33話 妖へと続く道(3)
「ドライアドって強いのか?」
「いや、もはや儂もこの世界の理をなんら知らぬ状況じゃ。ドライアドが森の政権を握っていた頃と今とでは時代が違うのやもしれん……」
「はい……我々の力は森や大地、自然の力が源です。森が豊かでなくなれば、弱体化は必至。しかし、あれは常軌を逸していました。おそらく、魔物や人間ではなく……」
「――妖怪……」
ゼラは俺の顔色を窺い、理解していないことを悟ったらしい。説明を加えてくれた。
「ドライアドは、さまざまな種族間でも上位の力を保有すると言われておるのじゃ。最下級が人族、最上位が魔人族として、ドライアドは魔人族の次のエルフ族に次ぐ三番目。自然に関する種族の為、火が弱点とされているが、森を住処にする為に魔人やエルフよりも身近で恐ろしい種族と知られている。
ただ、ドライアドの弱点は本当は火だけではないのじゃ。ドライアドは妖精族の親戚みたいなところがあってな、聖なる力を持ち妖怪とは相反する性質を持っておる。ゆえに、聖なる力と反する妖怪の妖術は急所を射抜く矢になりえるということじゃ」
「でも、戦えないわけじゃないんだろ? 妖怪だって物理攻撃は通用するじゃんか。魔法が得意なら、魔法で攻めえばいい」
「おそらく計画的な襲撃にあったのじゃろう。森が傷付けばドライアドそれぞれの攻撃力が減少する。火が放たれただけで、簡単に落ちるじゃろうな。
儂が封印される以前にもドライアドを葬る施策があってな。その期に何百というドライアドが消えていったのじゃ」
「その節は九尾様に救われたと聞いております」
「へえ……その時さっき言ってた契約ってのをしたんだな。どうせ油揚げを持ってくれば助けてやるとかなんとか言ったんだろ?」
「う、うるさいわい! 妖怪に対抗できるのは妖怪だけじゃ。これだけの時間が経っても、妖怪はこの世界で台頭しておらんしなかなか周知されていない有様じゃからな。対抗手段を持とうとする者もおらんのじゃろう」
「別にわからないこともないけどな。こっちには魔物がいるし、正直俺も妖力が感じられなかったら魔物と妖怪の区別なんてつかないし。どうせ妖怪と魔物は同じものだと思ってるだろうな」
「浅はかじゃな」
「それで、用はそれだけじゃないんだろ。今の言い方じゃ襲撃にあって被害は甚大、だけどもう攻められている状況じゃなくなった。ある程度落ち着いてはいるが、何かがあった。だからここに来たんじゃないのか」
彼女達は図星らしく、剣呑な雰囲気を纏い始めた。
フロンティアは、申し訳なさそうに俯きながら続きを話す。
「……よくおわかりで、その通りなのです。実はこの数年、九尾様の旧友であるレンゲ様とドライアドは協力関係を持っていました」
「紫雲英……」
思い当たる節があるようにゼラがその名を口ずさんだ。その面持ちは昔を思い出しているかのようで、儚げに感じられる。
「知ってるのか?」
「無論じゃ。儂が異世界に来て初めて持った部下じゃからな……」
「我々は妖に攻められれば簡単に朽ちる種族。協力者が必要でしたし、レンゲ様であれば実力は十分だろうと思った次第です。ただ、今回の騒動の後でレンゲ様が敵を追いかけてしまいました……」
「で、戻ってきていないってことか」
「レンゲ様は特に重体でした。皆さんのことを守って盾になって頂きましたから。
――ですから、私はここに九尾様が復活されたという噂を辿って来たのです! 九尾様、どうかレンゲ様を救って頂けないでしょうか……!!」
深々と土下座するフロンティアにゼラは立ち上がりながら顔を顰める。
相手によっては、今のゼラでは太刀打ち出来ないかもしれない。俺がいないといけないだろう。
俺に気を遣っているのだ。俺がまだある程度の力を身に付けていないから。邪気という不安要素の払拭にも至っていないし、お荷物になる可能性だって大きい。
――だけど、俺だって黙ってるわけにはいかないんだよ……!!
「ゼラ、俺を連れていけ。そうすれば何も怖いことはない、違うか」
「バカを言え。こいつの言ってることがまやかしの可能性だってあるのじゃ」
頭痛はなかった。だからこいつは――
「こいつは嘘を言っていない。俺が保証する! つか、お前だって嘘じゃないってわかってんだろ!?」
図星なゼラは顔を逸らし、口を噤んだ。
「お前の友達なら、俺だって助けたいんだよ! 俺が今頑張って鍛えてんのは、自分の為だけじゃない。お前の役に立ちたいってのもあるんだ!
絶対に死なないし、邪気だって制御してみせる。ここで出なきゃ、俺もお前もこの先ずっと後悔するはずだ。もやもや抱えて日々を送るよりも、晴らす為にやる事やってから戻ってきた方がきっといい!!
――俺は行くぞ、ゼラ!!」
きっと俺がこう言うと思っていただろう。押し切られることも読んでいたはずだ。それでも尚、俺をここから出すのは時期尚早。
邪気という不安要素がつきまとっているうちは妖力を使うことも禁止になっている。当然の成り行きだ。
ゼラは、俺から目を逸らして距離を取るように立ち上がった。
黙りこくるゼラの背中からは不安しか感じない。ついさっきまで心が隣にあったはずなのに、今ではこの背中から来る回答に自信が持てない。一緒に行く、そう言ってくれるという自信が一向に湧かない……。
「――九尾様」
廊下側の障子が開き、スミレが畏まって入ってきた。正座で現れ、戸を開けて入り、静かに戸を閉める。
すると、体をお辞儀をするように傾けながら口を開いた。
「この者を同行させ、レンゲの救出に向かうことを進言します」
「スミレ、お前……」
「ここでは他の妖に邪気が感染するおそれがあります。ですからやるのであれば、外で制御を試みた方がよいのではと思っておりました。
空狐様には、了解を得ました。いつでも出立できるようにと準備を進めております」
「スミレ……勝手なことをしよって……。不安要素が一つだけだと思うたか!」
「この者は、私の意地を持って必ずお守りします。それに、私にとってもレンゲは良き友人……この者の力が必要なのであればそれは利用すべきであり、邪気を会得する好機にすべきではと具申いたします」
「一石二鳥と考え、儂自身のルールと破れと言うか」
ゼラは、漸くスミレの方へと振り向いた。しかし、その表情は冷たく、見下ろすかのような迫力がある。
スミレは、更に深く頭を垂れた。冷や汗を流しながらも引く気はないようだ。
スミレとの仲は相変わらずだ。なにかあれば怒鳴り散らかすが、師と弟子とも言えない曖昧な関係であるのは、スミレにまだ壁があるからだと思う。それは俺が人間で、スミレが人間を良く思わない側の妖怪だからだと思っていた。それでも今、スミレは俺の為に動いているような気がする。
「……ゼラ、俺からも頼む!! やらずに後悔するより、やって後悔した方がマシだ!
俺はずっとここに来るまで後悔ばっかしてきた。他人との距離に悩みながらも勝手に口走る口を言い訳にもできず、謝罪する場を通り過ぎてきた。俺は嘘つきだけど、嘘をつくことにうしろめたさを感じる不合理な男だ。それでももがくのは、いつかどうにかなってくれないかなって希望を持ってるからだ。でも、それだけじゃダメなんだ! 何もしないで降ってくる希望なんか待ってたら、それを叶える前にいつの間にか消えちまう!
自分から掴みにいかないといけないんだって気付かされた。あと少しで届くかもしれないのに、手を伸ばさないなんてありえないだろ!」
最後の方はカクシのことを思い出しながら言葉を吐き出した。俺の今迄で一番の後悔は、あの時カクシを救えなかったことだ。
だけど、邪気が生じる原因となったあの事件の場に向かったことは後悔していない。行くべきで、あと少しのところで手から零れ落ちた。始めるとこは間違っていなかった、あと少し力があればよかった。
だから今回も、始まりをしくじるわけにはいかない。手を伸ばすんだ、そして今度こそこの手で握ったもんはけして放さない!!
「頼む……俺と一緒に行ってくれゼラ!!!」
「…………お主は嘘吐きじゃ。本音はそれだけではないのじゃろう」
静かに零すゼラは、俺の気持ちを悟っていた。
……やっぱりお前にはバレるか。
いや、嘘というのは語弊がある。本当は、俺じゃない。お前にそのレンゲって友達に向かって手を伸ばして欲しい。
カクシにとっての俺であったように、お前の友達はお前自身で取り戻すべきだ。
「お前なら、確信を持って言える。絶対助けられる!!」
ゼラは諦めたように肩から力を抜いた。俺に向き直って困ったように笑うと、胸を張って声高々に命じた。
「クウを常時アカヒトに付けよ。ハクもじゃ! スミレ、ビオラを他の者と交代させて連れていく。準備を進めよ! それと進言者がいればその者達も同行させてよい!」
「はっ!」
「行くぞアカヒト、ドライアドの森へ。レンゲを救い、ついでにドライアドにちょっかいを出した外道に九尾の力を思い知らせてくれるわ!!」
「ああ、当然だ!!」
ゼラの本領が見れる。まだ誰も見たことのない事がこれから起きようとしている。
俺はそんな気がしてならなかった。




