞こえなくなってしまったんだああああ!! ここには司様成分が何一つない。あたしの楽園を返せクソヤローッ!!」
また騒ぎだした。両手拳を何度も畳に打ち付けて興奮しだしている。
ある訳ないだろうが……。
「いや、待てよ? あるかもしれないぞ。その司様成分って奴が!」
「へ、ホント!?」
「もし叶えたら俺の言う事を聞くか?」
「うんうん、なんできく!」
目を輝かせて餌に飢えた犬のようだ。
「ちょ、ちょっと降魔くん! もしかしてい、いけないことをするつもりじゃ……」
「い、いやいや、ないないない! 俺がそんな事をするわけないだろ!」
「いやあ司様をくれるならおっぱいくらい揉ませてやってもいいけどね!」
「美鈴さん!? 体まで売るほど!?」
「当然さ。司様は今のあたしにとって血と同じ。それが無いということは、死を待てと言われているのと同じということだよ!」
「推しを血液にしてどうする……」
「比喩に決まっているだろ、わかっているくせに。そ・れ・よ・り、これほどあたしを期待させて願いを叶えられないなんて許さないからね。いざという時は、キミの首を噛み千切る!!」
「怖いな……」
「キミは嘘吐きで有名だが、憔悴しきっているあたしにタブーの嘘をつくほどゴミ人間ではないと思っているつもりだ。あたしは、月紫ちゃんほどじゃないが、キミを信頼はしているのでね!!」
可愛い顔をしているつもりだろうが、これまでの言動のせいでまったくときめかない不思議。
「へいへい……じゃあせいぜい頑張って来るんで、お姉様方はここで待っていろ」
「あーい! ぱいぱい鷲掴みする為に頑張れー!」
「そんなことはしない!!」
元気を取り戻した(?)佐草と七瀬を置いて俺は和室を後にした。
あの腐女子は、あのアニメにかなり毒されたらしい。
初めにあいつに声を掛けられた時は驚いたっけな……。
あれは俺がバスケ部のいざこざに割って入った時のことだ。
中庭で一人弁当をしていた時に近くでバスケ部の先輩二人が口喧嘩をし始めて、どうやら彼女の取り合いがあったらしかった。バレー部の先輩女子にどちらの男子も手を出されて、俺が彼氏だ、と不毛な戦いをしていたのである。
その時、俺はその女性は街で別の学校の男子生徒と一緒にデートっぽいことをしていたと嘘をついた。
どうせやってるだろうと適当を言ったが、証拠があるわけではない。
デートをしていた証拠もなければデートをしていない証拠もなかった。しかし、殴られたのは俺で、貶すなとさんざんに怒られた。
あの時、俺はどうでもいい揉め事にどうして関与したのかわからないが、この嘘をつく口は黙っていられなかったのだろう。
昼休みにボロボロの状態で教室に戻った時だ。初めて佐草に声を掛けられた。
『おやおやおや? そこの降魔赤人くんや、丁度良い所に!』
嘘吐きの俺に話し掛ける女子は珍しかった。周りにいた女子や男子も不思議に思っていたのを覚えている。
胡散臭い出だしで怪訝に思った。だが、上機嫌な彼女は俺の前の席に背もたれを避けるように股を開いて座り、ニシシと意味深な笑みを浮かべる。
『さっき見ていたよ。実に男らしかった!
そんなキミにこそ相応しい作品があるんだが、興味はないかい?』
あいつは俺にBL作品を持ってきた。
男達の間に割って入ったのをBL作品に重ねたのだろう。変な勘違いをされたままあのBL中毒の口は止まらず、半ば強制的にあいつの指定したアニメや漫画を見るハメとなった。
どちらかと言えば、あいつの拷問のようなしごきの方が先輩の拳より苦しかった気がする。
それから偶にあいつは俺にBLの話をしてくるようになったが……。
俺に話し掛けるのを良しとしなかった者は多い。おそらく同じ女子の誰かに注意を受けたのだろう。ある時を境に佐草は俺に話し掛けないようになってしまった。
別に、自業自得なんだけどな……。




