34話 対妖の継承者(2)
広間に着くと、前と同じソファに王妃が腰を掛けていた。
眠った姿しか見たことがなかったが、まるで旧時代の西洋にタイムスリップしたかのような麗しい女性が茶に舌鼓を打っているところだった。
高貴な青のドレス姿は、ミュージカルの世界に迷い込んだかのように感じられる。リーテベルクもリオネルも王族さながらではあるが、この人と比べるとやや見劣りしていた。本物の王族を前に城に来て今日初めての緊張感を持ってしまっている。
リルルが成長すればこうなるのだろうか。カールの掛かったブロンド美女、その所作一つ一つに貴賓が感じられる。
二十代と言っても全然信じられるレベルに若く見える。とてもずっと眠っていた人とは思えない。
胸の膨らみ、谷間が見えて色っぽいし。なんならワンチャンいけるかもしれない。なんかリーテベルクが羨ましい。この人と一つ屋根の下にいられるのか……!
「どうしたアカヒトよ、こっちにこい」
思わず見惚れていたのをリーテベルクによって現実に引き戻された。
かと思えば、王妃様がこちらに気付いて歩み寄ってくる。朱く塗られた口紅に目がいってしまう。化粧はそれほどではなく、しかしそこだけ強調するかのようにある唇が俺の目を曇らせる。
「こぉらリーク。御友人に対して命令口調はいけませんよ。
ごめんなさいね。いつの間にか大きくなったと思ったら、あまり礼儀がなっていなかったみたいで。後でちゃんと教えてあげますから」
「は、はい!」
リーテベルクは元気よく返事をする。その表情は晴れ晴れとしていて、怒られている人間の顔ではない。
おい叱られてんだぞお前は。喜んでどうする……。
「あなたがアカヒトくんよね」
アカヒトくん……こんな美しいお姉さんにくん付けされてもらえるのか!
「うふふ、ごめんなさいね。子供の友達に敬称を付けるのが羨ましかったの。ここには他に貴族もいないでしょう」
「い、いえ、ごちそうさまです!」
「どういう意味だ……?」
王妃様を相手に照れていると、後ろから抓られた。
いて……。
「レッドさん? なにやらニヤケているようですが、どうかしたんですか」
ハクさん、顔が怖いですよ……。
「ほれ、さっさと話に移るぞ。こっちも忙しいのじゃ、タイムイズマネーで頼むぞ」
「どこのぼったくりじいさんの真似だよ……」
「あら、妖怪さんも一緒ね。楽しくなりそう!」
「っ――」
――一目で妖怪だとわかった!?
いやでも、ゼラは毅然とした態度だ。あらかじめ予想していたのか。
曲がりなりにも陰陽師の家系。しかも元は封印術の心得もあったとされる人だ。妖怪の区別くらいついて当然だったのかもしれない。
「儂は白面金毛九尾狐じゃ。控えおろう!」
「ハクメ……ん、妖術の呪文かなにか?」
ダメだ、全然伝わってない……。
ああ……ゼラが威張ったのに伝わらなくて泣きそうだ。
「ほらゼラ、一緒に座るぞ」
俺はゼラを押してソファへと誘導する。合わせて王妃様達も向かいに座った。その両脇にリオネルとリーテベルクが左右を陣取る。
ハクは、俺達の後ろに立った。しかし、誰も何も言わない。俺達とハクの間に主従関係があると思ったのだろう。
俺は、今王妃が言った言葉が気になった。
妖術はわかるのか。妖怪に出くわしたことはあるってことなのかもしれない……。綺麗なお姉さんでも、俺達は相反する種族と言っても過言ではないのかもしれない。一応の警戒はしておいた方がいいか。
「まずは、お体の方に異常が無いか訊きたいのですが」
「ふふ、すこぶる良好です。その節は、本当にありがとうございました。子供達の面倒も見た貰ったみたいで、王もあなた達には頭が上がらないみたいよ」
「いやあ……はは……」
この人に感謝されるとむず痒い。
リーテベルクとリオネルは、事の成り行きを全て王妃に話したのだろう。こちらの事も熟知していそうだ。
「リオネルもリルルもあなたの話ばっかりなの。リオネルなんか大変な所を助けて貰ったみたいで、感謝してもしきれません。
ずっと眠っていながらも子供達を心配していたのだけど。双子なんてまだ子供なのに、私はずっと眠ったままでしょう。可哀想なことになっちゃって……」
「安心してくださいお母様。私たち家族はちゃんと自らの任を全うしておりますから!」
「まっ、リーテベルクはちょっとやらかしそうになったけどな」
「ぐっ……アカヒト、キミというやつは……」
「リークも感謝しないとね。こんなに優しいお友達に恵まれて幸せなのよ」
「――はい!」
ホントこの前の事件の時のリーテベルクは何処へ行ったんだって感じだな。ガキに戻ってるよこいつ。
「そろそろ本題に入らせてもらおうかの」
場も和んだことでゼラが口を開いた。
もう最初の頃の寡黙キャラはやめたようだ。もうリーテベルクには普通に話しているところを聞かれているし、王妃様に至っては妖怪だとわかっているからな。
「聞いてはいると思うが、お主はとある妖怪に狙われておる。いや、狙われておった。今も狙われているかは、まあ五分五分といったところじゃろう」
「私の血を狙って、でしょうか」
「血というよりは能力――陰陽師としての術を期待してのことじゃろう。お主の中にはカンナヅキ家の、異世界人の血が混じっているようじゃから、封印術も使えるのではないか?」
「ええ、以前はそれはもう……。ですが、今ではもう使えなくなってしまったようです。力の欠片も感じられません」
「彼奴は、お主の術で自身の封印を解いてもらいたかったようじゃの。じゃが、お主にはもうその力はない。ここに来て確信を得た。
――じゃが、気掛かりが一つある」
「あ、そうか! そうだ……俺もどっかで不安だったんだ。絶対に大丈夫だって言えない何か、何かを見逃している気がして……」
「そう――こやつもそうじゃが、カンナヅキ家も術も繋がりがあってこそ扱うことができる。もしやその術、その子等に受け継がれてはいまいか?」
神無月家という言葉。それは術の伝承に関わるのはなによりも血だってこと。たとえ王妃が使えなくなったとしても、その子供は関係ない。
「…………私でももう詳細はわかりかねますが、どうやら陰陽師としての力を受け継ぐのは女系の子の方が多かったようなのです」
「陰陽師としての力を持ってこちら側に来た異世界人はおそらく巫女だったのじゃろう。巫女は、陰陽師と直接的な関わりはなくとも、その術自体は扱うことができた。使えるのも、おそらくは封印術のみ」
「仰る通りです」
「ということはだ……」
「ええ、力を受け継いでいるのはたった一人――リルルだけです」
「リルルは今、どこにいるんですか!!」
「これ、落ち着けアカヒト。ここに敵はおらん」
焦って立ち上がると、ゼラに諫められる。
衝撃の事実に一刻も早く無事を知りたくて焦燥感を煽られたのだが、確かにここに俺達以外の妖気は感じられない。
むずむずはするものの、一旦座り直した。
「今は体調がすぐれなくて自室で休んでいます」
「リルも本当は会いに来たいと思うんですけど、今日は運が悪くて……」
「あれは……おそらく肺炎じゃな」
「……はあ!? は、肺炎って、あの……え、ここって病気ってあるのか!?」
「そりゃああるわ。回復魔法や鍛えることが当たり前なこちらの世界じゃ病気になりにくく、あまり見ないのやもしれんが、子供のうちはなりやすい。特に貴族の女子は鍛えるよりも勉学を優先させられる都合上な」
「体が弱いうちに病気に掛かっちまったらそのままってこともあるのか……」
「おい、ハイエンってなんだよ……?」
リーテベルクが怪訝そうに訊ねてくる。おそらくこちらの世界では病気というのはそれほど解明されておらず、肺炎という言葉も聞き馴染みが無いだろう。
「いやまあ、俺もよくは知らないけど……」
ただ面倒な病気というだけ。たぶん風邪とかよりはきつい症状のはずだ。
「肺の炎症性疾患のことじゃ。簡単に言えば、肺が悪い状況ということじゃな。このまま放置すればいずれは死ぬことも考えられる。猶予は案外それほどないやもしれんぞ」
「おま、なんで今頃……」
「……どうにもできんからじゃ。お主ならなんとかしようとするじゃろうが、その手立てがこの世界にはない。こっちには医学は無く、基本的に教会での神頼み。そんな事したところで結果は知れておる」
「だからって、知ってるのとそうじゃないとじゃ気持ちの持ちようが……」
「知っていたら、この者達もお主も母親の生還に素直に喜べたか。物事には順序が必要じゃ」
「だから今、またどん底に落とすように言うのかよ……」
「リルルちゃん……」
くっ……さっきまでの楽しい雰囲気ぶち壊しじゃないか。
どうにもできないって、そりゃあ回復魔法は傷の治療はできても病気は治せないって知っていたさ。だからこっちにはそういう病気みたいなのは無いんじゃないかって淡い期待をしていた。それが今、最悪の形で……。
「な、治せるんだよなアカヒト……そのハイエンというやつは!」
ゼラは言った――治せない。けれど、そのたった一つの言葉だけで、全てを諦めるほど人の命に対して無礼な人間である自覚はない。
「――リルルは俺にとっても大切な友達だ。絶対に治す!
ゼラ、お前なら治す方法を知っているはずだ。だてに何千年生きていないだろ。じゃなきゃ、ここで言わずに俺が知らないうちに死なせようとするはずだ。
言えよ、どんなに困難でも俺にできることならなんでもする。生気が必要ってんなら、いくらだって持って行け!!」
「じゃから落ち着けアカヒト。最近のお主は感情的過ぎるぞ」
「わ、わるい……」
「方法ならある。ただ、これは希望的な方法じゃ……既に失敗している可能性もある」
「教えてくれ、アカヒトの妹君……。私は、家族に対して愚かな背中を見せた。その償いもまだできていないというのに、妹を失うわけにはいかないのだ! この命、この生涯をかけて私は家族に証明しなくてはならない。私という人間の目と感覚が二度と狂う事は無いということを! それを傍で見守ってくれる兄弟を失うなんて、耐えられない……!!」
「この世界に病気を治す方法は無いと言ったが、あれは嘘じゃ。いや、ほぼ嘘というべきじゃな。とても限られた者しか病気を治すことはできんので、絶対に嘘とは言えないのが現状というところじゃ。実は、少し探してもらっていたのじゃが、未だ見つかっておらん」
「なんだよ、その方法ってのは。これ以上焦らすなよ」
「状態異常回復――ただの回復魔法ではなく、麻痺や毒といった状態異常をも治癒できる魔法があるのじゃが、その素質を持つ者がいつまで経っても見つからんのじゃ」
「それがあれば、肺炎も治せるのか!?」
「病気にも利く、こちらでの万能回復術じゃ。ただ、あれは数千万人に一人の確立で、ヴァルファロスト王国内には一人もおらんかった……」
「それじゃあ他国も探して貰えばいいってことじゃんか! そういうことなら、さっさと言えばよかったんだ。王の力を借りれば、簡単に――」
「いや、そう簡単ではないかもしれんぞアカヒト」
「どういう意味だよ……」
「この答えは、誰もが一度は通る道じゃ。見つけられるのであれば、とっくに探しておるじゃろう」
「状態異常回復は希少性が高すぎて、使えるというだけでその国で好待遇が約束される代物だ。全ての国が喉から手が出るほど欲する魔法なんだ。例え見つけられたとしても、連れ去られると思われれば事は難航する。国ではいつでもそういう才能を持つ者を探しているが、そんな報告は来ていない」
「いたとしても、国は秘匿事項として他国には口外せんだろうしのう」
「じゃあどうすんだよ!」
「そこでじゃ、希少性が高くて万能というキラキラ要素に引っ掛かりそうな者達が丁度やってきたではないか」
「ああ? 何の話だよ……」
「渡り人は、異世界とのずれを補間する為にあらゆる能力や魔法、スキルに上方修正がされる。もしかしたらじゃが、お主と共にこちらに来た者達の中にいるやもしれん。状態異常回復魔法を持った渡り人が」
「…………――そういうことかよ!」
いるかもしれないんだ。これまでいなくても、俺達異世界人の中にならいるかもしれない!!
「つまり、お主がいれさせすれば、他国にいようが関係ない。こちら側に引っ張ってこさせればよい!」
「……それしかないってのなら、そうだな。確かにいそうな気もする」
「場所ならナナに聞いておる。今は別行動しておるようじゃが、大体の居場所がわかれば顔を知っているお主がいれば難しくはないじゃろう。
助けるのじゃろうアカヒト。先程儂に言った言葉、お主自身にそっくりそのまま返した方がよいか?」
「うっせ……大丈夫だよ。
すみません王妃様。リルルを少しの間俺達に預けてくれませんか」
「え?」
「絶対救ってみせますから……!!」
俺は、王妃様へ向かって頭を下げた。貴族的な礼儀は何も知らない。だから自分で考えられるお願いの仕方というのを強行した。座りながらでも深々と頭を下げて願った。
自分の愛娘。例え俺がリーテベルクやリオネルが言うような善人だとしても、素性の知らない相手に渡せるわけはない。だとしても猶予がないかもしれないなら、できるだけ早くリルルを会わせてやりたい。
「お母様、私からもお願いです。アカヒトならきっと救ってくれます! 私は、それを何度も見てきました。最初はリオネル、次は私、そしてお母様、今度はリルルも! アカヒトは、我々にとっての救い主なのです!!」
リーテベルクも席を立ち、王妃に跪いて頭を下げた。
リーテベルクの神妙な面持ちに王妃は相好を崩す。彼の肩に手を置き、そしてこちらに向き直る。
「わかっていますよ。勿論、あなたになら安心してお預けできます。なんなら、リルルと結婚して貰ったほうが私としても嬉しい限りですし」
「へ、え!?」
心臓が早鐘を打つ。王妃は笑っていたけれど、瞳の奥では睨み付けられているような気がした。
「うふふ、まあ考えておいてください」
「ちょ、え……冗談、ですよね……?」
「うふふ……」
どっち……?
なにはともあれ了承は得られたようだ。




