苗木
高木神社からの帰りがけ『これをマイに渡してほしい』そう言って、楢彦から小さな木の苗を渡された。
「蛇は水の化身だ。木は水を吸って育つ。これが蛇の毒を多少は吸い上げてくれるだろう。おまじないだと思って、マイのお腹の上にこれを置いてやるといい」
「……これを置けばいいの?」
イメージがわかなかった。お腹の上に、ぽんと置いてあげればいいのだろうか。
「服の上からでいい。みぞおちの上か、あるいは、おヘソの辺り。あとはこの子がやってくれるさ」
「そもそも私達、マイの病室に入れるんでしょうか。バレたら怒られないでしょうか?」
「そこは上手くやってほしい。僕にはどうすることもできない」
「見られたら、捨てられないかな?」
「これは僕達と同じで普通の人には見えない。見ることが出来るのは、5、6歳程度の子供か、君たちのような中学校に上がるか上がらないかの子達だけだ。その子も同じようなものさ」
「これでマイは助かるの?」
「断言はできない。さっき言った通り、おまじない程度に考えてほしい」
神社から戻ると、3人でムツキの家に行った。若木をマイのところへ持っていきたいと思ったが、私とアサノ君は寮暮らしなので足が無い。村の公共交通機関は一日に2本のバスだけで、朝に村からでて夕方に戻ってくるのみ。大和先生も学校の門が閉まっていたので頼りにはできないだろう。となると、頼れるのはムツキの家族しかいなかった。
ムツキの話では両親は共にテレワークで働いており、平日はフルタイムで働いているらしい。ところが伊良原には買い物をする店がないので、一家が食べるものは自然と土日にまとめて買って来るのだそうだ。つまり、『買い物のついでに、病院へ寄ってもらう』という作戦だ。
無事、ムツキのお母さんの車に乗せてもらうことができ、病院に降ろしてもらえた。総合受付で病室を聞くと、マイは面会謝絶とのことだった。『どうしても会いたいんです。クラスメイトなんです』と頼み込むと、病室の前までなら、と看護師さんが案内してくれた。
病室に掛けられた赤い面会謝絶の文字が、私達を現実に引き戻した気がした。
「どう、しましょう……」
「大丈夫、だよね」
うろたえるムツキを見ていると、昨日のマイのことを思い出した。沼から引きずり出した直後、『私、死ぬんかな』と青ざめた顔をしたマイの姿。マイは大丈夫なのか。確認したくても病室の中に入ることはできない。途方にくれていると、マイのお母さんがやって来た。肩を落とし、俯きながらあるく姿は、昨日よりも一層やつれたように見えた。ひょっとしたらマイのことが心配で寝ていないのかもしれない。
「あの、マイのお母さん……」
「……、……あ、……お見舞いに来てくれたん?」
声を掛けると今にも消え入りそうな、弱々しい声で返事があった。貼り付けたような笑顔とは、こういう事を言うのだろう。必死に口角を持ち上げただけの顔に見えた。
「……あの、面会謝絶って……?」
「……マイね、まだ腫れが引かんくって……」
「会うことは出来ませんか?」
「……ごめんなさい」
「何か声を掛けてあげたくて……」
「……ごめんね。今ほんとに腫れが酷くて。数時間置きに腫れがどれだけ広がったか、先生方が確認してくれてるんやけど、まだ広がってるみたいなんよ。……多分、マイもあんな姿、お友達に見られたくないと思うんよ……」
「そんな……」
悲鳴にも似た声はムツキのもの。病院に着いた時、マイの腕は既に大きく腫れ上がっていた。あれからさらに広がっているということだろうか。
「あの、私。ちょっと前に首の骨を折ったんです。それで一ヶ月くらい目が覚めなかったんです」
「……」
「でも、寝ていたのに、不思議と見舞いに来てくれた友達の声は覚えているんです。仲の良かった友達が、たくさん励ましてくれて。何だか申し訳ないなって気持ちと、頑張らなきゃって気持ちで一杯になったら、目が覚めたんです。自己満足かもしれないのはわかってますが、苦しんでる友達に声くらいは私も掛けてあげたいんです」
嘘は言っていない。マイに届け物があるという気持ちもあったが、必死で戦っているはずの友人に声を掛けてあげたいという想いの方が遥かに強かった。
「ちょっとくらい、良いんじゃないか」
振り返るとマイのお父さんだった。学校の行事で何度か顔を合わせたことがある。白いシャツに、黒のズボン、痩せ型で頭には少し白髪が混じっている。
「あなた……」
「昨日は、マイを沼から引きずり出してくれたと大和先生から伺いました。……本当にありがとう」
そう言って頭を下げられた。マイのお父さんは病院のスタッフに声を掛け、私とムツキが中に入ってもいいように話を通してくれた。ただ、アサノ君は遠慮してほしいと言われ、仕方なく1人だけ廊下で待ってもらう。
病室の中に入りカーテンを開くと、マイの姿が見えた。マイは上半身裸で、うつ伏せになって寝かされていた。そして……。
「っ!?」
ムツキが声を上げそうになるのも分かる。マイの右肩から肘に掛けて、左腕は手首から肘の少し上まで、そして右肩から背中の辺りまでが紫色に腫れ上がっていた。腫れ上がった皮膚にはペンで何重にも円と時刻が書き込まれている。腫れがいつの時点でどこまであったか、一目で分かるようにするためのものだろうと推測ができた。そして、僅かではあるが紫色の腫れは一番外側の円の少し外まで、広がっている。
まだ、腫れが広がっている。そう言ったマイのお母さんの姿を思い出した。
息を飲み、マイのすぐ横まで進む。足元を通り過ぎると、痛々しいほどに紫色に腫れたマイの腕が目の前にきた。腕の近く空気は温かく、相当熱を持っているのだろう。
「マイ」
「…………アオ、イ……?」
そっと近づき声を掛けると、弱々しい声で返事があった。
「マイ、大丈夫?」
どう見ても大丈夫なはずはない。でも何と言って声をかければいいかわからなかった。
「……あのね。……めちゃくちゃ、痛いんよ。……頭も、……ガンガン……する」
「大丈夫、しゃべらなくていいよ」
「そうです。無理しないでください」
「……しゃべ、るだけや、……なくてね。……息、するのも、痛い……」
顔には幾重にも涙の乾いたあとがあった。恐らく一晩中、激痛と戦っていたのだろう。いつもの元気なマイはどこにもいなかった。
「私達、楢彦君に会ってきたの」
「……ナラ、ヒコ君……?」
「楢彦君がマイにこれを届けてくれって。この若木が蛇の毒を吸い上げてくれるって」
外には絶対に聞こえないようマイの耳の側で告げ、もらってきた若木をマイの背中へと置いた。お腹の上と楢彦は言っていたが、マイがうつ伏せで寝ている以上、お腹の上に置くことはできなかった。背中でも問題なく効いてくれるといいのだけど。
「絶対、大丈夫だから」
「そうです。ヘビの毒になんか、負けないでください」
「……うん。……あり……、がと……」
そこまで話すと病室の扉がノックされ、看護師が入ってきた。「河上さん、また腫れの確認させてくださいねー」、そう優しい声でマイに話しかけ、テキパキと現在の腫れの状況をペンで更新していく。そっと看護師さんの手が触れるだけで、マイが小さくうめき声を上げた。
私達は邪魔にならないよう病室を後にするしかなかった。




