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嘘吐き少年の異世界妖怪道~異世界に来た折、出逢ったのは妖麗な狐だった~  作者: 天空宮
第四章「月光に照らされた陰鬱な館」
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35話 二つ目の妖怪道(5)

 きっと伯爵が憤怒を帯びながらこちらに近づいている。足音が速い後数秒で来てしまう。

 緊張してる場合じゃない!!


「は、速く!」

「う、うっせ……こっちは怪我人なんだ折れてる足を無理矢理動かしてんだぞ!」

「言ってる場合ですか!」


 いそいそとかすが、レンゲさんは苦しそうに足を伸ばそうとしている。こちらが手を伸ばしてもまだ届かない距離だ。もっと足を伸ばしてもらわないと!


「――見つけたァ……ガキィ……」


 来た……ドラキュラ伯爵……。

 階段を下り切った伯爵が影の中に現れた。獣のように鋭い目付きが僕の方をじっとり見てくる。

 もう交渉の時間は与えてくれないだろう。僕にもその気はないけど。


「よう……コウモリ。やけに面が悪いな、日の光でも浴びたか? そうなると、そこにいるてめえは亡霊かなにかか?」


 揶揄からかって笑うレンゲさんは、時間を稼いでくれるらしい。激痛を伴うはずなのに、凄いポーカーフェイスだ。更には、じりじりと足を伸ばしてくれてる。僕の背中で隠してあるからバレずに済んでるけど、警戒していると思って欲しいから伯爵の方を見ながら足を探さないといけない。

 っ……僕の腕が短いのか!? 全然足の感触が掴めない……!


「軽口がまだ叩けたか狐ェ……。強情な女だが、顔も体つきも悪くない。人間の奴隷にするのが相応しいと生かしておいてやったが、その子供をたぶらかしてどうしようというのか。まさかその体でここから抜け出せるとでも思ったわけでもないだろう」

「たぶらかしたとは表現がよくないな。真実を話し、このチビカスはそれに応えただけだ。てめえだって嫌だろう? いつか殺意を向けてくるかもしれない優男が近くにいる状況なんてのはさ。

 オレの逃げ道が生きたままだってのは喜ぶべきことだが、てめえなら直ぐに殺すこともできたはずだ。そうしなかったのは、目的のブツがこいつがもっているかもしれないって不安でしょうがなかったってところか。そりゃそうだろうな……そのブツはおそらく非戦闘員が持つような珍しいもんのはずだから。だから、普段チビカスのこいつが持っていると思って下手に手出しできなかった。まあオレなら足の一本くらい千切っただろうが、その様子だと簡単にはやらせてもらえなかったみたいだな!」

「すべてを知っているかのような口ぶりだが、それらが吹っ掛けであることはわかっているぞ」

「いいのか、外じゃこいつの仲間が逃げ回っているんだろう? そいつらよりここに来ることを選んだのは、期待しているんじゃないのか。この弱者ガキに」

「フン、どうせあの世へ行く貴様には関係のないことだ。今すぐに……っ!!?」


 足を進めて僕達が何をしようとしているのか気が付いたようだ。伯爵の目の色が変わった。

 しまった!

 刹那、後ろを振り返り無理矢理にでも彼女の脚に触れようとした。

 しかし、すぐさま引き離されてしまう。服の袖を引っ張られ、投げ倒された。


「ふ、フハハハハ! そういうことか。契約を交わし、人間の生気を妖力に変換することでこの牢屋から脱出する作戦だったか! 貴様等にそういう術があることを忘れていたよ。いや、思い出せたのだから卑下するところではないな。

 しかし、ぬかったな。あと少しのところで、この人間の命と引き換えに私を殺すほどの力を手に入れられたというのに……!」


 い、命……もしかしてこの人、僕を騙そうとしてたのか!?

 ……そりゃあそうか。この人だって伯爵にかなわないから、こうやって捕まっているんだ。僕の命と引き換えに強くなれるなら、そうするだろう。

 僕も本当はその方がよかったのかもしれない……皆が助かるなら――


「い、いいですよ……。僕の命一つで皆が助かるなら、命くらい持っていって構いません!!!」


 体をできる限りじたばたした。ここから抜け出して指先だけでも彼女に触れようともがいた。

 だが、伯爵はさせまいと僕の肩を踏みつける。すると、肩が外れる音がした。

 悶絶する僕の上で伯爵は面倒そうに零す。


「なにをしても無駄だというのに、この……!」

「僕はいいんだ。僕よりも皆を、僕は――僕は皆を守る藁だから!!」


 怖いよ……怖い。震えて涙が出てくるくらい怖いんだ、恐れているんだ僕自身の死を。それが例え伯爵に殺されても、この人に殺されても、僕に残るものはなにも無い。僕が消えることになんの不確実性もないんだ。

 だけど、それなら、皆が助かる方が生きていた意味を見つけ出すことができる!!


「勘違いすんじゃねえよチビカス。こんなコウモリ野郎、てめえの命なんかなくたって余裕だって話なんだよッ!!!」


 彼女から湯気のような暖かい霧が出た。

 運動して出る汗などが水蒸気になり、また凝固することによって、寒い冬場に人間からも同じような現象が見られる。でも、これはそれよりも更に凄い。体全身から機関車のように吹き出している。


「ま、まさか……」

「触れてたんだ!!」

「さあ、行くぞチビカス!!!」


 次の瞬間、まるで遊園地のジェットコースターに乗った気分になった。景色が瞬く間に移り変わっていき、心臓が浮いたような感覚に襲われる。


 それが終わりを迎えた時には、僕は月光の下に座り込んでいた。


「――え?」


 肩を揺らして呼吸する女性が僕の襟を掴んで横に立っていた。

 見上げると、こちらを見下ろしてきて。


「あそこじゃ戦いづらいからな、場所移動だ」


 何が起こって、という言葉を飲み込んだ。現状、それは蛇足だそくにしかならない。

 はくしゃくは、僕の後ろで倒れ込んでいた。移動させたのは僕だけじゃなく、伯爵もだった。

 普段と見違えた隆起した筋肉によって膨れた強靭な肉体を起こし、彼女を睨んでいる。眉間に皺を寄せ、額には血管が浮いていた。


「面倒な女を外に出しちまったと嘆く様は面白いな、伯爵様よォ?」


 挑発する嘲笑に、伯爵の拳に力が入る。


「ただの狐が……私を怒らせるのがどうにも面白いらしい。その愚かな顔をまた血の色に染めるのが私の趣味になりそうだよ……!!

 しかし、ここへ移動させて貰ったことには感謝しよう。おかげでみなの悲鳴が耳に届く」


 ――きゃぁぁぁああああ!!!


 女子の悲鳴だった。


「佐草さんだ!」

「まさか忘れたわけではないだろう。ここは、私の家だ。私の下僕が貴様等を一人残らず捕まえて、今度は飯を与えられるのではなく、飯を与える側になってもらう。その身体を使ってな!!」


 どうしてそんなことが…………っ――人間じゃないよ……!!


「おいおい、今更恐怖に怯えて声も出なくなったのか? 言っておくが、この程度で終わると思うなよガキ共! 人間は誰しも我々に跪いて頭を垂れることになる。貴様等は、前菜に過ぎない。その女も含めて、地獄へ送るのはたやすい」


 二人だけでいるのか!? 状況がわからない。二人がいるのはここの裏、正門の方か!

 武蔵野くん達が応援に……いや、多分皆もそれぞれ戦っているはず。助けに行く余裕が無いんだ……。


「これは貴様が選んだ顛末てんまつだ! 貴様が余計な事をしなければ、もう少しの間生きて陽の光を浴びていられたというの――」


 言葉を遮るように獣の女性が殴り飛した。

 顔面直撃で、何本かの歯が口から零れている。


「おいチビカス、てめえ助けに行ってこいよ。もう生気を貰う必要はねえ。こいつはオレがやっといてやるから、てめえはてめえの出来ることをしろ」

「ぼ、僕のできること……」


 不思議と恐怖心が和らいでいた。今の一撃が伯爵を蹴飛ばしただけでなく、恐怖の対象であったが為に、僕の精神も軽くしてくれた。


「まさかてめえ、この期に及んでカスだからって動かない犬のフンじゃねえだろうな?」

「い、いってきます!」


 揶揄うように言う彼女に後押しされ、僕は慌てて立ち上がった。

 守る……守る……僕は、藁になるんだ!!


「元気だねえ……美味しそうだ」

「き、貴様……ァ!!」

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