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その少年、呪いと呼ばれし者  作者: 一ノ瀬 リマ
第一章 王都編 ~王宮へようこそ~
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第八話 しいて言えば好きなもの


お茶会から三十分、次の尋ね人が部屋をノックする。


コンコンコン



「失礼いたします。テオドール・チャールズ・ホーソーンです。

ルミステリアン様の教育係の任を拝命し参りました。」



またもやメイドが迎えに行き、新たな人物が俺の目の前に現れる。

第一印象は俺でさえ、物腰柔らかな人=この人だろうと言えるほど、優雅な人物だった。


流石に予想していたタイプと違ったものだから、ちょっと対応に困った。


彼はこちらまで足を運ぶと挨拶をする。



「お初にお目にかかります、ルミステリアン第七王子殿下。今日よりあなた様の教育係として座学全般を担当させていただくことになりました、テオドール・チャールズ・ホーソーンと申します。お会いできて光栄です。」


「は、じめまして。ルミステリアン・セラフィオン・ヴァルネアスです。」



この人物の雰囲気に対する動揺をまだ引きずっていたのか、雑に返すはずだった挨拶がつられて、少し整ったものになった。


男は早速というように話を始めた。



「今日はまず、文字の読み書きから始めようと思ってきたのですが、文字の読み書きはすでにおできになるなどございましたら、おっしゃってくださいね。」



――文字を書く…


その言葉に疑問を浮かべる。



「架空の現象なんてやったって時間の無駄だろ…」



ポロリとこぼす。


テオドールはそれを聞き逃すことはなく、拾い上げ、すぐに疑問を投げ返す。



「架空の現象とは何のことでしょうか?」



――はあ?


架空の現象でないというのであればどうするというのだろうか。

切実な疑問として浮かび上がったそれは珍しく俺の口を意欲的に走らせる。



「書くなんて動作は想像上の言葉にすぎないだろ?

指で空書きすることはできても、それは見えない。」



テオドールは不思議に思う。



「なぜ指で空書きを?

紙とペンなどを用いれば書けますよ。」



確かに紙とペン、インクはとても安価なもの、というわけではなかったが、一般の市民が知らないものではないはずだった。



「………ぺ、ン?」


「………」

「………」



二人は顔を見合わせる。


すると、テオドールが何やら自分の荷物を取り出すと、これがペンですよと見せてくる。


それは羽だった。

どうやって書くのか疑問で紙に押し当てようとして止められる。



「あまり力を入れるとペンの先が折れてしまいますから。

それとそのままではさすがに書けません。

このインクを付けて書くのですよ。ほら」



文字が綴られていく光景に少し興奮し、綴られた文字を読み上げる。



「ルミステアン・セラフィオン・ヴァルネアス…俺の名前?」



なぜ書いたのが俺の名前なのか、そうは思ったが、今はそれどころではなかった。



「なあ、俺も使える?」


「えっはい…文字、読めはするのですか?」


「ずっと本を読んでたから…唯一の暇つぶし。」


「暇つぶし、ですか?

どのような本をお読みになられていたのですか?」


「哲学、化学、経済学…」



テオドールが隠すことなく驚いた顔をする。



「内容はわかるのですか?」


「何度も読んだから…」



それから俺の反抗心というか警戒心というかはどこへやら、少しだけ語った。




哲学は楽しかった。読めば問いが提示され、その問いを考えているだけで、時間が過ぎる。一度で二度美味しいのが哲学だった。


算術は楽しかった。ひとつの答えに辿り着くまでの道がいくつもあるものだから...

何度も考えた。見つかる度に嬉しかった。

無限に時間が溶けていった。




「本の中だけは時間を進めるものがあった。だから…

 でも、読み終えて、考え終えて…

 いつしか、あの中の時間も止まった…」



俺は淡々とした語り口調で事実を積み上げる。

テオドールはどう返したらいいか分からないのかただひたすらに俺の話を噛み締めていた。


やがて、彼は言った。



「…まだ、あるのではないでしょうか?

 世界中には沢山の本があります。

 きっとルミステリアン様がまだ読んでいない本がありますよ。

 それにこれからは書けばいい。そこはあなただけの世界ですよ。」



それと共にもう一度、俺にペンを手渡してきた。


衝動的だった。でも確かに自分の意思があったと思う。

受け取ったそれをじっと眺めやがて握る。


その手が震えていたのは慣れないせいか、折れると言われたせいか。

そうじゃない。

ただ、高揚感と緊張感が入り交じって少しだけ手元がコントロールできなくなっていた。


それでも動きをやめることはない。


無意識に書いたのはあの日失った存在を示す言葉だった。



    かあさま

    とおさま



テオドールは少々意外な顔をしていたが、やがて俺の顔を覗き込んだ後、口を開く。



「ふふ、最初は誰でもそんなもんですよ。練習あるのみですね!」


文字の形は酷く歪んでいた。かろうじて読み取れはするが。


…まあ、初めから上手く書けるわけはなかった。


テオドールの慰めは少しむくれていたらしい俺を励ますものだった。




◇ ◇



本当に変わっていらっしゃる。


――孤児が『かあさま、とおさま』だなんて…


普通はあまり使う言葉ではないと思う。


それにどれほど繰り返したって難しい内容の本から文字を完璧に覚えられるものだろうか。

本人の話によれば、童話は読んだことがあるようだったが、絵本などは読んだことはないようだった。


――彼は一体?



「いいえ、よくありませんね」



文字を書こうと奮闘する姿は一人の幼い子供に見えた。

本という言葉に少しだけ目を輝かせていたようにも見えた。


部屋に入った時に見た彼と部屋を出るときに見た彼は別人のように見えたような気もしたが、それでも彼自身だっただろう。


明日は今日よりも心を開いてくださるでしょうか?


少し楽しみです。



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