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そして、抱きついているエレナが、上目遣いで私を見つめながら、不自然に語尾を伸ばした甘ったるい声で喋り始めた。
「セリア様ぁ〜……ごめんなさいぃ。私、ユリウス様に『君なしでは生きていけない』って言われちゃってぇ……。セリア様がユリウス様の婚約者だって分かってるのに、自分の気持ちに嘘がつけなくてぇ……。私を、憎んでもいいんですよぉ?」
私は心の中で悲鳴を上げた。
なんだその声!? 喉にヒキガエルでも詰まってんの!?「憎んでもいいんですよぉ?」ってなんだよ! 悲劇のヒロイン気取ってんじゃないわよ! お前がやってるのはただの不倫未遂(まだ結婚してないけど)だからな!? 何被害者ぶってんだ!!
あまりの怒涛のバカ言動に、私の前世の毒舌回路がハイギアで回転し始める。
(真実の愛? 魂の引き合い? 笑わせんなよ! 要するに『身の丈に合わない金持ち権威男を捕まえて一発逆転したい女』と、『自分のイエスマンになって甘やかしてくれる扱いやすい女が欲しい男』の、利害が一致しただけの古典カップルだろ!! それを『運命』とかいう便利な言葉でデコレーションすんな!! 恥ずかしくないのか!? 賞味期限の切れた生ゴミにリボン巻いてプレゼントにするような真似やめろ!!)
だが、私の見た目は「淑女の鑑」セリア・フォン・エッカルトである。
私は、両手を胸の前で合わせ、ぽっと頬を染めると、感極まったかのように目を輝かせた。瞳にはうっすらと涙すら浮かべてみせる。
「まあ……! なんて、なんて素晴らしいのでしょう……!」
「「えっ?」」
ユリウスとエレナの声が綺麗にハモった。
嫉妬に狂ったセリアからドロドロとした罵声を浴びせられるか、悲痛な叫びを聞かされると予想していた二人は、完全に拍子抜けした顔をしている。
私は二人に一歩近づき、エレナの手を優しく(そしてガッチリと逃げられないように)握りしめた。
「マロン男爵令嬢……いいえ、エレナ様とお呼びしてもよろしくて? 素晴らしいわ! 殿下がこれほどまでに情熱的にお心を開かれるお相手が、ついに現れたのですね! 身分や立場を超えた真実の愛……まるで吟遊詩人が歌う美しき神々の物語のようですわ!」
「え、あ、はい……? 物語……?」
エレナが困惑して目をパチクリさせる。
私はユリウスの方へ向き直り、深く、深く頭を下げた。
「ユリウス殿下! わたくし、感動いたしました! 殿下がご自身の幸せのために、王太子の重責に立ち向かい、真の愛を選び取ろうとされる、そのお姿……! 誠に感銘を受けました! わたくしに遠慮などなさらないでくださいませ! お二人の愛の架け橋となれるのであれば、わたくし、どのようなご協力でも惜しみませんわ!!」
(お前ら最高のバカップルだな!! そのまま一気に突き進んで早く、私との正式な婚約破棄の書類にサインしろ!! 私が全力で後ろから背中押してやるからな!! 二度と戻ってくるなよ!! 悠々自適なソロ活が待ってんだ)
私の圧倒的な熱量と、完璧すぎる「応援スタイル」に、ユリウスの顔色がどんどん悪くなっていく。
彼は、自分が圧倒的な優位に立って、セリアをいたぶり、嫉妬させ、優越感に浸るつもりだったのだ。それなのに、当の婚約者から「全力で応援します! 早く結ばれてください!」と笑顔で推されてしまったのである。
「せ、セリア……お前、狂ったのか……? 俺とエレナが結ばれるということは、お前が王太子妃の座を失うということだぞ!? 公爵家としても大損害のはずだ!」
「いいえ、殿下」
私は優しく微笑み、聖母のような神々しい後光を背負って言った。
「誰かの犠牲の上に成り立つ王太子妃の座など、わたくしには重すぎます。何より、殿下が愛していない者と生涯を共にするなど、殿下ご自身にとっても不幸なこと。わたくしは、殿下の本当の幸福と笑顔を望んでいるのです。そのためなら、地位も名誉も、喜んで手放しましょう(地位も名誉もいらんから自由をくれ)」
「っ……!!」
ユリウスはまるで、想像を絶する怪物でも見るかのような目で私を見つめた。
彼のしょうもないプライドはズタズタだ。
「俺を愛して苦しむセリア」を見たかったのに、「俺の幸せのためにあっさりと身を引くセリア」を見せつけられたのだから。これでは、嫉妬に狂っているのは自分の方ではないか、と錯覚してしまうほどである。
「う、うそ……セリア様、怒ってないんですか……? 私を恨んだりしないんですか……?」
エレナが想定外の展開についていけず、アホ面で呟く。
恨む? ハッ、誰がそんな無駄なリソース(時間と労力)を、お前みたいな無駄に割くかよ。お前を恨む暇があったら、美味しいもの食べながらこの世界の旅行プランでも練るわ。
「恨むなんて、とんでもない! わたくしはエレナ様を歓迎いたしますわ! これからは、王太子妃としての心構えや、貴族社会のマナー、歴史、法学、社交マナーなど、学び残したことが山ほどおありでしょう? わたくしが家庭教師の手配からカリキュラムの作成まで、全力でサポートさせていただきますわね!」
(お前、王太子妃になるなら地獄の教育プログラムが待ってるからな。私に押し付けられたスパルタ教育を全部お前にスライドしてやるよ。死ぬ気で勉強しろ。途中で周囲からは見限られて、私のソロ活を汚すことは許さん)
「ひっ……! べ、勉強……!?」
エレナの顔から一気に血の気が引いた。どうやら彼女は、「王太子の愛妻」になれば、毎日ドレスを着てお茶会をして遊んで暮らせるとでも思っていたらしい。おめでたい頭だな。貴族社会の義務を舐めんなよ。毎日毎日、外交や公務と、地獄だぞ。
「では殿下、わたくしはこれで失礼いたします。お二人の輝かしい未来に、神のご加護があらんことを!」
私は完璧なカーテシーを決めると、一切の未練もなく、優雅に踵を返した。
背後から「あ、待て! セリア!!」というユリウスの焦ったような声が聞こえたが、聞こえないフリをしてスルーした。歩行速度は崩さず、しかし着実に彼らとの距離をとる。
建物の陰に入った瞬間、私は心の中で盛大にガッツポーズを決めた。
(あのバカ王太子の顔!! 『あれ? 俺、なんか思ってたのと違う……』みたいなポカンとした顔!! 私の完璧な営業力とリスクヘッジ能力を舐めるなよ!! これでユリウスは私にマウントを取れなくなり、エレナは王太子妃教育の恐怖に怯え、私は『身を引く健気な令嬢』として周囲からの同情と評価を独占!! そして心を病んだとかなんとか適当なことを言って社交界引退。完璧すぎるシナリオだわ!!)
相手の力を利用して流し、自分は安全圏に避難する。これぞ、現代社会を生き抜いた社畜の智慧である。
「さて……次はエレナに大量の教科書を送りつける手配をしないとね。公爵家のコネを使って、一番厳格で有名な鬼家庭教師を雇ってあげようかしら」
私の唇に、営業用ではない、本物の邪悪で愉悦に満ちた笑みが浮かんだ。
人間は大嫌いだ。
だが、自分の平和なソロ活未来を守るためなら、私はいくらでもこの「完璧な公爵令嬢」という戯曲を演じ続けてやる。
待ってろよ、自由気ままなお一人様ライフ!! 私が絶対に掴み取ってみせる。




