8
そして迎えた、運命の御前会議(公式会議)の当日。
国王陛下をはじめ、国の重鎮(父含む)、各省の大臣、そして高位貴族たちが円卓を囲む、荘厳で重苦しい空気の広間。前世では時代遅れの
私は、きらびやかなドレスではなく、黒と濃紺を基調とした、美しくも飾り気のない「実務用の夜会服(礼服)」を身に纏って出席していた。私の背後には、父アゼル公爵と、軍部のバルガス将軍が控えている。
円卓の向かい側には、ユリウス王太子が座っている。彼はなんだかそわそわとしており、心ここにあらずといった様子だ。(おそらく、早く会議を終わらせて女遊びに行きたいのだろう)
会議の議題が、いよいよ「王太子の婚約問題」へと移った瞬間。
王家寄りの保守派の筆頭である、白髭の侯爵が立ち上がり、バンと机を叩いた。
「国王陛下! 先日より巷で噂されております、ユリウス殿下とセリア公爵令嬢の婚約破棄の件! 断じて認められません! 建国の功臣であるエッカルト公爵家との結びつきを自ら断つなど、王家の権威を失墜させる愚行ですぞ!!」
侯爵の怒鳴り声に、周囲の貴族たちも「そうだそうだ」と頷く。
ユリウスは顔を青ざめさせ、「し、しかし俺は……真実の愛を……」などとモゴモゴ言い訳をしている。場違いな新入社員が紛れ込んでいるようだ。
私は、すっと立ち上がった。
会議場の視線が、一斉に私に集まる。
(さあ、お前ら、全員私の台本通りに踊れ!)
私は反論するどころか、静かに、悲劇のヒロインのように目を伏せ、側近に命じて「例の書類」を参加者全員の席に配らせた。
「皆様、どうかお静まりください。わたくし個人のことで、国の重鎮たる皆様が争うなど……わたくしの本意ではございません」
「セリア公爵令嬢……この書類は?」
国王陛下が怪訝そうに書類を手に取る。
「それは、本日付けで正式に受理された『国防に関する上申書』および、それに付随する『法意見書』でございます」
私は、あくまで「自らの意思」ではなく、「国の決定に従っている」という受動態のスタンスを崩さずに語り始めた。
「昨今の隣国との緊張状態を鑑み、我がエッカルト公爵家は、国家の安全保障のために、先祖代々受け継いできた『精霊砂鉱山』を、完全に国へ捧げる(国有化する)ことに同意いたしました」
会議場が、水を打ったように静まり返った。
あの銀箱の鉱山を、国に差し出すだと!? と、全員の顔に書いてある。
「なんと……! それは真か、アゼル公爵!」
保守派の侯爵が父に問いただすと、父は重々しく頷いた。
「うむ。娘の……いや、公爵家としての総意だ。国あってこその貴族であるからな〜」
「ほお、素晴らしい愛国心だ! これなら軍の備蓄は万全となるぞ! 実に素晴らしい」
すかさず、軍部のバルガス将軍が立ち上がり、大声で称賛した。
私はさらに続ける。
「この鉱山の国有化に伴い、国は『戦時国家補償法』に基づき、我が家に正当な対価(補償金)を、次期の『国家防衛予算』から支払うことが、既に法務局の審査を通過し、決定されております」
「な、なんだと!? 防衛予算から補償金を出すだと!? そんな馬鹿な! ただでさえ国庫は厳しいのだぞ! 予算の無駄遣いだ!」
保守派の貴族が顔を真っ赤にして叫んだ。
よし、来た。想定通りだ。
私が口を開くより早く、バルガス将軍が机を蹴り飛ばさんばかりの勢いで立ち上がった。
「予算の無駄遣いだと!? 国防の予算を無駄とは何事か!! 貴様ら文官は、国境で血を流す兵士たちの命を何だと思っている!! 精霊砂の安定供給は我らの悲願! それに正当な対価を払うのは当然の義務であろうが!!」
「ぐっ……し、しかし……!」
(あーっはっはっは!! いいぞ将軍! やれやれ。身内同士(保守派vs軍部)で勝手に潰し合え! 私は安全圏から高みの見物させてもらうわ!)
私は心の中でポップコーンを食べながら、静かに争いを見守った。
軍部という実力行使組織に凄まれ、保守派の貴族たちはぐぬぬと黙り込むしかない。
何しろ、補償金のロジックは現実の「高速道路建設時の立ち退き料」と全く同じだ。国が無理やり個人の財産を接収するのだから、将来の利益分を補償するのは法的に「正当」なのである。
しかも、その財源は王室費ではなく「税金(国防費)」だ。
本来、王子のワガママによる婚約破棄の違約金は王室が払うべきだが、私はこれを「鉱山の代金(補償金)」という名目にすり替え、税金から合法的に引っ張り出すスキームを完成させたのだ。
「公爵家には、これだけ巨額の補償金を国からいただくことになります。ですから……」
私は、あえて声を震わせ、涙をこらえるような健気な声を出した。
「ユリウス殿下からの、婚約破棄に伴う違約金は……『もういただいたものとして、全額免除(相殺)』とさせていただきます」
「なんだと……!?」
国王陛下が息を呑んだ。ユリウスも目を丸くしている。
彼らからすれば、「王室の財布を痛めずに婚約破棄できる」という、奇跡のような申し出に聞こえるだろう。
「セ、セリア……お前、そこまで我が王室のことを……」
ユリウスが、少しだけ罪悪感に苛まれたような顔で私を見る。
(うわ、お前のためじゃねーよ。税金から違約金以上の額をふんだくるためだよ。勘違いすんなよ)
そして、私は最後の一手を放った。
「では、なぜ『鉱山国有化』と『婚約破棄』がセットでなければならないのか。皆様、お手元の法意見書の3ページ目をご覧ください」
全員が一斉に書類をめくる。
「王室の古い貴族法、第4項12条。そこにはこう記されております。
『国家の重要防衛資源を運営・管理する組織(国軍や財務部)は、特定の高位貴族と密接な利害関係を持ってはならない。これは、特定の家門が国家の防衛力を私物化するのを防ぐためである』……と」
静寂。
圧倒的な、思考停止の静寂が会議場を包み込んだ。
「……つまり」
私は、凛とした声で、冷徹に事実のみを告げた。
「我が家が鉱山を国に渡し、国防計画を進める以上、癒着を防ぐために、わたくしとユリウス殿下の婚約は……『法律上、強制的に解消』されなければならないのです。これは、わたくしの意思でも、殿下の意思でもありません。建国以来、この偉大な国の法が、そう定めているのです」
完璧なロジックの罠。
ここで周囲の貴族が「いや、婚約破棄はするな!」と反対することは、すなわち「公爵家の鉱山を国有化するな=国の防衛計画を中止しろ=軍を弱体化させろ」と要求することと同義になる。
隣国との緊張が高まっているこの非常時に、「国の防衛を止めてでも、王太子の婚約を維持しろ」などと主張できる人間が、果たしてこの場にいるだろうか?
いれば、そいつは間違いなく国賊扱いされ、軍部から物理的に首を飛ばされるだろう。
「…………」
先ほどまで声高に反対していた保守派の侯爵も、完全に口を閉ざし、わなわなと震えている。
軍部の将軍たちは「防衛のためなら仕方ない!」と大きく頷き、国王陛下は「法の定めで、国のためとあらば……」と苦渋の決断を下す顔になっている。
誰一人として、反論できない。
反対すれば、自分たちが「国益を損なう者」として糾弾される状況を、私が事前に完璧に作り上げたからだ。
「わたくしは……国のために、愛する殿下との未来を諦めます。どうか、わたくしたちの自己犠牲を、この国の平和のための礎としてくださいませ……!」
私は、両手で顔を覆い、すすり泣く(ふりをした)。
(チェックメイトだオラァ!! ぐうの音も出ねえだろ!! これで私は合法的に婚約破棄! 実家には税金から莫大なキャッシュがチャリンと入り、私は『国のために愛を諦めた悲劇の愛国令嬢』として歴史に名が残る!! 完璧! パーフェクト!!)
会議場は、感動と悲壮感に包まれた。
誰もが、身を削って国に尽くす公爵令嬢の気高さに涙し、そして誰もが、この強固な法的・経済的スキームの前で、婚約破棄を承認するしかなかった。
「一つだけ、異議がある」
保守派の貴族が、重苦しい表情で口を開いた。
「公爵令嬢殿。今回の精霊砂鉱山の国有化に伴う補償額、平時の見積もりよりも不自然に高額に見えますな。……まさかとは思いますが、殿下との婚約破棄に伴う『私的な慰謝料』が、国防費の中に紛れ込んでいるのでは? もしそうなら、これは公金の不正支出にあたりますぞ」
議場がザワつく。しかし、私は表情ひとつ変えず、手元の膨大な資料から「軍部が作成した有事の兵站シミュレーション」のページを示し、静かに答えた。
「閣下、ご懸念はもっともです。そして、ご指摘頂いた事に感謝致します。この算定額は我が家の希望ではなく、軍部兵站総監部が弾き出した『有事における隣国からの供給途絶リスク』を織り込んだ防衛インフラとしての公的な評価額です。それに、もし我が家が私利私欲で動いているとお疑いなら、こちらをご覧ください。我が公爵家は本日付で、王家に対する婚約破棄の違約金請求権を『全額放棄』する旨の誓約書を法務局に提出しております(しれっと紛れさせていた)我が家は国のために鉱山利権を手放し、王家への請求権も捨てました。これ以上の何を、公金の目的に反すると仰るのですか?」
「……公爵家がそこまで国に尽くすというなら、これ以上は家門の忠義を疑うことになりますな……異議を撤回させてもらう。我らが守りたかったのは、王家と公爵家の結束であって、公爵家を辱めることではない。そこは誤解せぬよう願いたい」
「勿論です」
疑惑を持たれることすら計算済みよ。数字の名目と見せ方を完璧に変装させておく。でも、手強い奴がいるのね。
これでようやく、これ以上争うメリットがない盤面を作った。
「……分かった。セリア公爵令嬢よ。その忠義、見事である。法と国益に従い、ユリウスとの婚約は、本日をもって正式に白紙とする!」
国王陛下の力強い宣言が響き渡った。
(ソロ活自由確定いただきましたーーーー!!!!)
こうして、私は前世のビジネススキルと法の抜け穴をフル活用し、周囲の誰一人として損をさせず(いや、国庫(税金)は痛んでるけど私の知ったことではない)、全員を納得させた上で、見事に鬱陶しい政略結婚からの脱出を果たしたのである。
会議の後、私は足早に一人馬車に乗り込み、王宮を後にした。
窓の外の青空が、今日は一段と美しく見える。
「さて……これで晴れて自由の身ね。実家は潤ったし、私は領地の別荘にでも引きこもって、一生遊んで暮らそうかしら。父は娘溺愛だし。あ、でもその前に、エレナに送りつけた『王太子妃教育マニュアル』のスパルタ家庭教師の進捗確認だけはしておかないとね。彼女には、せいぜい王妃という名の新しい『社畜』として頑張ってもらわないと」
私は、馬車の中で、誰にも見られない満面の、そして最高に邪悪な笑みを浮かべた。
他人に無関心で、人間嫌い。
でも、自分の安全で快適な「おひとりさまライフ」を守るためなら、私はどんな権力者だって手玉に取って見せる。
異世界転生、案外悪くないかもしれない。
私の完璧なソロ活は、今、ここから始まるのだ。




