第七話 紅茶なんて飲めれば一緒
ヴァルネア国王 アレクサヴェルとの初邂逅から一夜。
つまるところ、俺はこの王宮で初めての夜を過ごしたということになる。
昨晩、部屋に帰ってしばらくした頃だった。
カイエルとレオナルトが訪ねてくると、これからについての話をした。
王族入りをするということはそれなりの教養や礼儀作法が必要になる、予想の範疇ではあったが、めんどくささが圧倒的に勝ったので、適当に突き返した。
『めんどくさいし、礼儀作法なんて孤児が今からやったって無理があるね。』
『えっ、
…そうですか…ん~
その心配は無用な気が――』
『まあまあ、カイエル、私たちも本当のところは分からないわけだし。』
『ええ? いや、何もわからないってわけでも…』
『いいや? それに始まればすぐにわかるさ。
今の引っ掛かりは孤児にしてはというだけ、それくらいなら、まあ、そういうこともあるくらいの話で済む。
まあ、現状がすべてだとは思っているわけではないけどね。ふふ。』
『はあ、兄上、楽しもうとしてますね?』
『ん? 何のことかな?
とにかく、心配する必要はないよ。ステリーなら大丈夫だから。』
と、まあ、こんな感じで何も分からずじまいの会話を繰り広げられ、最終的に根拠のない大丈夫をかけられ終わった。
――何が大丈夫なんだか。
そして今はその礼儀作法やらなんやらを教えてくれるらしい教師が来るのを待っていたところだったが、
コンコンコン
「失礼いたします。ルミステリアン様に礼儀作法をお教えする教育係としてまいりました、
シルビー・ボルネ・シャウと申します。中へ入ってもよろしいでしょうか?」
ちょうど来た。
相変わらず、レオナルトが俺に付けているメイドが、扉を開けに行く。
「どうぞ、お入りくださいませ。」
メイドの呼びかけと共に入って来たのはうわさに聞いた通り、まさに貴族のご婦人の鏡と言われているというのも納得な佇まいと自信を身に纏った女性だった。ゆっくりと、しかし、確実に歩みを進め、どれほど歩こうと少したりとも崩れない姿勢は見事なものだった。
――はあ、めんどくさいな…
俺のやる気はすでに墜落、というか浮上すらしていなかった。
――適当にやってれば早く終わらないかな。
そうこう考えていると、婦人が俺の前に立ち、挨拶をする。
「改めまして、お初にお目にかかります。シルビー・ボルネ・シャウと申します。
この度の王族入り、おめでとうございます。
わたくしはルミステリアン様に礼儀作法をお教えする教育係としてまいりました。」
――どうしてこう、貼り付けの笑みを皆、浮かべるのだろうか。
本来であれば、とてもいい第一印象を与える婦人の振る舞いも俺からすれば、こういう認識にしかならなかった。
だって、考えてみてほしい。
みんな同じような顔を貼り付けられるなら、それはきっと内心を映した顔じゃない。
貴族という枠組み、いや社会という枠組みでそれが必要だったとしてもそれはつまり、裏では何か思考を巡らせているということを示していることになる。
無表情だと自覚がある自分のことは棚に上げ、動かぬ表情の裏は結局みんな悪であると決めつける。
――これならいっそ、村の連中のように顔に出ていた方がましなんじゃないのかぁ?
そんな内心の警戒心をそのままに、一応ということで、ぶっきらぼうに言葉を放り出すように挨拶を返す。
「ルミステリアン・セラフィオン・ヴァルネアス。よろしく。」
特に立ち上がることなく、自分の中の最大限の雑な姿勢のままに返答したものだから、礼儀作法を教えに来たという人物なら突っかかってくると思った。
というかそれで本性を知っておいた方がやりやすい、そう思ったからであったが、どっかの王子同様、かわされて終わった。
「今日は初日ということですから、そう気負わず、ゆっくりお茶でもしながら私とお話でもと思っています。」
俺の挨拶から少しだけ間は開いたものの、顔色一つ変えることなく、自身に任された仕事のみをこなすようにして、その準備を的確に整えていく。
要するに俺には興味なし、ということを表したいのか、そう勘違いしてほしいのか。
「勝手にしろ。」
端的にそれだけ告げる。そもそも俺に拒否権なんてないわけだし。
婦人はと言うと、俺の返答を聞いてか聞かずか、メイドにお茶の用意を持ってこさせており、ちょうど準備が終わろうとしていた。
――さて、どうしたものだろうか。
婦人が出したお茶に毒が仕込まれている可能性について検討していた。
もしそれで、死ねるならいいかもしれないが、死ねないことなど分かり切っている。
だって、ただつらいだけなので嫌だった。
だからとりあえず、目の前に置かれたカップと婦人の前に置かれたカップを交換することにした。
「毒が入ってない証拠は? 俺のとあんたの交換してよ。」
普通なら腹を立てるだろう。だって、本当に盛ってなかったら、盛りそうという印象を勝手に抱かれたものだったわけだ。
しかし、これにもやはり顔色一つ変えない。
「どうぞ。」と一言告げると、あっさり入れ替えた。
おそらく毒は入ってない、そう判断するに足るかと言われると微妙だが、確かめる手段などそう多くないのでこれで諦める。
――というか、飲まないという選択肢があるか。
そこまで考え、やめる。
なんとなく、勝手にしろと言ったくせに出されたお茶を飲まないのは癪だった。
置かれた紅茶へ手を伸ばす。
ふと、異変に気が付き、時計回りにカップを回して左側を向いたティーカップの取っ手を右側に直す。
取っ手を親指と人差し指でつまみ、中指でしっかりと支えるようにして、ソーサーから持ち上げる。
――少し早かったか。熱いだろうな。
そう思うももう持ち上げてしまったし、置くのも恥ずかしいので、そのままカップの縁から目を離さず、ゆっくりと口に運ぶ。
案の定、少し熱かったがおいしいお茶だった。
――それもそうか、ここは王宮だしな。
と考えながら、ふたたび、カップをソーサーに戻す。
一連の動作に音が混じることはなく、静かに終わった。
ふと、婦人の方を見る。
すると、ようやく夫人の顔が貼り付けの笑顔を忘れ、代わりに少しばかり驚いた表情を映し出していた。
俺の視線に気づいたのか取り繕うようにして、カップへ手を伸ばし、一口紅茶を含んだ後だった。
「随分と綺麗な所作をなさいますね…どちらで身につけられたのですか?」
そう聞かれ、質問の意図を考えたが、やがて難解だと思い、問い返した。
「何を言っているか、わからないな…」
しばらく沈黙が続き、零されたのはやはりよくわからないことだった。
「そうですか。
では、お一つだけ。
あなたの動きは一朝一夕で身につくものではないですよ。」
初の礼儀作法の授業はそれにて終わりを迎えた。
※今回のタイトルは作者の感想では決してありません!




