34話 対妖の継承者(1)
暫くして旅の準備が整った。各々旅装束に着換え、ドライアドの二人には露出が多いのは目の毒なのでローブを与えた。
一番に名乗りを上げたツジリを初めとして、スイレン、キロロにキリカ。俺に付くクウに従くシノンとリコ。先に出たスミレと合流するビオラも後で加わるので十二名。プラス、ドライアドの二名で総勢十四名だ。
キリリンはまだ幼いし、連れてこなかったが、すごく付いてきたそうだった。説得が難航したが、七瀬に任せてあるので大丈夫だろう。
今回は馬車、に見えるのだが本当は狐車。リコとキロロの一組とツジリが一人で二つの荷車をそれぞれ馬に化けて引く形だ。
馬車とはいっても、形状はそれぞれ違う。
スイレン、キリカ、そしてフロンティアとその妹の四人が乗るのは、冒険者とかが使うような二頭四輪の屋根はあるが風通りのよいワゴン。キリカが形だけの御者を務め、リコとキロロが荷台を引く。
対して俺とゼラ、クウ、ハクの四人が乗るのは部屋のような荷台に向かい合う席が用意された貴族仕様の一頭四輪。こっちはツジリが引いてシノンが御者役だ。
俺が貴族ということで、いざという時の為に狐達が荷台だけ作っていたらしい。
外装は黒と金であしらわれており、迫力がある。内装も朱くなかなかのクッション性のある座席で高級感があり、貴族になった実感の湧くものだ。
ゼラからも「うむ、悪くないのう」と口から零れるほど高評価らしい。
進行方向に背中を向けているのがゼラと俺、それと向かい合うようにしてクウとハクが座っている。
クウは、もの珍しそうに自身の座る座席の柔らかい感触を確かめているようだ。目を輝かせて可愛らしい。特に頭から出ている獣耳がときたまぴくんぴくんと反応するのが俺の琴線に触れる。
「あ、あの……わたしもあちらの方がよろしいのでは……?」
ハクが物怖じして訊ねてきた。
いつものつんけんした態度がこの馬車の中では消え去っている。ゼラの前にいるということもあるのだろうが、俺と二人でいる時と態度が違うのはもう慣れてしまった。
「俺の邪気が出た時に応急手当する為にいるんだ。お前はここにて貰わないと困るだろ」
「で、ですが……わたしは、その、身分違いですし……」
「俺はその身分違いをガチでやらされてんだよ……このくらい我慢しろ。
まったく、なんで日本で平民やってる俺が貴族になんてなっちまったのか……」
「それはお主があの王子にかかずらうからじゃろう……。しかし、おかげで良い場所に来れた。じゃから後悔するところではないぞ!」
「クウもまた一緒に暮らせて嬉しい」
屈託のない笑みを浮かべるクウは、まるで天使のようだった。時より見せてくれるこの笑顔が心落ち着かせてくれる。一家に一人はいて欲しい存在だ。
「クウ、そういうことを言うのはズルいぞ」
「?」
クウは自覚がないように小首を傾げた。
こんな可愛くて愛おしい子が俺の娘になってくれているなんて、なんて幸せなのか……! むしろ俺が父親でいいのかと自己嫌悪してしまう。
「レッドさん、これからどこへ向かわれるんですか?」
「それはだな…………ヴァルファロストだと思うんだが――ゼラ、どこに行くんだ?」
「なっ!!? レッドさん、知らなかったんですか……」
ハクは、昭和のバラエティばりのずっこけをし、苦笑いする。
「まあ、そういうのは全部ゼラに任せてあるからな」
「まずはヴァルファロストで先に出たスミレとビオラを拾い、反対側のヘイエン樹海を目指す。ドライアドの森があるのはヘイエン樹海を北に登ったところじゃ。荷台を引く狐の活躍次第で数時間で着けるじゃろう。まあ儂なら一時間で着けるじゃろうがな!」
「それはお前、一人でならだろ。ていうか、あいつら大丈夫なのか? 荷台なんて引いたことあるのかよ」
「大丈夫だと思いますよ。皆さん軽いですし、ツジリさんもキロロさんも力は強い方ですから」
「ヴァルファロストに着いたらスミレとビオラに引かせるか、二人なら体力、力共に問題ないじゃろう。鍛え方が違うからな!」
そうだよな……あいつ等、あんな可愛い見た目しといて中身は妖怪だもんな。今は馬だけど……。
「速めとは言ってあるが、人の目もあるやもしれん。森の中はいいが、王国に近くなったら速度を落とすよう言ってある」
「あくまでわたし達はレッドさんの付き人、荷台を引いているのは馬という名目を守らなくてはいけないわけですね」
「ということで、任せたぞアカヒト」
「なにを!?」
◇◇◇
ゼラの言った通り、二時間も掛からずにヴァルファロストに到着した。以前一晩掛けて歩いてきたのが嘘のようだ。流石は狐の足と言ったところか。
大人数で王国に入るのは目を引くだろうと、俺とゼラとハクの三人で王国内へと足を踏み入れた。例によってハクとゼラは人間に化ける為、俺の琴線に触れる耳と尻尾は隠してしまっている。
他の皆は森の傍で待たせた。
スミレとビオラもこっちへ向かっているはずだが、その前に気になる事がある。だから、俺は王城へと目指しているわけだ。
以前王城はライブレインの襲撃に遭った。ライブレインは、リーテベルクの母――王妃を狙ってきた。その理由は、神無月の血を引いた王妃の封印術。それがあれば、ぬらりひょんの封印も解くことができると踏んで。
王妃は数年前からずっと眠りっぱなしで口も聞けない眠り姫と化していた。その元凶が王妃の体の中に棲んでいる妖怪と睨み、ゼラが妖怪から解放した。
その後も眠っていたままだったが、どうやら数日前に目を覚ましたらしい。
この頃忙しくて中々タイミングを作れなかったが、漸くそのタイミングが来た。
王城の前まで来ると、スミレとビオラが出迎えてくれた。
「「お待ちしておりました」」
二人共、ゼラに跪いて頭を垂れる。双子の同じ顔が粛々と謙る様は綺麗に揃っていて、軍隊挨拶の見本のようだ。
「うむ。お主等は皆と合流し、帰りを待て。直ぐに戻るゆえ心配は要らぬが――ビオラ、影は残しておいただろうな?」
「はい」
「では行くぞ、アカヒト」
「おう」
ビオラ伝手にリーテベルクには話を通してある。
門の前まで来ると、自動的に門が開いていく。
すると、待ち侘びたかのようにリーテベルクがすまし顔で立っていた。
学園の制服を着ているところを見ると、今日は授業があったようだが、たぶんサボったのだろう。
「待っていたぞアカヒト! 妹君と、そちらの麗しい方は冒険者仲間かな。まあいい、入ってくれ!」
かと思えば、快活な様子で肩を組んできた。まるで人が変わって、懐きやすくなった犬のようだ。
「お、おう……」
「なんだ? 浮かない顔だな」
「いや、王子がそんなそそくさと城に入れようとするからだろ。もうちょっと外に見える所では王子らしくしろよ」
「ははっ、すまない。なにせ以前は事を済ませたきりだったからな! 聞いたぞ、敵と戦って戦闘不能になったようだな。しかし、そのおかげで母の中にいた卑しいバケモノは払えた。キミのおかげだ!」
「はいはい、元気になったんならよかったよ。
早速、聞いていると思うが、今回はお前の母さん……王妃様に用があって来たんだ。合わせて貰えないか」
「勿論だ。案内する!」
そう言って、リーテベルクはいそいそと俺達を城の中へと案内し始めた。
「でも、なんですぐに起きなかったんだろうな。妖怪を払ったらすぐに起きてもよさそうだったが」
「おそらく長年の妖力が残っておったからじゃろう。儂も全部の妖力を外に出すのは難しいからな、少しばかりは放置したのじゃ。このバカ王子の生気では限界もあったのでな。
妖怪もいなくなったゆえ、徐々に妖力が抜けていき、およそ全て吐き出されたので起き上がることができるようになったのじゃろう。お主とやればもう少し早かったじゃろうが、あの時お主は気絶しておったからな……」
「す、すみません……」
「とはいえ、これで敵の標的である王妃が自立できるようになった。バカ王子もバカな真似はもう二度とせんじゃろう」
「やっぱここにもう少し誰か残しておいた方がよくないか? ライブレインがまた来るかもしれないんだろ」
「儂もそう思ったがな。ビオラの手紙を読んでやめにしたのじゃ」
「どういう事だ……?」
「それは――…………王妃にはもう封印術が使えないと思われるからじゃ」
「封印術が使えない? あいつ等の勘違いだったってことかよ」
「いや、おそらくは以前なら使えたはずじゃ。しかし、妖怪の妖気を間近に受けたことによって陰陽師としての力を使えなくなってしまったのじゃろう。陰陽師の力は、陰と陽のバランスが重要でな。扱いがとても困難とされているのじゃが、そのバランスが崩れてしまってはそもそも使うことすらできなくなってしまう。要は妖怪に憑かれたことで、無力化されてしまったのじゃと思われる。
あの時はまだ妖気があって気付かんかったが、考えてみれば無い話ではない。日本でも同様の事例を聞いたことがあるからな。陰陽師の力というのも、いかんせん理解できんことは多い。我々が妖怪がゆえにな」
「じゃあ敵に狙われなくなるってことか。それなら確かに誰も付けなくていいかもしれないけど……」
「奴等も一枚岩ではない。他に封印術を得る方法を探し出すはずじゃ。それを儂は、あのドライアドの森襲撃にあるのではと思っている」
「あそこにも関係してくるのか!?」
「レンゲは屈強な戦士のような妖怪じゃ。相手が妖怪といえど、簡単にやられるような妖ではない。敵が相当な腕を持つとすれば、奴等の仲間である可能性は十二分にありうるということじゃ」
「それって――」
「アカヒト……」
もくもくと案内をしていたと思っていたが、リーテベルクが寂しそうな顔で振り返ってきた。
「な、なんだよ……」
「久しいのに妹君とばかり話して、意地が悪いと思わないか」
「いや、全然……」
「キミは酷いな。私の誘いを尽く断っているというのに、更には再開の時でさえも素っ気ないなんて」
しおらしい顔をして見つめてくるリーテベルクに少しばかり悪寒を感じる。
なんだこいつ、ちょっと気持ち悪いな。こんな奴だったか……?
「母親が元気になったことで不安が払拭されたのじゃろう。おかげで普段見せていなかったものが出ているということかのう……」
「マジですか……。
で、なんか用か?」
「後で――」
「決闘ならしないからな!」
「しゅん……」
なんだこの乙女チックなリーテベルクは……。あのムカつくバカ王子っぷりが幻だったみたいだ。
ぷりぷりとだいの男が……。
「……今度やるって言ったじゃないか」
「ちゃんとやってやるって。でも、今日はダメな。お前はちゃんと王妃様の面倒見るのに熱心になっとけ」
「わかったよ……」
「あ、アカヒトさん!」
横から声を掛けられたかと思えば、城に入って直ぐの階段前で珍しい顔を見る。
キラキラとした笑顔が愛らしいリオネルだ。リーテベルクと同じ金髪に青い目は外国人のような美しさを思わせる。
恰好が前よりも大人びたものとなっていた。シャツの上にベストを着て凛然としている。
リオネルは、俺を見つけた途端表情に華を咲かせて階段を駆け下りてきた。
「来ていたんですか!」
以前よりも明るい気がする。リーテベルクと同じでも、こっちは幼いぶん可愛さが際立つ。
しかし、すまないリオネル。俺にはクウやキリリンという子がいるんだ、お前を可愛がってやると嫉妬されるかもしれない……。
なーんて、気持ち悪い思惟は隠しておかないとな。
「これから王妃様に合わせて貰おうと思ってな。一緒に来るか?」
「はい、喜んで!」
「可愛らし……はっ! いえ、なんでもありません……」
ハクが魅入るようにリオネルを見ていた。思わず口を滑らせたのに気付いて頭を下げるが、気にされてはいなかった。
うんうん、わかるぞハク。俺も口に出さないだけでお前と同じ考えだ。
「こっちですアカヒトさん!」
「おいリオネル。アカヒトは私が案内するのだ、横取りするなよ」
「申し訳ございませんお兄様。つい……」
「おい、お・に・い・さ・ま。リオネルを虐めてないだろうな?」
「なっ、そんな事するわけがないだろう!
……仕方ない。リオネル、共に案内するぞ」
「は、はい!」
二人とも弾んだ調子で俺達をいつもの広間へと案内し始めた。




