異常
神楽鑑賞を終え、寮への道を自転車で帰る。
「タク君、大丈夫かな?」
「どう、でしょうか。完全に折れていたので、大丈夫とは言えないような気がします」
「そっか。そうだよね……」
伊良原大橋の上で自転車を止めると耳を切る風が途切れ、遠くに祭囃子が小さく聞こえるのがわかった。見下ろした湖面には白い月が映り込んでいる。
「ごめん。ムツキ。私、気になってることがあるんだけど」
「アオイもですか? 私もです……」
「ムツキも?」
「はい」
「私から言うね」
「はい」
「私が気になったのはタク君の骨折した場所。普通じゃないと思った。太ももの骨って人体でもっとも頑丈な場所なんだ。宙返りで骨折ってよくあるけど、そのほとんどはスネの部分か関節。太ももが真っ二つに折れたりはしない。だから……、あの折れ方は変っていうより、そう。異常だと思った」
「確かに。言われてみれば、関節が先に折れてしまう印象がありますね……」
「うん」
「でもアオイ。よくそんなことを知ってましたね」
「実は、私ちょっと前まで体操やってたんだ。……まぁ、色々あってリタイアしちゃったんだけど。体操やってた子が見れば、あの骨折は普通あり得ない。絶対そう思う」
「リタイア……、そう、だったんですか」
ムツキは『何と言っていいかわからない』そんな顔をしていた。私もまだ深堀りされたい話題ではない。そう思う。
「ムツキが気になっていることって?」
「あ、えっと。私が気づいた点はもう少し前です。タク君が勢いをつけるために上半身を沈めて、勢いよく飛び上がった後、着地する前……」
「着地する前……」
「ゴキッって音がしましたよね」
「うん。多分、骨折の音だよね」
「はい。ですが、あのゴキッって音。着地より前に聞こえた気がするんです」
「え? ほんとに?」
頭の中であの場面をもう一度振り返る。タク君が綺麗な姿勢でジャンプして、空中で回転し、余裕のある着地体勢を取り……ゴキッ、ドンという転倒する音。
ムツキの言う通りだった。
「本当だ。言われてみれば、わずかに……着地する前に音がしてる……」
「普通に考えれば、着地の衝撃で骨折したんだと思いますよね。じゃあ、ドンという音と同じくらい、あるいはその後に骨折の音がしないとおかしいですよね」
「……タク君は着地の衝撃で骨折したんじゃない……?」
「ええ。落ち着いたら、本人に一度聞きたいところですが、タク君は『着地に失敗して骨折した』んじゃないと思います……」
その通りだ、それでは順番が合わない。
「……つまり、タク君は『骨折したから着地に失敗した』?」
月明かりに照らされ、真剣そのものの表情をするムツキはゆっくりと首を縦に振った。




