第三話 なんでこうなったのやら side兄王子
第三話を開いていただきありがとうございます。どうぞ、お楽しみください。
冬も近いこの時期には滅多に来ない北の辺境、そこにある村の一つを訪れていた。
こうなったのもこの地を治めていた前領主が財政難で最終的に夜逃げしたからであった。
どうして貴族ともあろうものが、責任も取らず、夜逃げなど、と思わずにはいられない。
調査をすればするほど、役所を始めとしたさまざまな場所から横領の痕跡などが見つかり、この地を治めていた領主がすべて悪いとは一概に言えないのはわかるが、そうならないよう管理するのが領主だろう。
過ぎたことゆえに怒りの矛先を向ける相手もおらず、ただただ、腹立たしさだけが日に日に募っていた。ごまかすように金の髪をかき上げ、報告書と顔を突き合わせる。
というか……
――この村には横領の痕跡はないが、それにしては我々が来た時の反応に警戒の色が強かったのは一体……
「兄上、今よろしいでしょうか?
先ほど向こうに見える小屋が気になり、調査に赴こうとした者が村の子どもたちに引き留められたようで。
理由を聞けば、『あっちに行けば呪われる。』『あの周辺を調べようとすれば、大人たちに怒られちゃう。』そういうらしく……
試しに『なぜ?』と尋ねてみると、『村が呪われたら困るから。』と言ったそうで」
「村が呪われる?」
「はい。
あそこに何か横領の証拠などを隠しているのかとも思ったのですが、子どもたちは口をそろえて「呪い」というのです。
大人に聞こうとしても我々は警戒されているようで話しかける前に逃げられてしまう状態で。」
「……ねぇ、気になっていたんだけどさ、普通、王族にここまでの敵意を向けることってなくないかい?」
「それは……そもそも横領の形跡を調査しに来てる中、警戒心なんて見せれば本来はやっていると言っているものですからね。」
そう、結局のところ誰が考えてもおかしな状況でしかないのが現状だった。
――これ以上、面倒ごとを増やされると困るんだけどね。
「はあ。」
無意識に零れたため息を隠すように言葉を続けた。
「う”、んん……その小屋が村民の警戒の原因ならば、赴く必要がありそうだね。」
「……はい。今、すでに何人かに調査を命じてはおりますが――」
「シィ」
弟の言葉を遮り、会話を中断する。
村長がやって来たからだ。
――ちょうどいいか。
通りかかった村長を捕まえることにした。
「村長、少し聞きたいことがあるんだが。」
村長はいつも通り、王族への敬意と言う仮面を張り付けた嘘くさい笑みでこちらへ振り向き、何ともないように返事をする。
「はい、なんでしょうか?私で答えられることでしたら」
「あの村はずれの小屋はなんだい?」
その瞬間、その頬が引き攣りをみせたような気もしたが、変わらず笑みを浮かべ、落ち着いて返答をしてくる。
「ああ~あれは村の少年が住んでいる小屋ですよ。」
「少年が?先ほど子どもたちに呪われるから行ってはいけないと言われたのですが。」
「ああ~住んでいるのは、《《呪われた少年》》ですからな。村のために……
ええ、あの子も納得して、村から少し離れたところに住んでいるのですよ。」
「……そうかい、ありがとう。」
にっこりと微笑みお礼を告げておく。
「いいえ、お力になれたのでしたら身に余る光栄でございます。」
そう言うと、村長は足早に去っていった。
――呪われた少年、ねぇ~。胡散臭い話もあったものだね。
ただ、少年が住んでいるのは本当なのだろう。
今の話を聞く限りは、おそらくだが、横領の件とは関係ないことだ。
「さて、どうしようか?
この村は横領などの件とは無関係だろう。
その上でその呪いの少年とやらを調べるかどうか。我が愛しの弟的にはどう思うかい?」
「兄上、わざわざそう呼ぶ必要はないでしょう。
それはさておきですが、呪いが本当でも嘘でも調査はしたほうが良いかと。」
少しばかり困った表情を浮かべながら、返答をしてくる。
――これだから、かわいいんだよね~。
優秀でいい子……本当にいい弟を持ったものだ。
そんな内心はさておき……
「お前もそう思うか。では悪いが、そのあたりの聞き込みをお前に頼んでいいかい?」
「はい。お任せを。しかし、兄上は何を?」
「村の戸籍の調査をしてみようと思うよ」
「ああ、なるほど。わかりました。こちらはお任せください。では」
それからしばらく調査したことで分かったことはこうだった。
少年は現在八歳で三歳の時に両親を亡くしていること。
魔力が異常に多いこと。
それが村に危険をもたらしていたこと。
彼の両親が亡くなったのは少年が不幸に好かれているからだ。
それは呪いだということ。
このまま村にいられたら、村が呪われる。
だから、村から離れた場所に閉じ込めたのだということ。
――んー……
随分と飛躍した話もあったものだね。
子どもに対してとる行動だとは……思えないな。
「ああ、それとどうやら少年には名前がないようだったよ。
まあ、それだけというほど単純なことでもなさそうだったけどね。」
「名前がないですか?
五年前までは両親がいたはずですが、どういうことでしょうか?」
弟は心底不思議だとでも言うように首をかしげて見せる。
まあ、その気持ちには深く同意したい。
「おそらくだが、本職の者の手が入っていた。」
「本職……情報改ざん、ということですか……
ですが、その言い方ではあくまで可能性の話で内容まではわからなかった
ということでしょうか?
兄上が探り出せないということは相当な手練れのようですね。
そうなるとこの村が横領に関わっていないというのも怪しくなってきますけど。」
「いや、少年の件と横領はやはり別のことだろう。他に横領の痕跡が見つかった村にはそんな痕跡はなかった。この村だけいうのも不自然なことだ。」
他に横領が見つかったところでは、素人もいいところ、隠す気などさらさらないとでも言いたげなほどにすぐにわかるようなものばかりだった。
ここにきて、隠すようなことをするとは正直思い難い。
「しかし、孤児、それも「名を持たぬ子」、となると……」
そんな思考を巡らせていると、弟が大事な部分をついてきた。
その声は重々しく、少しばかり怒りを孕んでいるようにも聞こえた。
――あらら……この村、終わったかもね。
白くなるまで拳を握り締めている自分を棚に上げ、弟の怒りを買ってしまったこの村にとりあえず、同情しておく。
「ふっ… なんにせよ、王族の責務として見逃せない事象となった。」
「兄上、そこ笑うところじゃないですよ、もう…」
「わかっているよ。」
そう、これは非常に重要なことだろう。
孤児の保護――それはここヴァルネア王国においてひどく大切にされている文化だった。
約二百年ほど前、世界の均衡が崩れ、大飢饉や戦争が頻発した。
その時、どういうわけかヴァルネアだけはその被害をほとんど受けることなく、世界で唯一の『平穏な地』となった。
その噂を聞き付けた人々は命からがら逃げ込み、それによってヴァルネアは難民の増加に伴い、孤児も急増した。
これがいずれ治安の悪化をもたらすだろうと判断した当時のヴァルネア国王は、いくつかの政策を打ち出した。
その一つが「孤児を王家の資金で保護する」というものだった。だが、それを聞いた貴族たちの訴えはこうだった。
『孤児を守ることは王家だけの責務ではない。
孤児を大切にすることこそがヴァルネアの文化の象徴でありヴァルネアが発展してきた理由である。
この地が平和であるのは、そうした国の徳を神々が信じてくださっているからだ。
であれば、その期待に応えることこそ、この混沌の時代からヴァルネアを守る道である。』
貴族たちは資金を募り、それを見た国民も『神に感謝を』と言いながら、不要となった衣服などの寄付を始めた。もともと孤児を大切にする国であったヴァルネアは、この時から一層、孤児を大切にするようになった。
そのことから考えれば、呪い云々はさておいて、孤児の少年を閉じ込めていることだけを見れば、一歩間違えば国家反逆罪ともいえる行為だった。
ましてや、その子が『名を持たぬ子』であるならばなおさらだ。
「少年のもとへ行こうか。」
その静かな決意の声は確かなる意志を持って動き出す合図だった。




