銀杏姫
振り返ると、ムツキとアサノ君の二人と目が合った。どちらも小さく頷く。私から話していい、ということだろう。一度、深く息を吸ってから声を出した。
「まず、一つ目はさっき話した夢。神社で黄色い着物を着た女の子が泣いていて、助けようとすると金縛りにあって、骨が折れて死んでしまう」
「うん」
「二つ目は神楽の晩。あなたも見ていたかもしれないけど、タク君が御剣神楽を踊っている時に足が折れて、着地に失敗した」
言いながら、あの夜のことを思い出す。目の前の彼と初めて会ったのは、あの夜だった。鳥居の下ですれ違った白い服。耳元で聞こえた『気をつけた方がいい』という声。
「三つ目。鹿が国道のすぐ脇で死んでいたこと。マイが猟師さんから聞いた話だと『山犬が1匹で鹿を襲うはずがない』、『何かがおかしい』って」
「マイによれば、山犬は村までほとんど下りてくることがないって言っていましたね」
「四つ目。神社によく植えられてる……何だっけ、木が枯れたって話も聞いたけど、名前を覚えてなくて」
「オガタマ、だったかな」
アサノ君が横から助け舟を出す。
「ちなみに、枯れたのは神社の木ではなくて、うちの隣の家の庭にあった木です」
ムツキが付け加えた。
「あそこ。うちの境内にもオガタマがあったが、枯れてしまった」
楢彦が指した先、境内の隅に枯れ木が一本立っていた。本来緑であるはずの葉は萎れ、うなだれている。一見すると何の木かわからないが、会話の流れからあれもオガタマなのだろう。
「で、最後。五つ目……」
言葉が引っかかった。
「このすぐ近くの沼で、蛇が……マムシがたくさんいて。それで……」
喉の奥が詰まる。言わなければ。分かっているのに、声にした瞬間に本当になってしまう気がした。
「昨日。マイが……、友達が噛まれた」
楢彦は、ただ黙っていた。風が吹いて、頭上の葉がいっせいにざわめく。
「……マイ。そう、ありがとう」
それだけ言って、楢彦は大木の幹を見上げた。何かを確かめるように。その横顔は、さっきまでよりずっと硬く見えた。
「あの!」
気づけば、声が出ていた。
「うん?」
「夢の原因を知ってるって、さっき……」
「ああ、そうだった」
楢彦がこちらに向き直る。
「君たちの夢に出てきた神社の少女。それは多分、下伊良原の高木神社にいる銀杏姫さ。下高木の銀杏姫」
「下高木の……銀杏姫」
口の中で繰り返した瞬間、あの夢の景色がよみがえった。境内を埋め尽くす黄色い葉。足元に、ふかふかと積もった扇の形の葉っぱ。そう言えば、あの黄色い葉はイチョウだった。
「彼女は人が好きでね。よく子供の前に姿を見せるし、時には夢に出てお告げを残したりもする。夢に現れて、黄色い着物で神社にいたのなら、まず間違いないだろう」
「夢にお告げを残すなんて、そんなことができるんですか……?」
ムツキが眉をひそめる。
「もう何となく分かっていると思うけれど、彼女は人ではないよ。彼女は下伊良原の高木神社で五百年以上、御神木を務めてきた高木神さ」
隣で、アサノ君が小さく息を呑むのが分かった。アサノ君が図書館とインターネットで調べ上げて、私達に教えてくれた名前。タカミムスビノミコトの別名、高木神。同じ字なのに、楢彦の口から出たそれは、違う言葉に聞こえた。
「あの……」
アサノ君が、かすれた声で尋ねる。
「高木神とは、高木神と異なるものなんでしょうか」
「同じということも出来るし、違うということもできる」
「では、彼女はタカミムスビノミコト、あるいはその眷属か何かですか?」
「……タカミムスビノミコトとは言えないけど、眷属と言えなくもない。由緒を言えば、もっと古い存在だ。今は神社という形をとっているけど、元は修験道の施設であり、さらに古くは高木信仰の聖地でもあった」
「高木信仰……」
「大昔、僕が生まれるよりずっと前、先々代のころになるのかな。人は死ねば木に還るという考えを持っている人たちが、この辺りに住んでいたんだ。死者が出れば死体を高い木の根元に置き弔った。『木の一部となり、私達を見守ってください』と、そうお願いをして。そうやって人間と長い間、一緒に暮らしてきた存在を僕は高木神と呼んでいる」
一息ついて、楢彦は続けた。
「修験道が栄えてからは大行事権現と呼ばれることがあったのも事実だし、神社となってからはタカミムスビノミコトの眷属として扱われているというのもあながち嘘ではない。そんなところかな」
修験道よりもさらに古い何か。長い歴史を経て名前が変わってきた存在。
「あの、あなたはどうして、そんなことを知ってるんですか」
少し緊張した声でそう聞いたのはムツキだった。何となく分かっていたとは思う。ただ、それでも聞かずにはいられなかったのかもしれない。
「僕は上高木の楢彦。この高木神社の御神木で……」
楢彦は傍らの大木に歩み寄り、その幹にそっと掌を当てた。見上げてもまったく木のてっぺんが見えない大きな木。
「こっちが僕の本体。この姿は、人と話すのに都合がいいから、昔友達だった人の姿を借りているだけさ」




