鷹窟大権現
翌日、ホームルームで大和先生が、マイの容態を教えてくれた。峠を乗り切り回復に向かった、とのことだった。マイのお父さんが言うには「三人がお見舞いに来てくれてから、腫れの広がりが止まり、ゆっくりと回復に向かい始めた」のだそうだ。もちろん、それが私達が持っていった苗木のおかげなのかは私にはわからない。
マイはこの後も2週間ほど入院が必要とのことで、しばらくの間、クラスは3人になってしまった。もともと5人しかいないので、端からスカスカの教室ではあるのだけど、2人が一時的に入院でいなくなり、一層見晴らしが良くなった教室を見まわすと何だか寂しく感じてしまう。こういうのを『ガランとする』と言うのだろうか。
そして、あっという間に1週間がすぎた。
3人で話し合った結果、土曜日は鷹窟大権現に行くことにした。学校の図書館にあるパソコンで検索すると、伊良原を山の中と表現するなら、鷹窟大権現は山の奥と言ったところだろう。森の中にひっそりと立つ、大きな岩と小さな神社という感じだった。
山の奥なので当然自転車は使えず、最寄りの道端、田んぼの脇に自転車を停めてそこからは歩きだ。地図上ではそんなに遠くないように見えたが、ひたすら登りということもあり、思ったよりも時間が掛かった。ただ、初夏の山を歩くのは気持ちよかったと言えなくもない。小一時間ほど歩きたどり着いたそこは、大きな岩と洞穴、そして小さな神社。何だか神聖な場所のような気がした。
「それで……、どう、すればいいんでしょうね」
「呼べば来てくれるのかな?」
何となく来れば会えると思っていたが、社の周りには誰もいなかった。洞穴の中も見てみるが、やはり誰もいない。とりあえず、お社に参拝をするべきだろうというアサノ君の意見を採用し、二礼二拍手一礼の礼儀の作法を教わりながら参拝する。と、社の脇から声がした。
「呼んだかの?」
腰の曲がったお爺さんがいた。手には木の杖を付き、長い髭を生やしている。如何にも仙人といった格好だ。
「あなたが鷹窟のお爺さん?」
「いかにも、鷹窟大権現と呼ばれておる。それにしてもお主らのように若いものが、わざわざこの社を訪ねてきてくれるとはうれしいのぉ。十年前くらいまでは、ハイキングとやらで遊びに来てくれることもあったが、最近はぱったりじゃ。ここ数年、社に参拝に来てくれるのは、すぐそこに住んでおる婆さんくらいでな……」
見た目は少し変わってはいるものの、話好きのお爺さんのように見える。
「あの……」
「んあ? どうした?」
「私達、楢彦君に頼まれてお爺さんに会いに来たんです」
「ほう、楢坊が。儂に何の用じゃな」
私達はこれまでのことを順番に話した。夢のこと、タク君の怪我、鹿と山犬、枯れたオガタマ、沼のマムシ、そしてマイのこと。楢彦から聞いた、二つの護りの話も。
「なるほどのぉ、何やら山が騒がしいと思っておったが、そんなことになっておったか」
「……『土の護り』は、今どうなっているんでしょうか」
「ちと、まっておれ」
そう言って社の奥、穴の中へと入っていく。2、3分待つと、長い髭を撫でながらお爺さんが帰ってきた。
「さて、結論から言うと、土の方は問題なかろうと思う」
「思う……」
「まぁ、儂もあんな水たまりを見るのは初めてじゃからな。海なら見たことはあるが、山の中にあんなものをこさえるとは、人間は大したものじゃとつくづく思うわい。
……それでじゃ、お前さん達の言う通り、儂が長年管理しておった堰は、あの水たまりにすっぽり沈んでしもうておる。だが、役目はちと違うかもしれんがたくさんの小さな堰の代わりに、ひとつの大きな堰が出来たわけじゃ。これまであった堰と比べても見劣りせぬ、立派な堰というて良いじゃろう」
「じゃあ、『土の護り』は問題ないんですね?」
「……まぁ、そう言えるじゃろうな。だが……」
「だが……?」
「木の方はどうじゃろうな。山が騒いでおることは儂にも分かる。山犬がこの辺りをうろうろすることも増えたし、サルも気が立っておるようじゃ」
「サル……いるんですか?」
「まぁ、これも人里まで下りてくることは滅多に無いんじゃが、今年はこの辺りにも下りてきておるようじゃ。よほど今年は山の実りが悪いと見える」
「つまり……、植物が育たない、ってこと?」
「問題は『木の護り』の方かもね」
「……さて、儂にはわからんがの」




