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【完結】くだらないので、さっさと婚約破棄したらどうです?  作者: 逆立ちハムスター


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別荘での療養(という名のリゾートバカンス)生活が始まってから、数日が経過した。

私の生活は、控えめに言って「極み」に達しつつあった。


現在、私は別荘の地下に広がる、ローマの公衆浴場テルマエかというほど広大で豪奢な大浴場で、一人悠々と湯浴みを楽しんでいる。これは今や毎朝のルーティーンであり、楽しみなのだ。朝から時間を気にせずお風呂に入る。こんな贅沢が許されるのだろうか。とにかく素晴らしい。


エメラルド領の自然豊かな地下から湧き出る天然の温泉。その水面には、王都では一輪で金貨数枚は下らないと言われる、七色に発光する「幻の月下香」が惜しげもなく大量に浮かべられている。湯の温度は、私の自律神経を極限まで計算した絶妙なカスタム湯加減だ。ドワーフという種族が遺した機械が最先端過ぎて、快適の極みと言っていい。


そして今日のメドレーも、私の大好きな曲(前世)から選出。


誰のことも、騒音の心配も気にせず、私は大声で一人カラオケを開催する。


前世より気に入っているのは、セリアの美声だ。


流石、幼少期から一流の英才教育を数多受けてきた公爵令嬢である。声にまで爵位があるらしい。


私はセリア、もとい自分の美声でメドレーを満喫した後、ナリケローダカが注がれている大きなチューリップっぽい花の花弁を傾ける。


ナリケローダカは、いわゆる、ココナッツジュースに似ている。


花弁に鼻を近づけた瞬間、真っ先に鼻腔をくすぐるのは、甘く優美でありながら驚くほど凛とした、澄んだ青い香り。前世の、一般的なココナッツウォーターに抱きがちな野趣や重たさは皆無。洗練されたフレグランスのトップノートを思わせる、繊細で甘美なアロマ。


最初はそっと一口、唇を湿らせていく感じで味わう。

まさに言葉を失う美味しさ。


口に含んだ瞬間に広がるのは、自然が生み出したとは思えないほど滑らかでシルキーなテクスチャー。サラリとした液体が口内を滑り、微かに舌を包み込むような豊かなコクが押し寄せてくる。糖度の高さを主張するような加工された甘さではなく、清らかで洗練された「和三盆」を思わせる控えめな甘やかさ。そこに、完熟直前の果実特有のフレッシュな酸味がかすかなアクセントとして重なり、絶妙なバランスを描いていく。


余韻もまた格別だった。

喉を通り抜けたあとに残るのは、まるで冷涼な南国の朝風のような爽快感と、微かにミルクのコクを感じさせるまろやかな後味。鼻から抜ける香りの残像が実にエレガントで、花弁を持つ手の仕草までもが自然と洗練されていくような、心地よい緊張感すら覚える。


トロピカルでありながら、どこまでもノーブル。これは単なる水分補給のジュースではなく、五感で嗜む「極上の水分補給芸術」。至福のひとときを約束してくれる、まさに最高の逸品。


その後もごくごくと飲み、課金された喉を潤していく。


「……ふぅ。心すら若返っていくのがわかるわ」


私は湯船の縁に頭を預け、顔面にペタペタと張り付けた緑色の物体を指先で整える。

これは、深い森の奥に住むというエルフの秘伝のレシピを元に、王都の一流学者が形にした「エーテル・モイスチャー・スキン」である。要は美肌パック。


塗った瞬間から肌の奥深くまで繊細な特殊魔力が浸透し、毛穴という毛穴の余分な魔力や汚れを消し去って、真珠のようなツヤ肌をもたらすという触れ込みだ。

長生きするエルフ女子たちも、さぞ肌問題は大変なのだろう。


カツン、カツンと、大理石の床を歩く規則正しいヒールの音が響いた。

仰向けのまま、片目を開ける。

専属メイドのアンナである。彼女は私から少し離れた場所に立ち、深々と一礼した。


「セリア様、失礼いたします。王都の例の『教育係』より、最新の進捗報告書が届いております。お読み上げしてもよろしいでしょうか?」

「ええ、お願い。パックの待ち時間の暇つぶしにちょうどいいわ」


私が目を閉じ許可を出すと、アンナは羊皮紙を広げ、抑揚のない事務的な声で読み上げ始めた。


『報告。対象者エレナ・マロンの王妃教育プログラム、第18日目。

本日も早朝5時より、歴史、法学、宮廷作法、隣国語の暗記を敢行。対象者は「もう嫌だ」「ユリウス様に会いたい」と泣き喚きましたが、ムチ(魔力で痛覚だけを刺激する特注品)の音を聞かせたところ、無事に机に向かいました』


(やってるねぇ! 新入社員のスパルタ研修。さすが私が高給で雇った王都で一番厳しいと評判のマダム・ローザ。容赦がない)


『なお、対象者は昨日も、深夜に窓からシーツを繋げて逃亡を図りましたが、敷地内に配置した屈強な見張りに発見され、連れ戻されました。逃亡未遂はこれで5回目となります。罰として、本日は国の税法に関する六法全書を全ページ筆写させました。現在、対象者は目の下に深いクマを作りながら、虚ろな目で羽根ペンを動かし続けており――』


私は堪えきれず、エルフのパックが剥がれない程度に少し笑い声を漏らした。


(逃亡未遂5回。王宮のセキュリティ舐めすぎでしょ。でもいいわ、その調子で徹底的に基礎を叩き込んでもらって。彼女には、いずれ『王妃』という名の最高の社畜になってもらわなきゃいけないんだから。中途半端なのは困るわ)


「続けて」


「はい。マダム・ローザによれば、『基礎的な知能に著しい欠陥が見られますが、恐怖と絶望による条件付けは完了しつつあります。あと1ヶ月もすれば、見栄え程度はする王妃が完成するでしょう』とのことです」


「素晴らしいわ。献身的なマダムには、特別ボーナスを弾んでおくように手配しなくてわね」


(『愛があれば何でもできる』みたいな頭お花畑だった令嬢が、今頃真っ暗な部屋で税法書き写してるのね)




────


さらに数日後。

私は別荘の近くにある草原で、優雅な乗馬を楽しんでいた。


私が跨っているのは、ただの馬ではない。

白銀のたてがみと、額に輝く一本の螺旋状の角。神聖なる魔獣、「ユニコーン」である。

前世の知識では「純潔の乙女にしか懐かない」とされていたが、まさか本当にあるとは。


(まあ、私の魂は、半分社畜みたいなもんなんだけど)


そんなことを考えながら、私は、休憩をしながら、木の木陰でユニコーンの首筋を優しく撫でた。

ユニコーンは「ブルルッ」と心地よさそうに鼻を鳴らし、私にすり寄ってくる。想定外のもふもふだ。温かい体温と、微かに香るラズベリーの匂い。そして草原を吹き抜ける風。

あぁ、癒される。動物はいい。人間みたいに裏切らないし、無駄な欲求を押し付けてもこない。


そこへ、少し離れた場所で控えていたアンナが、小走りで近づいてきた。


「セリア様。王都の諜報員から、殿下に関する報告が上がっております」


私はユニコーンから降り、アンナが差し出した冷たいお茶を受け取りながら頷いた。


(あのバカ、逃げ出したりしてないでしょうね)


「ユリウス様がどうしたの? エレナに会えなくて、心を痛めておられるのかしら」

「それが……」


アンナは少し呆れたような顔をして、手元のメモを見つめた。

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