第九話 吐露
王族としての勉強が始まって、早数日。
教育係の者たちとの距離は微妙なままにそれでもなんとか続いていた。
婦人から二日目に言われたのはこれだった。
『ルミステアン様はほぼ完ぺきにできておられます。細かいところを少しだけ直すところがあれば直しますが、おそらくその必要もないでしょう。
ですので、社交界でのあれこれをお教えいたします。
基本はお茶をしながらわたくしとおしゃべりをしていただく形で行こうと思いますが、問題ありませんか?』
婦人の前回の最後のセリフは冗談でも聞き間違いでもなくどうやら本当のことらしい。
――俺の振る舞いが王族として問題ないって何の間違いだよ。
そんなわけで今日も婦人とやけにふわりとしていて落ち着かないソファーに座り向かい合っているところだった。
「ここでの生活には慣れましたか?」
「………」
――慣れる、ねぇ
正直な話、慣れたと言えば慣れただろう。さすがにほとんどこの部屋から出ていなければ、慣れもする。
だからこそ問題があるとするのであれば、あの王子二人だった。
しょっちゅう遊びに来ては出かけようと誘ってくる。
そもそも呼んでないのだからなんで来るんだよって感じではあるが、毎日やられれば、諦めが勝つわけでこの部屋にやってくること自体はもう気にしていなかった。
「…何がいいんだか。あんたたちがおかしいんだから…」
外に出ればまた同じようなことを言われて、石を投げられるに決まってる。
――ここなら安全だから
しかしそんな思考に焦ったのは誰でもない自分だった。
――ここが安全? 笑わせるなよ、なんで…
そんな俺に追い打ちをかけるように、先ほど俺がこぼした言葉に対する疑問を投げてくる。
「わたくしたちがあなたに対して過大評価をしている、そう思っておいでですか?」
「…そうじゃなきゃ、だって、そうじゃなきゃ、なんだって!」
「珍しく慌てておいでですね。良かったです。そのようにして慌てられることもあるのだとわかって。」
婦人はただひたすらに事実を突き付けてきていた。
客観的に自分の状態を説明されたときほど、自分の状態を言語として認識できるときはそうない。
それが俺を畳みかけてくる。
「弄んでいるだけだろ?」
「いいえ、正当な評価です。」
端的に事実を返す婦人だからこそ、その言葉は人を納得させる威力を持っている。
「じゃあ、やっぱりあんたらがおかしいんだよ! ほかの奴らはそうじゃない…」
なぜかわからない。でも、胸が苦しかった。その苦しさを吐き出すようにさらに言葉を続ける。
「俺は呪われてる、呪われてるんだ。だから、みんなを困らせて、だから、かあさまもとおさまも死んだんだ。俺さえいなければ、死ななかった。
でも、俺は二人が死んだとき、やっぱり悲しくなかったんだ。悲しいってなんだよ……
わかんねぇよ。
村の奴らが言ったんだ。
『こんな呪い持ち込んで、置いていくなんて埋葬してやるだけ感謝しろよ』って。
俺のせいで、俺のせいで死んでも悪く言われてて、なのに…なのに俺は涙一つ流れなかった。」
――違う。俺は呪われてない。
呪われてると思い込んでただけだって気づいたじゃないか。
思うな。呪われてるだなんて被害妄想だ。
じゃあ、なんで泣けなかったんだよ…
悲しい時は泣くものだ。
俺だってあの頃までは確かにそうだったんだ、そうだったはずなんだ…
でも、もうわからない。
「俺は不幸を持ち込むんだよ!
あんたたちだって俺といたら後悔するだけだ!
どうせ、捨てるんだろ? だったら拾うなよ!」
そこまで言ってはっとした。
――俺は今、なんて?
捨てられたくないから?
もう無理だった。限界だった。覆い隠せなかった。
「…いやだ、あぁう、いやだよ、なあ、俺は今、あう、何を、ひ、思ってるんだよ。
なんぅで、…あの時、う、泣けなくて…あぁ、いま、な、いて…」
自暴自棄になった俺を止めたのはレオナルトだった。
そっと俺を抱き上げ、そのまま胸にしまい込まれた。
「ステリー、君はずっと泣きたかったんだ。悲しかったから。でもね、人の感情は極限まで来ると反応を示せなくなるものだよ。
君は一人になったことが、周りに両親を良く思ってもらえなかったことが嫌だったんだね。苦しかったんだ。」
――違う、違う、俺は心無いやつだ。
「君は悲しいと同じくらい自分を責めてしまったんだ。泣けなかったのは泣く資格がないと自分で定めてしまったからではないかな?」
――ぅう
『ごめんなさい、ごめんなさい…
とおさま、かあさまが死んだのはぼくのせいなんでしょ?
とおさまのかあさまを奪ってごめんなさい…』
『そんなことはない。お前のせいじゃないよ。
謝るのはやめなさい。お前はいい子だ』
『とおさま、かあさまのもとにやっぱり行きたかったの?
とおさま、ぼくのせいでかあさまを奪っちゃってごめんなさい、ごめんなさい…』
思い出したのは二人が死んだ日のことだった。
「俺、あ、には、う、僕が、ひっく、泣く、なんて、俺、のせいぁなの、に」
「生きるということは死ぬということと隣り合わせなものだよ。
だから、ステリーのせいなんてことはない。
それに、悲しむ資格は誰にでもあるよ。」
視界にはもう何が映っているかなんて一切認識できず、ついにレオナルトの胸に顔をうずめた。
声を殺そうとしてそれでも無理で…
「気が済むまで泣けばいい。声を出して泣けば、すっきりするものだ。」
結局、自分がわからなくなるくらい、ぐずぐずに泣き続けた。
――初めから悲しかったんだ、ずっと悲しかったんだ。
この感情にはもう逆らえなかった。
認めるしか許されなかった。
――この腕が、その言葉が温かいのがいけない…
次第に疲れが現れる。
頭が回らなくなり、意識が途切れる寸前…
「やっぱり、バ、カ…だよ」
その掠れた自分の声がいつもより甘さを帯びていたような気がしてならなかったが、眠気には抗えなかった。
多分、久しぶりにまぶしい夢を見たと思う。
◇ ◇
「驚きましたね、兄上。」
それは寝てしまったステリ―をベッドへと運んだあとのことだった。
「申し訳ありません、少しやりすぎました。」
「謝罪の必要はないよ、婦人。むしろ、これは婦人の役目だったと私は思うしね。」
「しかし、村人というか、黒幕は容赦なく心をへし折ったようですね。」
「ほんとうに、なんてことをしてくれてるんだろうね。怒りが増すばかりだよ。」
――個人的な怒り。王子としてはどうかとは思うけど…
彼はもう家族だし、包み隠す必要性はないよね?
許しはしないよ、ステリーの心を弄んだことを。
「カイエル、ステリーは明日こそ、誘いに乗ってくれるかな?」
「えぇ、きっと。書庫へ連れて行ってあげましょう、兄上。」
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