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その少年、呪いと呼ばれし者  作者: 一ノ瀬 リマ
第一章 王都編 ~王宮へようこそ~
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第十話 咲き誇れるように


泣きじゃくった翌日。

俺は少し恥ずかしくて、布団にくるまっていた。


――まるで幼い子供みたいに…


いいや、あの頃の自分のままだったから当然か。


王宮に来たあの日、心を締め付けていたのが自分だと気が付いていたはずだった。

それでも、自分の心とは向き合ってきていなかったんだと思い知らされた。


目を背けたくて意地を張っていただけ。

それなのにみんな、ずっと俺のことを見守ってくれていた。


――弄んでいるだけ…失礼なことを言ったかな…


自分が少し情けなくなった。

だからと言ってどうこうしようと思えるほど大人でもないらしい。


今日も来るんだろうか。

恥ずかしいから来ないでほしい。




『やっぱり、バ、カ…だよ』




昨日、意識を閉ざす前に言ってしまった言葉。

いつもの声じゃなかったのは泣いた後だったからと信じたい。


別にもう今更、危ないやつらだ、なんて理由で遠ざけるつもりはない。

というか、できない。

だって、信じたくないが、それでも納得してしまった自分がいる。

その存在が今の自分の中で大きいことがわかる。

おまけに気づいただけならまだしも、言葉にして全部吐き出してしまった。


そうしたら、また少しだけ軽くなったことを否定できない。

こんな状態でこれ以上否定するのはかえって不都合ですごく疲れる。


合理的に見てというわけじゃない。


――ただ…


どんなに抗っても本心を知られているなら、そこまで強烈に抗う方が恥ずかしい気がする。


それをわかった上でなお、やはり幼子のようにして泣きじゃくってしまったことに対する羞恥など消え去るはずもなかった。



「はあ。」



そこまで考えて、大きなため息をこぼした。


――俺、何回この思考のループを繰り返すつもりなんだろう…


実は言うと、起きた時はまだ朝だったと思うのだが、すでに昼だと思う。


心にかかった薄っぺらくも、決して光を通さない雲とこのひたすらに空腹を示す腹の虫の無邪気さとの間で俺は再び、布団に顔をうずめる。


そんな時だった。



「ステリー、大丈夫かい?」



そう言いながら、例の二人は扉という今なお、役立つはずの防波堤を突破してきた。

もはや心の防波堤が機能していない今、物理的な防波堤をこうもあっさり突破されると非常に困る。


別に何か対策を施していたわけでもないので仕方ないのだが。



「おはよう、ステリ―。よく寝られたかい?」



レオナルトは容赦なくベッドの方まで踏み込んできて、そのままベッドへ腰かけた。


わざとだろう。

この、いつもよりも無遠慮な立ち入り方はおそらく俺が恥ずかしがっているのなど分かり切っているからだ。



「やめろよ…」



さすがにそこまで晒されたくなくて零した言葉に返って来たのは珍しく明確な意志だった。



「ごめんね? それはお断り。」



思わず、少しだけ、本当に少しだけ布団を捲ってしまった。

それを逃すまいと、回り込んでいたカイエルに布団を没収された。



「布団の虫にばかりなっていないで、少しこの部屋の外へ行きませんか?

心を晴らすのに外の空気は打ってつけですよ。ふふ」



――誰か、隠れるものをください…


そう願いながら、内心は諦めに達した。

この二人には勝てない。

最後の抵抗として、大きなため息をこぼしておいた。



「はあ」



そのわりには自分の体がそのため息を吐くと同時、あるいはそれより早く動いていたことには気が付かなかった。



俺はそのまま庭園へ連れ出された。

曰く、腹が減っては戦はできぬとのことで先に昼食を食べようということらしい。


――そういうこと言うんだな


意外に思ったのはさておき、

俺としてはそれで終わってくれて一向に構わないと思っている。

第一にどこへ連れて行こうとしてるのか教えてくれない。



「どこ行くんだよ」


「内緒です。でも、きっと気に入りますよ。」



と返されるだけ。


そうして今、この広い庭園のど真ん中にあるガゼボで円形のテーブルを囲んでいる。


向かい合いたくないのに円形とかよくないと思うという内心を胸になるべく目が合わないよう庭園へと目を向けた。


――ガゼボ…おとぎ話の存在じゃなかったんだな。


そこには素直に感心していた。

一方で庭園に咲き誇る草花に対する意見はそうではなかった。


――彼らの方が生きている気がする。


自然の方がよっぽど生きている、それはいつからか咲いている花や生い茂った草木を見るたびに思うことだった。


完成された美はまるで自分と対極だからなのか。

生きることに目を向けず、死への祈りをささげるような俺と、生きている、それもそれが人ですらないという点が嫌なのか。


そうじゃない。多分逆だ。人間は生きていようと美しくない。


でも、花は違う。生きているのに美しい。

そんな二点セットは心にざわめきを呼ぶようで落ち着かない。


――やっぱり好きになんてなれない。


そこまで考えて、ふと思った。


みんなが悪いやつなわけじゃないらしい。

それが最近、学んだことでどうして、裏もなく行動できるのかはわからないが、俺の経験則の中では現状、その人たちのそれを否定するものはなかった。だから、認めざるを得なかった。


――だからってあんなに泣きじゃくるなんて…


結局、また同じ思考に戻りそうになって、さすがに自分に嫌気がさした。


――違う。今はそこじゃない。

  そうじゃなくて、あいつらはこの花のように美しいタイプなのか…

  それなら…



「…嫌いにもなれない。」



気づいた時には言葉になっていた。



「ふふ、変わった感想を述べますね。きれいだ、好きだ、って言いきってもらってもいいんですよ?」


そう言って、俺の言葉を拾い上げると、一呼吸おき、また話し始めた。


「私は自然は本当に美しいものだといつも感じます。

いつ見ても、癒しをくれるような気がしますし、どこから見たって完璧な気がするのに、彼らはのびのびとしているようで、息の詰まった自分を解放してくれる時だってあります。」


最初はただよほど好きなのだろう程度に話を聞いていた。

しかし、これに続けられた言葉はそれだけではなかったと思う。


「でも、彼らが美しく見えるのはその色や形が整っているからではないと思っています。

彼らは誰よりも清く美しくあろうとするから、その意志が、努力がちゃんと表れているから美しいと思うのだと。だから彼らは『咲き誇って』見える。

窮屈な自分を解放してくれるのも彼らが『咲いている』彼ら自身を『誇っている』からなんでしょう。

ですから、咲き誇るとはきっと、人間の言葉の範囲内という狭い区画の中でそれでもその美しさとその裏の努力を称賛し、敬意を払うのに最も適していた言葉だったんだと思います。

そして、もしそれなら、何よりもまっすぐに背中を押してくれる言葉が『咲き誇れ』なのかもしれないと考えています。あくまで、私個人の意見ですがね、ふふ。」



珍しく、自嘲気味にそう言ったカイエルはまるですべてを溶かしてしまいそうなほどの柔らかい瞳で眺めると、やがてその視線を俺に移し、尋ねてくる。


「今の君にもぴったりな言葉ですよ。

咲いて、誇ってください。ふふ。

私はステリ―のことを誇りに思いますよ。

君はどうですか? 

今、咲き誇れていますか?

この瞬間がそこに生きる自分が少しでも好きになれましたか?」


「………」


上手く反応できない。

自分を誇るなんて縁もゆかりもないことを聞かれたところで、その言葉に対する回答を持ち合わせていなかった。

ただ、なぜだかいつものように適当な返答をするのも違うと思い、結局、その言葉を数度、反芻することしかできなかった。

俺の沈黙を責めることもなく、カイエルは小さく肩をすくめて、自分で言葉を引いた。



「なんて、答えを急くものではありませんね、ふふ。」



けれど、さっきより花に興味が湧いたような気がした。

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