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嘘吐き少年の異世界妖怪道~異世界に来た折、出逢ったのは妖麗な狐だった~  作者: 天空宮
第四章「月光に照らされた陰鬱な館」
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36話 邪と妖(3)

 ゼラの体は中学生の少女から美しく艶やかな麗しい大人な女性へと変貌した。朱いドレスに長く美しい金色の髪が映える。凹凸のあるプロポーションは誰もが目を引くものだ。

 俺の生気を食らい、彼女の体を全盛期状態へと引き上げている。

 俺の体にはゼラの妖気が入った。右腕から赤黒い妖気が纏われ、背中に狐の尾が二本生えて見える。


「貴様の契約者はその狐か」

「その通りじゃ。じゃが――ただの狐ではない」


 ゼラは、隠していた耳と尻尾を現す。頭部に見える耳は愛らしく、また九本の尾はもふもふで俺の琴線に触れるものばかりだ。

 ドラキュラの方は困惑した様子だ。ゼラの正体に気付いて目を見開いている。


「九尾……だと!? 何故貴様がここに……まさか、あの噂――復活したという話はまことだったのか!」

「今頃気付いても遅い。俺がここに現れた時、お前は別の解決策を探そうともしなかった。それが運の尽きだ!」

「……ふ、フン! たかだか狐ごときで、この私がひるむと思ったか! 私はこの世を統べる者だ。ちょこざいなトリックも、人間が妖怪の真似事をしようとも、私が敗れることはない!!」

「いや、うぬが怯むべきは儂ではない。ここにいる半人半妖はんにんはんようの小僧じゃ。

 妖は皆勘違いをしておる。妖を倒せる者は妖のみで、人間が妖を葬ることなど不可能じゃと。しかしそれはまやかしじゃ、安心を手に入れたい薄汚れた思考じゃ。妖は、人間にこそ葬られる。彼奴等きゃつらは便利さと自衛目的に様々な手段を講じ、儂等の居場所を奪っていった者達じゃ。しかしそれは別世界での話。それでも、こちらの世界では違うと断定する浅はかさは無謀だとは思わぬか。

 人間は自己解決能力が高く、思慮深い。儂等妖よりも妖らしくいられる本質を持っておる。特にこやつは、その才能に秀でた妖の王となる者!

 ――貴様は、妖の王に葬られるのじゃ!!!」


 妖の王――ね。まあ好きに言えよ。

 こっからは俺の壇上だぜ!


「右腕に妖力……ゼラの妖力食って出力が何倍にも引き上がったこいつは相当な劇薬だ。左腕には邪気――俺の妖力の高まりを感じて出てきやがった無限のエネルギーだ」


 邪気はどうやっても制御することができなかった。クウの手伝いもあって制御を試みはしていたが、まだそれには至っていない。しかし、その性質を見抜くのには時間が掛からなかった。

 邪気は妖気に惹かれて出てくる。強ければ強い程に俺の体を蝕もうとする呆れた力だ。だからこう考えた……妖力が一定以上の力になれば、邪気を制御コントロールすることもできるんじゃないかって。命知らずな突拍子もない考えだが、俺の予想は当たる方だ。


「妖気と邪気をぶつけ、邪気を俺の力にする。こいつを俺のものにできれば、お前は手も足も出せなくなる……!!」

「世迷言だ。邪気を制御するなど、どこのバカでも不可能だ!!」

「俺には初めから妖気も邪気もなかった。その二つを体に宿せば、どっちつかずの均衡状態にすることは理論上可能らしい。

 右半身の妖力と左半身の邪気――これを持って、俺はお前を超える!!!」


 赤黒い妖力が右腕に青黒い邪気が左腕に現れる。

 痺れが消えていく。妖力がコーディングのような役割をしてくれるようだ。ゼラから直接受けた妖力なら、邪気を制御することは可能だ。


「させるかァ!!!」


 やっと動き出したか。でも、もう遅い。

 俺を踏みつけようとデカい体を必死に動かしてくる。

 だが、俺を影の中に入れる前に邪気で受け止めた。邪気は、青黒い大きな手となって巨大コウモリの足の裏を掴んだ。


「ぐっ……!? ば、バカな……本当に邪気を操っているというのか。この人間のガキが!」

「この状態もまだ長くやったことがない。一瞬でケリをつけるぞ巨大コウモリ!!」


 邪気は、俺の意のままに動いた。巨大コウモリの脚を持ちあげ、あの巨体を軽々と振り回して空中に投げ出す。


「ぬわぁあ!!?」


 もうさっきみたいに抑える必要はない。

 妖力を雨堵に込めると、嫉妬するかのように邪気も込められる。俺は、赤と青の黒い刀身となった刀を振り上げた。


「行くぞゼラ……!! 俺とお前、二人一緒ならどんな相手にも負けない!!」

「異論無しじゃ。今こそ、ヴァンパイアの分際で儂の友を傷付けたことを後悔させてくれる!!」


 二人の妖力が底知れず溢れ出す。


「――【天斬あまぎり】!!!!」

妖狐妖術第五版ようこようじゅつだいごばん――【白金之御霊しろがねのみたま】!!!!」


 赤く鋭い斬撃が俺の振るう刀から発せられる。斬撃は瞬く間に月光を閉ざす巨体を斬った。


「ば……バカな……人間如きが、この私の体ぉぉぉ……人間が……人間がァアアアアアアッッ!!!」


 空で巨大なコウモリの体が二つに分かれる。しかし、まだコウモリの目は光りを失わてはいなかった。

 いつの間にか俺とゼラを中心にして円を描くように、地面に青白い魔法陣のようなものが現れていた。その魔法陣の枠をなぞるようにして妖力が白い光の柱ができる。

 その白い柱から次々と何人もの人の姿をした白い光が発せられた。優雅に漂うかに思われたそれらは、突然牙を向いてコウモリの方へ宙を走った。

 白い光がコウモリに触れると、コウモリを青白い炎が焼く。

 コウモリのうるさいほどの奇声が空を包み込む。のた打ち回るかのように羽を動かすが、コウモリの体は落下していった。

 その体は地面に落ちると同時に瞬く間に塵と化していく。

 そして、塵の中から現れる妖玉が俺の下に転がってきた。


 妖玉を手にして、俺は寂しく思った。

 妖怪の誰もが俺を理解してくれるとは思っていなかった。それでも、似た存在に思う妖には非情になりたくないと思うのが常である。

 しかし、今回ドラキュラはやり過ぎた。ドライアドの森を襲うのに始まり、ゼラの友人を幽閉。更にはあいつ等――同郷のクラスメイトにも手を出そうとしていた。

 死者はドライアドのみに収まったみたいだけど、それでも死者が出ているのに変わりはない。

 俺達が粛清した形になった。でも、この結果を本当は望んでいなかった。この結果はたぶん昔と今で変わっていない……。

 俺の気持ちに気付いたらしいゼラがその胸に俺を抱きしめてくれた。

 ゼラも妖怪だ。その体が温かいということはないだろう。しかし、俺はこの温もりが心地よく和んでしまう。


「主が罪悪感を覚える必要はない。これで彼奴は、少しくらい人間を見直すじゃろう」

「……そうか」


 いつの間にか邪気は体の内側へ引っ込んでいた。

 彼女の心配性もどうしたらいいのか。ゼラから俺を引き剥がすようにして抱きよせる者がいた。


「ご主人様、大丈夫ですか!?」


 ハクだ。また自分の体で邪気を抑えようとしたのだろうが、既に邪気は無い。


「ハクよ……よくも今の儂とアカヒトのいいムードをぶち壊してくれたな……!」


 ゼラの大人びた表情も嫉妬に駆られている。引きつった笑みは体裁を守ろうという意志の表れか、じりじりとにじり寄るのが怖い。


「ご、ご主人様は邪気に囚われています。私が直さないと、き、危険ですので……」

「ハク、お主まさか以前その役割を担って勘違いしておるようじゃが、あれはその身をくっ付けなければ効果は無い。お主が今やっていることはただのアカヒトの略奪じゃということを理解するのじゃ!」

「そ、そうなんですか……?」

「おい、お前等心配してくれるのは嬉しいが、俺の意見も聞け。まずいちいちくっつかなくていい」

「お主は黙っておれ!」

「病人は黙っていてください!」


 なんで俺が怒られているんだ……?



「お姉様♡」


 ゼラは、レンゲに擦り寄られていた。

 先程までの逞しい印象が瓦解するほどの甘えた声に改めて驚かされる。

 ゼラは大人の姿から子供の姿へすばやく戻ってしまった。レンゲが寄って来たから反射的にそうしたように見える。

 俺も半ば残念に思ったが、やはりレンゲも残念そうに肩を落としていた。


「ああ……戻ってしまわれるのか……」

「儂が美人過ぎると、こやつの鼓動の音が煩くて敵わんからのう」


 そう言って、ゼラは俺の襟首を掴んできた。

 レンゲに紹介する為か、引っ張られて前に出される。


「……本当にその人間がお姉様の夫なのか」


 レンゲは、俺に威嚇するような眼差しを向けてきた。

 人間に敵対心を持つ部類の妖怪なのだろうか。しかし、このレンゲという妖怪は水野と契約している。人間全員を恨んでいる様子もなかった。戦闘中、こいつのアドバイスに助けられたし……。


「お姉様、それが昔言っていたお姉様が永遠に愛すると決めた者なのですか」

「無論じゃ」


 ゼラは、まるで見せつけるかのように俺の頬を舐めてきた。


「っ――――!!?」


 驚き跳ねる俺を面白がるように舌なめずりをするゼラ。

 湿った肌触りに震え、いけないことをされたのではないかという名称しがたい感情に染まった。


「う、ううう……」


 変な声をあげるレンゲに注目すれば、四つん這いになって地面に拳を打っていた。

 な、なにやってんだ……?


「ううう……羨ましい……!! オレのことなんて一度も触れてくれないというのにその男ばかり……!!」

「な、なに言ってんだ……?」

「レンゲは、重度の九尾様愛好家だ。その身そのままに九尾様に捧げることを誓っているが、九尾様にはいつも拒絶されている」


 スミレの説明でなんとなく予想がついた。

 あまり考えたくはないが、このレンゲという女は、レズビアン……なのだろう。

 しかし、ゼラはゼラで重度の俺の魂の愛好家ストーカー。恋焦がれについては、俺の魂以外眼中に無く、相手にされないといったところか。


「面倒な奴に好かれたなお前」

「お主もな! 先程、気の譲渡の際に記憶を見たぞ。なにやらよからぬ事があったようじゃが、誤魔化す算段が鼻から潰えた気分はいかがなものかのう?」


 ゼラの笑みが暗闇に塗れていく。

 こいつあんな時にそんな事をやってたのか!?


「い、いや〜ゼラさん……あれは見ての通り不可抗力というもので……」

「今のお主なら拒絶することなど造作もなかったはずじゃ! 儂の見ておらぬところで不届き千万とは思わぬのか!!」

「そんな無茶な……」

「さあこの落とし前をどうつけるつもりじゃ?

 そうじゃな……まずは裸になって帰ってもらうのは決まっておるじゃろ」

「いやいや、待って! 訊いといて答える間が無かったんだが!? ここら辺マジ寒いから凍傷になるって! まずごめんなさいって言わせてくれませんか!」

「あの……すみませんご主人様……」


 ハクが申し訳なさそうに呼び掛けてきた。


「ごめんハク、まずはゼラの機嫌取りの方が――」

「ご主人様のご友人が御礼を言いたいとのことで」


 ハクは、緊急時とも構わず耳打ちしてきた。

 振り返れば、スミレとビオラの向こうで武蔵野達が集まっている。

 水野と梶ヶ谷も無事なようだ。多少困惑したような表情をしているが、意識を取り戻してはいる。

 俺は咄嗟にフードを被り直して顔を隠した。

 あいつ等に顔を見られるわけにはいかない。俺が生きていると知られるのは面倒だ。俺は、あそこに戻る気はないのだから。

 武蔵野なら、俺が俺だとわかればすぐにでも連れ戻そうとするだろう。少なくとも俺を近くに置こうとするはずだ。あいつは、皆のことを考えるお優しい常識人で聖者だ。帰れる方法が見つかった時、俺がいないのは不都合であると考えるだろう。

 ……変化の術をかけておこう。

 俺は、さっきと同じ好青年に顔を変え容姿を変えた。


「自分を偽ってよいのか? あやつらは、お主の友人なのじゃろう。儂の近くにいてもらわなければ困るのが本音じゃが、少しくらい話をするのも悪くないと思うが」

「いいんだよ、これで」

「よもやまたあの女子の気を惹く為ではないじゃろうな」


 ゼラから怪訝な視線を浴びる。

 俺、そんなに信用ないですか……。


「レンゲ、お前スミレ達と一緒に行ってこい。水野とは顔見知りだろ、あっちだって事情を知らないといけないだろうしお前が一番適任だ」

「……オレはお姉様からの命令しか受けない。黙れ夫野郎!!」


 噛みつく獣に噛まれた気分だ。

 めんどくせー。


「わたしも貴様からの命は受けん。ここに九尾様がいるのだ、さっきまで従ってやってたのはあくまで限定的。九尾様の命に従ったまでだ」

「よし、スミレとビオラとレンゲは事情を説明しにいってこい。儂等はあくまで獣人であり、妖怪などではない。たまたま騒動の起きていた屋敷を通っただけの旅人という形をとるのじゃ」

「「「はっ!」」」


 この狐共……!

 俺の時とは違ってゼラの命令に従い、三人は足早に子供達の下へと向かった。


「本当によろしいのですか?」

「なにがだ?」

「ご主人様は、あの者達を元の世界に返してあげたいんですよね。それなら、近くに置いておいた方が都合がよろしいのでは?

 ご主人様が素性を明かせば、付いてくるでしょう。我々の屋敷に招待して元の世界に返すまでの拠点とした方が効率的だとわたしは思います」


 そういう考え方もあるのか。

 いや、あいつ等と一緒にいるというシチュエーションを想像しただけで嫌だけどな。


「我々もご主人様の御友人を守れますし、じゅうしゃが多くなれば貴族としての箔もつくというものです」

「それはあいつ等が俺の従者になることを前提とした話だろ。絶対無理だって……」

「外聞的にだけそうすればよろしいではないですか。あそこは山に囲まれていて部外者は滅多に立ち寄りません。特別服装を従者仕様にせずともバレる心配もないでしょうし、そういうことは得意ですよね」

「……あのなあ…………」


 溜息をついて叱りつけようと思ったが、ハクが俺のことを思って言ってくれているのはわかっている。言葉を飲み込み、説明をすることにした。


「まあ一理あるとは思うけど、それじゃああいつらは俺に、というか俺達に縛られることになる。他人に縛られて行動の自由を奪われるなんてあっていいはずがないし、俺だったらムカついてどうにかなる気しかしない。うちも人間に対して好意的な奴ばかりじゃないし、キリカやキロロとか俺を許容しているのは紅葛べにかつという俺の魂の過去があってこそだと思うんだ。あいつらが来たら忌み嫌う存在として変なちょっかい出して屋敷倒壊の危機に陥っても仕方が無い。

 だからハク、俺は悪い意味で運がよくてお前とこうして隣にいれているんだ。ただただ幸運で生き延びたあいつ等にはこっちの世界は不釣り合いなんだよ」

「……違いますよご主人様。運がいいのはわたしの方です。こんなに聡明な主人に恵まれたわたしの運がよいのです」


 ハクは、俺にしなだれかかってきた。胸に手を当て、まるで耳で鼓動の音を確かめるように。

 ハクの温もりは時として優艶ゆうえんだが、今は俺をなぐさめるようにほんのり温かく柔らかい。


「お・ぬ・し〰〰? 儂の機嫌取りを忘れて他の女に執心とは、あまりにもふしだらが過ぎんとはほんっとうに思わぬのかあ?」


 やべ……忘れてた……。

 ゼラは怖い笑みでにじりよっていた。片手には狐火、もとい粛清の拳が用意されている。


「あのゼラさん、ハクは許容じゃな――」

「そういう話ではない。というか、もはや問答無用じゃ!」


 ゼラは、俺に飛び掛かってきた。


「ぎゃああああああ!!?」

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