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【完結】くだらないので、さっさと婚約破棄したらどうです?  作者: 逆立ちハムスター


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3

朝。小鳥のさえずりが心地よく響く、エッカルト公爵家の私の部屋。

天井に描かれたフレスコ画を見つめながら、私はベッドの上で盛大なため息をついた。


(ああ……起きたくない。社畜時代もそうだったけど、朝というシステムそのものが人類に対するハラスメントなのよ。なんで人間って毎日起きて活動しなきゃいけないの? 一生冬眠してたい。ていうか、ドレス着るのがマジで苦痛。あのコルセット開発した奴、前世の駅の排除アート作った奴と同じくらい地獄に落ちてほしいわ)


「セリア様、おはようございます。今朝もお美しいですね」


専属メイドのアンナが、完璧に保温された銀のポットと洗面用の温水をもって部屋に入ってきた。

私は瞬時に、布団の中で死んだ魚のような目をしていた顔面筋肉をストレッチし、朝の光に照らされた一輪の百合のごとき清らかな笑みを完成させた。


「おはよう、アンナ。いつも丁寧な準備をありがとう。あなたの淹れてくれるハーブティーは、私の朝の唯一の癒やしよ」


「まあ! もったいないお言葉ですわ、セリア様!」


アンナがわかりやすく頬を染めて嬉しそうに身をよじる。今のところアンナは人がいい。というより、なにか別のベクトルの感じもしなくもないけれど。


基本的に、使用人に対しても、人当たりを良くしておくだけで朝から機嫌よく働いてくれるし、お茶の質も上がる。これぞ前世で培った「職場環境を快適に保つための低コストな人間関係投資」である。心の中では『無駄な建前など省け』と思っているが、口に出す必要はない。


「セリア様、本日はどのドレスをお召しになりますか?」


アンナの弾んだ声が、私の私室に隣接する広大なクローゼット部屋に響き渡る。部屋というよりは、商材在庫ほどもあるこの空間には、公爵令嬢である私のために用意された無数のドレスが、まるで美術品のようにずらりと並んでいた。


アンナは目を輝かせながら、一着の豪奢なドレスをうやうやしく掲げた。

「こちらなどいかがでしょう! 先週、帝都の一流デザイナーが仕立てた新作でございます。純白の生地に、これでもかとあしらわれた純金の一角獣の刺繍……! まさにセリア様の高貴さにふさわしい逸品かと!」


(……いや、重いわ)


見た目だけで肩凝りが悪化しそうなそのドレスは、金糸の量が尋常ではない。おまけにスカートの裾には本物の真珠がこれでもかと縫い付けられている。綺麗というより、もはや鎧だ。これを着て三時間の晩餐会を耐え抜いたら、私の華奢な肩は確実に粉砕されるだろう。


「ありがとう、アンナ。でも、少し大袈裟すぎるかしら。今日は気軽なのでいいわ。そういう気分なの、ね?」

「まあ! 流石はセリア様。では、こちらはいかがでしょうか!」


次にアンナが引っ張り出してきたのは、鮮烈なショッキングブルーのドレスだった。

胸元にはこれでもかと巨大なリボン型の宝石が鎮座し、スカート部分は粗悪なメレンゲ菓子のように何重ものフリルが爆発している。さらに、光の加減で七色に光る謎のビジューが散りばめられていた。


(話し聞いてないのかよ)


私は思わず頭痛を覚えて、心の中で額を押さえた。

何これ、悪趣味の極みじゃない。これを着て社交場に出たら、歩く蛍光灯か、あるいは狂い咲いた巨大な毒キノコにしか見えないわよ。前世のセンスから言わせてもらえば、いや、前世も大概だが。いくら公爵令嬢だからって、何を着ても許されるわけじゃない。周囲の目を引くことと、視覚テロを起こすことは同義ではないのだ。


「……アンナ、それも少し華やかすぎるわね」

「そんなことはございません! セリア様の抜けるような白いお肌には、このような鮮やかな色彩こそが真価を発揮いたします! ああ、セリア様が袖を通されれば、どのようなドレスも、たちまち至高の芸術へと昇華することでしょう!」


アンナの私に対するフィルターは、どうやら何重にも強化されているらしい。彼女の瞳には、私を盲目的に崇拝する熱い光が禍々しく灯っている。イエスマンを側に置きたくなる心理は理解できる。主人である私がたとえボロ雑巾を纏ったとしても、彼女は「流石はセリア様、最先端のミニマリズムですね!」と涙を流して称賛するに違いない。その忠誠心はありがたいけれど、公爵家の面目を保つためにも、ここは私が軌道修正しなければならなかった。


「ふふ、ありがとう、アンナ。でもね、私のセンスで選ばせてちょうだい」

「セリア様直々のコーディネートですか!? まあ、光栄でございます! ぜひ拝見させてくださいませ!」


アンナは胸の前で両手を組み、まるで神の啓示を待つ信徒のような目で私を見つめた。プレッシャーがすごい。


私は並んだドレスの海へと足を踏み入れた。

私が求めているのは、とにかく「軽くて」「派手じゃない」ドレスだ。公爵令嬢としての体面を保ちつつ、人間としての快適性を損なわないもの。そして何より、過剰な装飾に頼らない洗練された美しさがあるもの。


ドレスの山をかき分け、奥の方に眠っていたドレスに目が留まった。

「これにするわ」


私が指さしたのは、深い空に鎮座する雲を思わせるほどの白いシルクドレスだった。

無駄なフリルやリボンは一切ない。胸元はすっきりとしたネックで、デコルテのラインを美しく見せるカッティングが施されている。ウエストから裾にかけては、上質なシルクが流れるようなAラインを描いており、歩くたびにしなやかに揺れる仕掛けだ。装飾といえば、袖口と裾に控えめに施された、銀糸の繊細な星屑の刺繍と胸元の僅かな宝飾だけ。


何より、手に取ってみると驚くほど軽い。これなら一晩中踊っても筋肉痛にならずに済みそうな程だ。


「まあ……!」


アンナが息を呑む音が聞こえた。

彼女はドレスと私を交互に見つめ、その目はみるみるうちに感動の涙で潤んでいく。


「な、なんて素晴らしい選択なのでしょう……! 華美な装飾を一切削ぎ落とし、素材の良さとセリア様ご自身の美しさだけで勝負されるのですね! このシンプルさこそが、真の貴族の余裕と品格を表しております! 引き算の美学……まさに流石はセリア様です! 私の浅はかな提案など、足元にも及びません!」


アンナはまるで至高の絵画を前にした批評家のように、熱弁を振るい始めた。

ちょっとシンプルで軽いドレスを選んだだけなのに、やっぱりネジが飛んでいる。または、大袈裟なおべっかだ。どちらにしろ鬱陶しい。


「そう言ってもらえると嬉しいわ。じゃあ、準備を手伝ってくれる?」

「はい! 喜んで!」


アンナは嬉々としてドレスを受け取り、着付けの準備を始めた。

鏡に映る自分を見つめながら、今日は無事に、肩凝りと視覚テロの危機を回避できたと安堵する。

自分のセンスを信じて正解ね。


当然、プライベートでヒールなんて履かない。あれは若い頃背伸びして、足首を何度も痛めた経験があるからだ。


感心するほどの完璧な手際で身支度を整えられ、重厚なコルセットでそれなりに締め上げさせられた私は、公爵家の朝食会――という名の「定例進捗確認会議」へと向かった。

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