高木神社
下校の鐘が流れ、その場は一旦解散となったが、どういうわけかムツキの言葉が頭から離れなかった。呪われているのは、私達ではなく村。そういうこともあるのか、と考えながら、ムツキとアサノ君、3人で端の上を歩いた。
「ねぇ、2人は明後日、暇?」
そう声を出したのはアサノ君だった。今日は木曜日、つまり明後日は土曜日だ。頭の中で何か予定があったかなと検索を掛ける。
「別に何も予定はないかな」
「私も特に用事はありませんね」
「もしよかったら、神社に行ってみない?」
「高木神社?」
「そう」
丁度、横を通る国道496号を青のフォレスターが下っていく。
「神社の夢、神社での怪我、神社の木。鹿はわからないけど、繋がりがあるとしたら、神社じゃないかなって思うんだ」
「良いんじゃないでしょうか」
「うん。ついでだから先生も誘ってみる?」
「だね」
「ですね」
「何か分かるかな」
「どうだろ、でも分かるとしたら神社くらいしか思い浮かばないんだよね」
「ですね」
土曜日、学校に集まったのは私とムツキ、アサノ君、そして大和先生の四人。マイは用事があるとのことで、今日は来れないらしい。学園の駐車場に停められた青のフォレスターに乗り込み、神社へと向かった。
上伊良原の高木神社に来たのは神楽の晩に続きこれで2度目。昼間の神社はまた一風変わった空気をまとっていた。白い玉砂利が敷かれ、境内の隅にしめ縄が巻かれた木が立っている。
「これが、御神木かな?」
「……しめ縄がありますし、そのようですね」
それなりに大きな木。針葉樹。ただ、ここから見える山の杉の木と比べたら、どうだろう。山にある杉のほうが大きいかもしれない。
「どうも、こんにちは。連絡のあった学園の方ですか?」
振り向けば、神社でよく見る着物のような衣装を着た初老の男性が立っていた。
「こんにちは。昨日は突然のご連絡、失礼いたしました。伊良原学園の大和です」
「ご丁寧にどうも。宮司の若松ちゅうもんです。何でも伊良原の歴史のことを調べよるとか。まぁ、ここでは何ですけん中へどうぞ」
どうやら先生は神社の方に連絡して、いろいろと話を聞けるようにしてくれていたらしい。通された場所は神社の脇にある小さな建物の一室だった。
「この神社の由来が聞きたいいうことでしたね」
若松さんは脇にあった桐の箱を持ってきて、中から古い帳面を取り出した。表紙の角は丸く擦り切れて、少し力を入れたら崩れてしまいそうに見える。
「これは……、神社明細帳ですか」
「おや、よくご存じで」
先生が小さく頷く。私が「何ですか、それ」と聞くより早く、先生が説明してくれた。神社ごとに、祀っている神様や由緒、境内の広さ、氏子の数なんかを書き留めた帳面なのだという。
「さて、ここですかね」
めくられたページは漢字とカタカナの文字が並んでいて、ところどころ読める字はあるものの……。
「うわぁ、全く読めない」
「はっはっは。今の子供たちにはちと難しかろうね。ここが一番最初。神社が出来た理由かな。『官幣中社英彦山神社の神領地なりしにより、彦山開基第四世羅運末代、神領地守護のため、領内四十八個所に、高御産霊神を勧請し、大行事社とし、祭祀する処の一社にして』」
何を言っているか全くわからなかった。横を見ればムツキもマイもアサノ君も同じようだ。若松さんは一旦読むのを止め、また笑うと解説をしてくれた。
「つまり、もともとここは大行事社と呼ばれる修験道の場所だったわけです。英彦山の神領地を守るために建てられた大行事社は全部で四十八あり、ここはそのひとつ。明治になって、高木神社と名前が変わったんですな」
「四十八……」
思わず繰り返す。この小さな神社が英彦山を守るために作られた場所。
「あの」
アサノ君が口を開いた。緊張しているのか、声が少しだけ硬い。
「大行事って、何ですか。神様の名前なんでしょうか」
「さて……」
若松さんは帳面から目を上げて、しばらく天井のあたりを見ていた。
「概ねその通りで、大行事権現という修験の神様から名前をとっておるんでしょう。英彦山の山伏さんたちがずうっと昔から祀っとった神様やけど……。もう既に英彦山の修験は途絶えてしもうたけ、どういう神様で、どういうお祀りをしよったか……そこまでは、もう」
「分からないんですか?」
「お恥ずかしい話やけどそういうことになりますな。うちの曽祖父は山伏やったそうですが、明治に山を下りて、それきり何も書き残さんかった。私は勤め人をしながら講習を受けて、宮司になった口でね。習うたのは、今の神社のお祀りの仕方だけなんですよ」
若松さんはそう言って、帳面を丁寧に閉じた。
「去年の遷座も、教わった通りにきちんとやりました。それで足りとったらええんですけどね」
冗談とも本気ともつかない口調だった。
お礼を言い、社務所をあとにする。境内の階段に差し掛かると、下には以前にもみた少年が階段を上がってくるところだった。神楽の晩と同じ白装束に胸にはふさふさが付いている。道を開けた私とムツキに続き、アサノ君も端に避ける。
すれ違いざまに声が聞こえた。
「あとで昔の高木神社まで来てほしい」
そして、先生は道を譲った私達を不思議そうに見ながら、階段を下りてくる。少年も気にせず階段を上る。
――ぶつかる。
そう思った瞬間、少年の姿は煙のように消えていった。何となく、線香の煙を手で払った時のようだと思った。




