川遊び
翌日の放課後、マイが『気晴らしに川に行こう』というので、マイに連れられて下の川、祓川へ降りてみた。祓川は豊富な水量と綺麗な水質を兼ね備えた河川で、ホタルや鮎、ヤマメ、サンショウウオなど綺麗な水でなければ生きていけない生物の宝庫でもあるらしい。
河原に着き、マイを真似て靴と靴下を脱ぎ川へ入ると、初夏のせせらぎが足に心地よかった。石を拾い、みんなで誰が一番多く跳ねるか水切りをしているとあるものに気づく。川の中に笹で三脚をつくり、真ん中に藁で包んだ何かが吊るされている。
「ねぇ、マイ。あれは?」
「あー、あれは『お旅所』やね。神様が休憩するところって言えばいいんかな?」
「お旅所……」
「この間、神幸祭があったやん。神幸祭の最中、お神輿が出て村の中を練り歩くんだけど、神輿が川を渡る場所にはあれを作ってここは『ここは神様が通る神聖な場所ですよ、怪我をしませんように』ってお旅所を作るんやね」
「へぇー。石は当てないほうが良さそうだね」
「うん。罰が当たると思うから絶対やめて」
「吊るされてるのは?」
「お米やないかなぁ、多分。昔は『あわ』とか『ひえ』とかのこともあったらしいけど」
「お供え物ってことね」
「そうそう」
「マイ、あっちに見える塔みたいなのはなんですか? 明らかにコンクリートで出来ているみたいですが」
「あー、あれは何だろう。昔水位を測るとか、聞いたことがあるけどよくわからんのよね。うちはアレ使ってるの、見たことないし」
「水位観測塔だっけ、ちょっと形は違うけど僕の街にもあるよ」
「へぇー、ちゃんと名前あったんやね」
「多分だけどね」
「あ、そう言えばちょっと帰り寄り道してこ。見せたいものがあるんやった」
マイについて少し遠回りの細い道を歩く。川から5分と歩かずに、沼のような場所にでた。よく見れば水面の表面はところどころでこぼこしており、何かが水中から飛び出ていることがわかる。マイと私は近くまで近づき、ムツキとアサノ君は何かに気づいたのか少し離れたところで止まった。
「これ、何かわかる?」
水際でしゃがみ込んだマイが指でつついたそれは、小指の先ほどの小さな半透明の球体。それもよく見ればそこら中に存在する。伊良原に越してきてからは全く縁が無かったけど、よく知っているアレだった。
「タピオカだ!」
一瞬、沈黙が広がる。
「……ぷっ」
振り向けばムツキが手の甲を口に当て笑いを堪えており、隣のアサノ君も体をくの字にして笑っていた。
「……ひど! アサノ君まで」
「だって、あんな……、自信、満々な顔で……タピオカ!……って」
沼の中を改めて見直しても、私にはタピオカにしか見えない。ただまぁ、こんなところに落ちてるわけもないよね、とは思わなくもないけど。
「……いや、うん。……確かに、泥水の中だと……、タピオカミルクティーに、見えるかも……?」
マイの言葉で再び笑いが森の中に広がる。
「もう!」
「あはは、ごめんごめん」
一通り笑われたあと、これの正体をマイに確認する。
「結局、何なのこれ?」
「これ、カエルの卵なんよ」
「……わへ?」
「わへ?」
思わず変な声が出てしまう。よく見れば沼のあちこちに半透明の球体が、いや、違う。10畳ほどの広い沼を半透明の球体が覆い尽くしている。
「うわぁあああ!!!これ全部!?」
思わず飛び退き、立ち上がる。とんでもない数だった。多分、万なんてものじゃない。ヘタをすれば100万。いや、もっと多いかもしれない。
正直、カエルは苦手だった。幼稚園の頃はアオガエルを手に乗せたことがある。ペタペタしているしヌメヌメしていて、少し気持ち悪い。始めはそれくらいの印象だったが、突然ジャンプして鼻の頭にへばりついたのだ。大泣きしたのを覚えている。それ以来、カエルは苦手だった。アニメ化されたものであれば可愛いと思わなくもないが、リアルのものは未だに好きになれない。
あー、そうか。ムツキとアサノ君はこれが何か分かったから沼に近づかなかったのか、と思い当たった。できれば教えてほしかった。
「あはは。これ全部カエルの卵。すごくない?」
「うえぇ。すごいけど、ね」
「ですねぇ、マイのように直接触る勇気はあまりありませんね」
「僕も」
「アサノ君もかぁ」
「マ、マイはカエル好きなの?」
「まぁ、好きな方やね。幼稚園のころ、ここのオタマジャクシをちかっぱ取って、家のお風呂いっぱいに溜めたことがあるんやけどさ。仕事から帰ってきた母さんが、浴槽いっぱいのオタマジャクシを見て卒倒したことがある」
再び笑いが起こる。酷い話だ。仕事で疲れて帰ってきて、お風呂に入ろうとしたらオタマジャクシだらけの水風呂だったとは。私も卒倒するかもしれない。
「あとは、ほら。カエルが多い年は豊作になるんよね」
「そうなの?」
「村の迷信かもしれんけど、害虫を食べてくれたりするんやって。なので、あまり悪いものではないって昔から教えられてるのもあるかもね」
「へぇー、じゃあ縁起物、みたいな感じなのか」
「そうそう、そんな感じやね」
キーンコーンカーンコーン。下校の予鈴が高台の学校から響いてきた。
「もう暗くなるし、戻ろっか」
マイの言葉を皮切りに、学校への道を戻った。そういえば気晴らしに下に降りてきたんだったと思い出す。
まぁ、気晴らしにはなった、のかもしれない。




