35話 二つ目の妖怪道(4)
「私は気付いているよ。貴様が期待しているのは、牢にいるあの女だろう? 彼女が我々と同じ部類の人間であることに気付いて、助けを求めようとしている。弱者だからこそ、自分より強い者に縋る。安易でたやすく見透かせた」
まあそうだよね……。梶ヶ谷さんを逃がしはしたけれど、僕はここに残った。このままじゃ逃げられないことに気付いているんだ。いや、この人のは自信だ。だから一番嫌なことを計算して、僕が賭けをすることにも気付いた。
「やめたまえ。彼女に縋ったところで、状況が解決するものじゃあない。むしろ殺される者を増やすだけだ。貴様にはなにもできない。それよりも私に教えた方がいい、知っているんだろう……状態異常回復の手段を持つ者を。
貴様は知能が乏しいが、賢くないわけではないだろう。その答え一つで、落ちる命が少なくなる。
本当はキミのようなかよわい子供をいたぶるのは好きではないのだ。華奢で背丈もない、まるで女の子のようだ。そんな男児の血は美味くないし、私好みでもない。だから私は、初めから敵対心を持ってキミを捕らえなかったのだ」
「……ぼ」
「ん?」
「ぼ、僕は……あなたの言う通り、皆みたいに賢くないし力もない。いつも端にいて、魔物とかが現れても消えてくれるか皆が倒してくれるのを待っているだけ。怖くて、なにもできない……。たとえ相手が自分を襲ってくるとわかっていても、この手を汚したくないと我儘を言ってる。もうとっくに魔物を殺したことのある手なのに、頑固で、よくつまらないと言われてます」
「ああ、それが貴様という人間の本質だ。貴様は、人間の中でも己の物差しが優秀だな。わかっているじゃないか……で、あればこそ、これから取る行動は一つしかないということもわかっているはずだろう」
「どれだけ願っても、どれだけ足掻いても、僕にはできる限界がある」
「?」
「それはきっとすぐ見えるところで、普段となんら変わらないと思います。でも――それでも、できないこととやりたくないことは一緒じゃありません!!!」
嘲笑を浮かべる伯爵が僕の目の前まで歩み寄った。
「――バカな子供だ」
そこで、僕はそれまで隠し持っていた道具を取り出して見せつける。闇の中では黒くくすんだように見える片手サイズの水晶だ。
次の瞬間、僕は瞼を閉ざし、水晶は眩しいほどの光を放った。
「ぐわっ……!!? っっっ……目が!! 目がァアアア゛ア゛ア゛!!!」
闇の中で急に現れる閃光は効くんだ!
閃光玉――魔力を込めることでいつでもどこでも光を放つ夜仕事をする冒険者の必需品。初めは夜の探索の為に武蔵野くんに借りていたけれど、こういう時にも役に立つ。
僕には力が無い。魔法力だって並み以下。だから、生きる為の道具を身に付けた。閃光玉もその一つ。
ダンジョンの中では暗い中を照らす光。その調節は案外難しく、魔力を込めすぎると眩しすぎて煩わしくなる。
僕の魔力じゃ足りないけれど、ずっと闇の中にいるあなたには日光じゃなくても効果的なはずだ。
目を押さえて混乱している伯爵をそのままに僕は奥の扉を目指した。
「この……ガキがッ!!!」
ああもうわけがわからない! 僕は何をやっているんだ! どうして、なんで、本当に……これまでの僕がやることじゃないだろ……!!!
ああでも……凄く充実しているように感じるのは何故だろうか。生きてることを実感してる。
足も手も震えて怖いはずなのに、顔がどうしてか笑ってしまってる!
――やってやった!!
さあ、来たぞ――
隠し階段を下り、目的の牢屋の前に再び現れる。
まるで僕を待っていたかのように彼女の周りに火が灯っていた。
おそらく魔法だろう。火は空中に浮いていて、項垂れて荒い呼吸をする女性を照らしていた。
前とは違って容姿が良く見える。胸と腰回りが隠れているだけの、まるで下着姿で妖艶だ。頭の上には耳、背中の方には尻尾。どちらも猫とかというより狐のような姿。
そんなお姉さんに僕はこれを言う為にここまで死に物狂いで走ってきた。
「約束です……あなたを解放するから、僕達を助けてください!!」
牢屋の鉄格子にまっしぐらに駆け込み、言い放つ。
すると、彼女はギラギラと腹の減ったような飢えた顔を上げる。
「なら、オレと契約しろ。条件は、チビカスの命の源――それをくれれば、オレはそれに見合う対価としてチビカス、てめえをここから逃がしてやる。あのコウモリ野郎に一発ぶっぱなすお墨付きでな!!」
「い、命の源だって!? き、聞いてない……」
「なあに、安心しろ。オレは悪魔じゃあねえ……今の状態で暴れるにはちっと厳しい。活動エネルギーが枯渇してんだよ、飯も食ってねえからな。だから、代わりにてめえの生気をちっとばかし頂こうって話だ。だが、それは簡単にできるもんじゃねえ……契約が必要だ。契約してねえと生気のやり取りはできないからな……。
まあこれは、知人から聞いた荒療治。こんな緊急事態じゃなきゃもうちっとマシな方法とるんだが、生憎てめえとオレだけでこっから抜け出すのは無理があっからな」
冗談を言うように笑っているが、こっちには時間が無い。長話している暇はないから、不安でも、これは結局賭けでしかないのだと飲み込むしかない。
この人にしか状況を打開できないと僕は思う。武蔵野くん達もきっと頑張ってる。それでも持久戦とか単なる力のぶつけ合いじゃどうしようもない。
「――僕はどうすればいいですか!」
「チビカスのくせに、話が早くて助かるね。いい目をするようになってやがる。
……レンゲだ」
「れ、れんげ……?」
「察しが悪いな……名前だよ、な・ま・え!」
「あ、ああ! えと、僕は水野藁です」
びっくりした。なんの事かと思った。名前か。
「ミズノワラ? 変な名前だな」
「あ、えと、藁が名前で水野が性……ファミリーネームです」
「へえ……ワラ、ね。良い名前じゃねえか、オレは好きだぜ」
「そ、そうですかね……昔はこの名前がダサすぎて虐められたりもしたんですけど……」
藁っていうのは、弱そうな名前だ。僕自身そう思う。
子供っていうのは、そういうのに敏感で笑う対象にするんだ。特に小学生の時、僕は名前のせいで虐められていた。
高校生にもなったらそういうのはなくなったけど、今でもこの名前を好きになれちゃいない。
「なら、その虐めてた奴はセンスがねえ」
「え――?」
「藁ってのは人が住む家の屋根になる。雨風を凌ぎ、守ってくれる。今でも帽子だの草履だのにご活躍の万能なもんだ。それに元は稲や小麦、人間生かすには必要なもんだろ。てめえの名前は、まったくもってダサくねえよ、誇れるもんだ。
てめえは他人を藁のように守る為に、ここに来たんだろうがよ。立派だぜ、藁」
初めてそんなことを言われた。
虐められて泣きべそかいて帰った時、お母さんから言われたことを思い出す。
『母さん、なんで僕を藁って名前にしたの……?』
『…………それはね、藁は人が住む家の屋根になったり生活するのに必要なものだからよ。あなたには大勢から必要とされる子になって欲しいって思って、藁って名前をつけたの。藁はきっとこれから一杯必要とされるようになる。そうしたら、守ってあげなさいね』
あの話を聞いて僕は、この名前を諦めることをやめた。
レンゲさんは、お母さんと同じようなことを言ってくれた。
ヤクザみたいな人だと思ってたけれど、こんなに温かい心を持ってる。この人はきっと、悪い人じゃない。
「さあ、オレに触れろ。契約と同時に気のやり取りすんぞ!」
「ふ、触れる!!?」
ゴクリ。
女性に、それもこんな美人に触れるなんて恐れ多い……。
「待ってろ、今足を伸ばすから――」
背後から扉をぶちやぶるような大きな音が聞こえた。




