ダム
翌日の日曜日。天気予報の通り、天気は曇り。いつ雨が降ってもおかしくないような少し暗い色の雲が谷を覆っていた。
3人で集まったはいいが、ちょっと間抜けな問題が発生した。何かというと、古い神社の場所がわからないということだった。楢彦君の例を見れば、向かうべきは新しい神社ではなく、古い方だろうと推測はできたが、古い神社がどこにあるのかネットでは調べられなかったのだ。
「どうしよっか?」
「どうしましょう」
「一旦、新しい方に行ってみるのはどう?」
参拝すれば、鷹窟大権現のお爺さんのように、でて来てくれるかもしれない。私がアサノ君の提案に賛成しかけたその時、後ろから声がかかった。
「やあ、アオイちゃん。こんにちは」
登校する時にいつも畑作業をしていて、よく挨拶を交わすおじさんだった。
「あ、こんにちは。仲田のおじさん」
「こんなところで、外から来た子ばかり集まって。どうかしたんかい?」
「あの、ちょっと伊良原のことを調べてて……」
そもそも村の子は2人とも入院していて、たまたま残ったのがこの3人だと一瞬言いそうになったが、言わないほうがいいような気がしてやめた。
「ほう、それは偉いなぁ」
そう言えば、おじさんなら昔の神社がどこにあったか知っているはずだと思いつく。
「あの、おじさんは、昔の高木神社がどこにあったか知ってる?」
「ん? おお、そりゃ知っとうよ」
「やった!」
「あの、私達昔の神社に行ってみたいんです。どこにあったか教えてもらえませんか?」
「そりゃ、構わんけんど……。何も無かよ」
「それでも構いません。教えてください」
「ああ、じゃあちょっと、説明が難しいけん。連れてっちゃろう。歩いて15分くらいやし」
おじさんは持っていた大きな袋をすぐ近くの国道に止めてあった軽トラックに積み、「こっちや、おいで」と道案内をしてくれた。おじさんの後に続いて国道から道をそれダム湖へと下る。
「おじさんは、神社にあった銀杏の木を知ってる?」
「おお、よく知っとうよ。樹齢500年を越える大銀杏。手を繋いだ大人7、8人でぐるっと根元を囲めるかどうかっちゅう大きな銀杏やったわ。銀杏にはオスとメスがあるのを知っちょうかい?」
「木なのに、オスとかメスとかあるの?」
「ああ、銀杏の他にもいくつかの木には性別があるらしいけんど、神社にあった大銀杏はメスでね。秋になるとそりゃぁたくさんの銀杏の実をつけよったよ。おじさんが子どものころも、銀杏を拾いに行くと、大勢拾いに来とったなぁ。あとは、生き物に好かれるっちゅうか……。そんな不思議な木やった」
「生き物に好かれる……」
「よく木の根元に何やかんや巣を作ってな。一番多かったんはウサギやな。普通なら可愛らしいと思ってほっとくんやけど。一応、御神木やけ、万が一枯れたら大事やろ。ちょっと可哀想やけど、みんなで周りから木の根を傷めんように穴を掘って、ウサギを引っ張り出して山に返したりしよったな。それがたまに狐やったり、狸やったり。フクロウが巣を作ったって聞いて見に行ったこともあったわ。一番酷い時はオオスズメバチやってな、あれは駆除が大変やったわ。まぁ、境内の端っこに立ってたんやけど不思議と周りに人が集まりよったちゅうんかな……」
「あの、おじさんは銀杏姫って知ってる?」
「お……、ひょっとしてアオイちゃんも会ったんかい?」
「あ、いや。ちょっと小耳に挟んだだけだなんだけど」
「そうか。懐かしいなぁ。……まぁ、みんながみんな会えるってわけでもなかったが、おじさんが子供んころは結構、会った奴が多かったな。言葉は全く話さんやったが、いつもニコニコして子供たちの遊びに加わっとったよ。日が暮れて、1人、また1人と帰り出すのを神社の境内から見送って、笑顔やけど少しだけ寂しそうな顔で手を振っとったわ」
「さぁ、着いた」
案内された先は何もない場所。空間。境内のような土地も、森も、鳥居も、社もないただの……、ダムの畔だった。
「あの……、神社は?」
おじさんは「どれ」と、小石をひとつ拾い下手投げでダムに放り投げた。20mかそこら飛んだだろうか。水に落ちた石は何層もの波を立てた。
「ちょうど今、石が落ちた辺りが神社の境内だったとこやね。拝殿はもうちょっと奥で、右奥には石で出来た参道と階段、階段の下には鳥居と狛犬が今も残っとうよ」
「今も……?」
「ああ、石で出来たもの。つまり石畳や鳥居、狛犬、橋なんかはダムにそのまま沈めてあるんよ。ただ、木で出来たものはそのまま水を入れると、浮いてくる。木はそもそも水に浮くし、生きた木も最初は根がしっかり張っとるけん浮いてこんが、いずれ腐って根がちぎれると、そのうちぷかぷか浮いてくるけんな。浮いてきた木がダムに押し寄せると詰まったりするから、全部どけなならんかったんよ。もし泳ぎが上手くて20mほど潜れるなら、今でも境内を歩いたり、鳥居を潜ったり、狛犬を撫でたりもできるち聞いとるよ」
水の中に沈んだ村、とたまにテレビで聞くことはあったが、これまでは何となくどこか遠くの物語のように聞こえていたのだと思う。だが、ダムの底には、昔から人が生きていた証が、しっかり沈んで残っているのだと思うと不思議な感覚があった。
「……じゃあ、さっき話してくれた神社の御神木は……?」
「ん? 昔の御神木、大銀杏が見たいなら、着いといで。もう一箇所、案内しちゃろう」
再び、言われるがままおじさんの後をついて行く。国道に戻り、反対側へ進むと小さな集落が見えた。集落の間を抜けて進むと、やがて鳥居が見える。一瞬よぎった嫌な考えが引っ込んだ。案内してくれるというのだからまだあるということだ。さすがに御神木を切り倒したりはしないか。
神社の境内に上がり、本殿の脇に進むと小さな屋根付きの建物が見えた。
「ほれ、ご覧。立派やろう」
建物の前で止まったおじさんは、振り向きそう言った。屋根の下に置かれていたのは、大きな木の切り株。周囲はどれくらいあるのかすぐにはわからない。高さは3mはあるだろう。見てわかるのは、これがとてもとても大きな木の……、根元の部分ということだけだった。
「植え直したりは、しなかったんですね」
ポツリと言ったのはムツキだ。
「まぁ、本当はそうしたかったんだが、さすがに大きすぎてね。……それに、古い木やったから移植しても根付くかもわからんと庭師さんにも言われたらしい。とは言え、みんなから愛された木やったから、どうにか形に残したいと、こうして根元だけ持ってきていつでも思い出せるようにしてあるんよ」
「この上は、どう……?」
「まぁ、一番いい部分は本殿の木材になったはずやね。端材はまな板にして氏子に配るはずやったんやけど、結局、かなりの量になったんで、伊良原中の家に配られたんよ。うちにもあるが、何だか包丁を入れる気になれんくて……。大事にとっとうよ」
私は何となく思った。
私達に夢を見せたのは、多分、銀杏姫なのだろう。神社の境内で空を仰いで大粒の涙を流していた理由が少しだけわかった気がした。




