33話 妖へと続く道(2)
屋敷へ戻ると、もう日が出ていて辺りがかなり色づいていた。
先にスミレに話を通してきた。逃げ出したと思われるのが嫌だったがだけなんだけど、どっちにしろ怪訝な視線を受けてしまった。
屋敷に着いてすぐ、森で逢った二人共絶句していていた。こんな田舎に大きな屋敷があるとは想像していなかったらしい。
正面から見たら俺も竜宮城かと勘違いしてしまいそうな程に外装がよく出来ている。ハク曰く、妖怪避けにもなるんだとか。真偽は不明だ。
そんなハクに習った説明を入れた後、中へと連れていく。
玄関から入ると、すぐに長い廊下が見える。それに再び二人共目を見開いていた。初めて豪邸を訪れた一般人のような格好だ。
「す、凄いですね……立派な御屋敷で、流石はかの九尾様が住まわれるお家です」
「そういえば、外から来たやつを入れたのはこれが初めてだな(まあ出来て間もないってのもあるけど)」
「こ、光栄です……」
フロンティアは、物腰が低いのか度々お礼をしたり頭を下げたりしている。妖怪には見えないが、こっち方面の礼儀に教養があるのかもしれない。別に知らないけど。
小さい方もこれにはもう何処を警戒すればいいのかわからない、といった感じか。フロンティアの後ろでぱっくり口を開けるだけだ。
「す、凄いところに来てしまいましたね……」
「これが罠だったら逃げられないぞ……!」
「さっきも言いましたが、このお方なら大丈夫です! わたしを信じてください!」
小声で話しているが、さっきの俺にわからない言語での会話はやめにしたのか。やっぱりあの子は俺を警戒しているんだな。
「あ、あはは……それで、九尾様はどちらに?」
「あいつならこの時間寝てるかあそこなんだが……」
まあ起きてるだろうな。二人が敷地に入った瞬間、ゼラの妖気が揺れてた。でも、直ぐに出て来なかったのは俺が連れてきたとわかったからかもな。それなら、妖気を探るまでもない。この匂いが導いてくれるだろう。
「この先だ。一応妖怪は上下関係を気にするらしくてさ、ゼラは朝は奥で飯を食ってるんだ。他の妖怪達とは別でな」
「そういえば……」
「美味しそうな匂い……!!」
小さい方が目をギラギラさせた。と思うと、お腹が「グーグー」と強請るように音を鳴らす。
一応飯を用意してやるか。敵でないとわかれば、食わせていいだろう。
「シュタ! お帰りなさいませ紅葛様、お呼びですわよね」
奥からスイレンが控えながら廊下を滑るようにして駆けつけてきた。俺を目上として、跪きながら挨拶される。
「いや、呼んでない……」
そういうのやめろって言ってんのに……。もしかしてゼラになにか言われたのか?
「ジュパ! お帰りや紅葛様、お呼びですか」
「いや、だから呼んでないって……。てか、なんでお前ら最初に自分で効果音つけてんの?」
今度はキロロがスイレンの真似をするように駆けつけてくる。方言もあって少しだけそれっぽいが、だけど呼んでない。
「お呼びですわよね?」
「お呼びですね?」
「うるさい」
「貴方達、お客さんを連れてきた主人を立てようにも、それでは逆効果じゃないかい」
キリカがやれやれと呆れながら現れる。呆れているのはこちらなのだけれど、まるで自分は部外者かのような雰囲気には物申したい。
ナチュラルにお前も出て来るな……!
「今度はキリカか。言っとくが、余計なことはするなよ。言うのも禁止だ」
「はいはい、わかっていますとも。それより、この方達に朝食を作ってあげるのでしょう? この二人には、それを命じればいいんじゃないでしょうか」
「えー……だってそしたら俺が偉いみたいじゃんか」
「もう手遅れですよ」
振り返ると、フロンティアが呆然と立ち尽くしていた。
すると、漸く現実に引き戻されたようで、謙りながら訊ねてきた。
「あ、えっと……もしかしてこの屋敷の中では偉い方、とかだったりするんでしょうか……?」
「いや、まあ……そんなところだ」
「紅葛様は、わたし達の御主人様なのですわ!」
また余計なことを……。自慢したいらしいが、その思考が理解できない。
「じゃあスイレン、キロロ、二人分の朝食を作って貰うようソウタに頼んどいてくれ」
「承知しましたですわ!」
「任せとき!」
「キリカ、お前は二人がちゃんと仕事を熟すのを監視してろ」
「あら、余計なことはするなって意味ですか」
「いいから、二人を連れていけよ」
二人の前でべたべたされるとまた立場が危うくなるからな。不安要素は遠ざけておくのが一番だ。
調子の良い三人を置いて、俺はフロンティア達の案内を続ける。長い廊下を床の木目に従って進んでいった。
「その……アカヒトさん、もしかして九尾様の右腕だったりします?」
さっきの三人の話で俺の立場を疑い始めたようだ。
スイレンはともかく、キロロとキリカの妖力は並みの妖怪と比べると頭一つ抜けているからな。その二人より上の立場となれば、そう考えるのも無理はない。
「ありえないだろ、この男人間だぞ」
「シャード、そういう言葉は気を付けて! 九尾様に殺されてしまうかもしれません……」
「うっ……」
あいつ死神のような印象もたれてんのかな……。別にそこまで怖くは……ない、はず……。
しかし、二人は妖怪ではないのに妖力を感じ取れるのか。そういう人間がこの世には何人かいるのかもしれない。
ドライアド――物語上で聞いたことはあるけど、確か木の精霊とかじゃなかったか。精霊だから、妖怪のことも理解があるのかもしれないな。ゼラに何の用かはしらないけど、十中八九妖怪絡みの相談だろうな。
「それで、どうなんですか?」
「右腕なんかになれるわけないだろ。俺は――」
「そう――お主は右腕ではなく、夫じゃな」
「そう、俺はゼラの夫――って!!?」
ギクリと背中から聞こえる声に振り返ると、ムスっと顔を顰めるゼラがいた。
寝起きで寝癖がつきまくっているが、威厳の無い子供姿で腕組みして立っている。
「あれ、お前飯食ってたんじゃなかったのか……?」
「別によいじゃろ。気になったことがあったから外に出ていたのじゃ。
で、こやつらは誰じゃ?」
「――九尾様!!」
「はあ!!?」
フロンティアは歓喜するように跪いた。
逆に小さい方は驚いている様子だ。ゼラが探していた『九尾様』だと信じられないでいるらしい。
そうなるのはわかるけどな。
「お主ら、もしやドライアドか。懐かしい種族が何故ここにおる? アカヒト、お主が連れてきたのか」
「そうだけど……悪かったのか? こいつ等お前に逢いたかったみただったし」
「はあ……仕方ないのう。今日は面倒事は勘弁じゃったが、アカヒトが連れてきたのでは無理矢理帰すのも忍びないというところか」
ゼラはおっくうそうに溜息を吐く。続けて、俺の手を引きながら二人に「付いてこい」と言う。そのまま朝食を取る部屋へと移動し始めた。
ゼラは、畳の敷き詰められた広間へと案内した。
そこに俺とゼラ、そしてドライアドの二人計四人分の座布団が用意されていた。
座布団の上で胡座をかくと、ゼラが俺の膝を枕に寝転がった。不貞腐れたような顔でなにか言いたげだ。二人を連れてきた俺の判断を妬んでいるのかもしれない。おかげで俺が二人に物珍しく見られている始末だ。
正直気まずい……。
「それで、何用じゃドライアド。言うておくが、お主らとの契約があったのはいつぞやも前の話で儂はその間封印されておった。どんな契約かも忘れてしまったが、それでも良ければ何用じゃ?」
ゼラは、仏頂面で頬杖をつきながら訊ねた。大して興味はないが一応は訊いてやる、という意志が百二十パーセント態度に表れている。
うわぁ……めっちゃガラ悪いな……。話を聞く態度じゃねえ。話を聞いてもなにかしてやる気は無いって言ってるようなもんだぞ。
「この度は九尾様のお宿に入れさせて頂き感謝の言葉もございません。早速お耳に入れたいのは、ドライアドの森で緊急事態が起きたことについてです! 我々、森にいた総勢五十二名のドライアドのうち二十八のドライアドが消滅。十三名が重体となりました」
「ドライアドがか!?」
驚きながらゼラは体を起こした。




