◇危険性の告知
池山の入口に来た主人公。目の前に入口まで続く道は主人公を迎え入れているようだった。
◇危険性の告知
「どうです? 整備する必要性を感じないでしょ?」
運転手は笑顔を浮かべ僕に言ってきた。確かに獣道と言っても人が歩くうちにできた道のようで結構幅があったし、その洞窟までの距離もそれほどなかった。
「そうですね。これなら運転手さんが言っていたように危険もないですし、整備が必要かと問われたら、そう感じないのも納得です」
料金を渡してタクシーを降りると、車はそのまま走り去り、その場には僕一人だけが残された。周囲を見渡すとバス停がぽつんと立っているだけで、他には何もなかった。
「本当になにもないんだな。祟りとかは聞いたことがないって言ってたけど、それなりの信仰はあるのかな」
獣道に入る前に立つと、僕は自然と頭を下げてから歩き出した。200メートルもない短い道だったけれど、ひどく静かで神聖な雰囲気が漂っていた。やがて洞窟の入口の前に立つ。洞窟は遠目で見た時以上に大きく、昼間だというのに奥までは太陽の光が届かず薄暗い。
そのまま奥へと進んでいくと、洞窟内のひんやりとした空気とはまた違う、奇妙な空気の変化を感じた気がしたが、構わず足を進めた。
「薄暗いと言えば暗いけれど、足元は綺麗だな……」
そう、洞窟という名前の割には、歩いていても足に何かが引っ掛かる感覚がまるでなく、滑るような危険も感じない。まるで綺麗に整備された道を歩いているようだった。
「あれ? 前が明るい……」
どれくらい歩いたのかは分からない。だが、前方に日が差し込んでいるのが見え、僕は思わず小走りになっていた。光が差し込む場所には水が湛えられ、きらきらと水面を照らしていた。
水辺の縁に膝をつき奥を眺めると、ここが池山と呼ばれる理由が分かった。湖とまではいかないが、池のような大きな水たまりがそこにあったのだ。奥までは見通せないものの、直感的に湖ほどではないと分かる。水面に目を落とすと、そこにはどこまでも透き通った水が広がり、底の地面まではっきりと見通せた。
「藻も何もない……ただの湧き水か」
不自然なほど澄んでいるが、それこそが自然の池山の水なのだろう。両手で水をすくい、口元へ運んで飲もうとしたその時、運転手の言葉が脳裏をよぎった。
『洞窟内の水は決して飲んではダメですよ。治療したい箇所に水を掛けてください。観光客の話だとタレントは飲んだそうですが、実際には飲んでないと思いますので』
僕はその話を思い出し、すくった水を思わず足元にこぼした。ここで生水を飲んで行方不明になったとか、亡くなったなどという話は聞いたことがない。それでも、僕は足元に吸い込まれていく水を見つめていた。
「何で飲んだらダメなんだったっけ……ええと」
僕は運転手との会話を思い出すように目を閉じた。
タクシーから降りようとしたとき、運転手から池山の水を飲んではいけないと忠告されたのだった。
「え? 何で飲んじゃダメなんですか? 直接飲む方が効果がある気がしますけど」
「理由はよく分かりません。ただ、そう言い伝えられていて、それがここの常識なんですよ。ですが、香山という場所では飲むのが普通だそうですね」
「かおりやま、ですか?」
「ええ。もう統合されて名前は残っていませんが、そこには鬼伝説があって、鬼に喰われないようにするために飲むらしいです。香山自体は残っていますから、行ってみてはどうですか?」
僕は背筋が寒くなるのを覚えつつ、愛想笑いを浮かべた。
「お、鬼伝説ですか……」
運転手は少し面白そうに笑った。
「あれ? 鬼とか苦手なんですか? 生水の話と似たようなものだと思いますが」
「い、いや、そういうわけじゃ……ただ、子供の頃のトラウマというか。今なら嘘だって分かりますけど、本気で鬼に泣かされた思い出しかなくてですね……。鬼ごっこや節分の鬼なら平気なんですけど、リアルなお面とかは本当に無理で」
頭を掻きながら苦笑いで答える。幼い頃に見たリアルな鬼の面に泣かされた記憶は今でも鮮明で、ゲームであってもリアルな造形だと身構えてしまうのだ。
「まあ、どちらにしても飲まない方が安全だと思いますよ。迷信とはいえ、地元の人間は今でも信じていますから。洞窟内の水は決して飲んではダメですよ。治療したい箇所に掛けるだけにしてください。観光客の話だとタレントは飲んだそうですが、実際には飲んでないと思いますからね」
運転手はそう念を押し、「それでは」と軽く会釈をしてドアを閉め、走り去っていったのだった。
何も危険性を感じない神聖な雰囲気が漂う池山の中。主人公は湖を見つめある行動に出る。




