マムシ
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今日、神社で聞いたことをアオイから聞きながら、旧国道への道を下る。あぜ道とは違い、人が何度も歩いてきたことで自然と草が生えなくなったたたきの土間のような小道。最近はダムで人が減ったせいか、草が道に覆いかぶさっているところが目立つ。
「……で、先生に触れたら煙みたいに、ナラヒコ君?が消えちゃったんだ」
「えー。それ、本当?」
「本当、僕も見た」
「先生には全然見えていないようでしたね」
「だよね」
どういうことだろう。記憶の中のナラヒコ君とは、『かくれんぼ』や『おやゆび相撲』をして遊んだ気がするが、触ったら消えてしまったなんて記憶はない。不思議な雰囲気のする、どこか少しだけ大人びた雰囲気のある子だなと思ったくらいだ。
ジルチにそれる獣道を進むと、どういうわけか首の後ろがぞわっとした。思わず足を止めると、微かに沼の方から何かが水を跳ねる音が聞こえてくる。
「何か音がしませんか?」
耳をすます。風の音でもない、川のせせらぎでもない。ぴちゃ、ぴちゃ、という音。いつもなら、オタマジャクシは何層にも重なって、驚くほど静かに沼の底にいるだけなのに。
再び、足を進めるとすぐに沼に着く。
「……え」
蛇だった。
一匹や二匹ではない。沼の端から端まで、何百匹、いやひょっとしたらもっと。茶色の体に丸い不気味な模様。三角の頭。
「マムシ……」
田舎育ちなら誰もが知っている猛毒を持つ蛇。噛まれれば最悪命が危ない。そんな蛇だった。オタマジャクシ達は必死に逃げようと手足をばたつかせているが、狭い沼の中に逃げ場はない。どこへ逃げても逃げた先にまたマムシがいるのだ。
次々とマムシは口を開け、逃げ場のないオタマジャクシを丸呑みしていく。ひとつ飲み込めば、すぐに次の獲物へ。地獄絵図とはこういうことをいうのかもしれない。そんな光景だった。
「うぇっ!何これ……」
「ひっ! 」
悲鳴を漏らしたのはアオイとムツキだった。目の前の光景に顔を青ざめ硬直している。
「うわ!」
少し遅れて声を上げたのはアサノ君。あまりの光景にみんな硬直していた。
「私……、私が見た蛇の夢は、きっとこれだったんだ」
確かにアオイが最近見たと言った光景に似ている。逃げていたのは人間ではなく、オタマジャクシだったのか。でも、それが分かっていたとしても何ができるというのだろうか。
「……下がろう。僕達に出来ることはないよ」
冷静にそう言ったのはアサノ君だった。確かにアサノ君の言う通り、私達に出来ることなんてないし、この近辺にはマムシがたくさんいるのがこれで分かった。もう近づかないほうがいいだろう。そう思い、下がろうとした瞬間だった。
足が動かない。下げようとした右足は酷く重たい気がした。足を見ても何も絡みついていないし、沼地に足を突っ込んだわけでもない。
力いっぱい持ち上げようとすると、今度は意図に反して、大きく持ち上がった。
ううん。違う。
正確には、見えない何かに持ち上げられた。
体は大きく傾き、転倒する。べちゃっという音。そして、髪が、背中が濡れる感触。
「え……、嘘!?」
咄嗟に、何が起きたか分かった。私は倒れ、あの蛇だらけの沼に、倒れ込んだのだ。腕の下で何かがぐにゃりと動く。背中の下でも。私に押しつぶされそうになっているマムシが、私の体の下で酷く暴れているのが伝わる。
『マムシは臆病だが、攻撃されれば反撃する』、そんな気性の持ち主だと、お爺ちゃんが教えてくれたのを思い出す。だから『決して攻撃してはいけない』と。
「いやっ!いやああッ!」
今すぐ逃げなきゃ。そう思い体を起こそうと、左手をつくとまた手のひらにあのぐにゃりとした感覚が走った。それとほぼ同時に誰かに足を引っ張られる感覚。ずるずると足を引っ張られ、気づけば沼の外に引きずられていた。アオイ達が足を引っ張ってくれたのだ。
――た、助かった?
体を起こし、立ち上がろうとしたその時、声がした。
「マイ……、それ」
ムツキの声だ。血の気が引いた顔で私の左腕を指している。視線を動かすと、腕の真ん中辺り、頭は見えないが裏側から茶色で丸い模様を持つそれが腕に巻き付いていた。
――ッ!
声にならない声を発して、はたき落とした。そして同時に気づく。
左腕にできた2つの小さな穴から血が垂れていた。
噛まれたことはない。けれど知っている。これは蛇の噛み跡だ。
それもひとつではない。
3つ。
ひょっとしたら見えないところにまだあるかもしれない。一箇所でも下手をすれば命が危ないということは伊良原の子供ならみんな知っている。それが3箇所。
「ね……、ねぇ。これってマムシの噛み跡よね……? うち……、うち、死ぬのかなぁ。ねぇ?」
誰でもいいから『大丈夫、そんなことはない』。そう言ってほしかった。
顔を真っ青にしている3人を見て、私の意識はブラックアウトした。




