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その少年、呪いと呼ばれし者  作者: 一ノ瀬 リマ
第一章 王都編 ~王宮へようこそ~
13/22

閑話 直後の密会

閑話ですが、重要ですので、読み飛ばしは推奨いたしません。



 それはルミステリアンこと、ステリーの居なくなった王の執務室でのことだった。執務用の机の前にある足まで細工の入った向かい合うソファー二つ。その硬すぎず、柔らかすぎないまさにちょうどいい塩梅のソファーを一つずつ、テーブルを挟んで向かい合うようにレオナルトとカイエルは腰をかける。そして、執務用の机の向こう側で窓から王都を見渡す王の言葉を待っていた。しかし、王が喋り出すことはない。変わらず王都を見つめ、心なしか目を細める。窓を撫でるように触れるその手はまるで赤子でも撫でるかのようだった。かの王はいつもそうだ。レオナルトもカイエルも我が父ながら、生まれながらにして王のような国思いの人だとその都度、思う。




 しかし、今日は少し違った。決して表に出すことはなくとも、少々動揺していた。だからこそ、ステリーの居なくなったこの部屋で早々に痺れを切らし、レオナルトはそれまでの整った姿勢を崩すと、足を組みながら王へ尋ねる。




「父上、あの名前は一体?」




「そう言わずとも、気づいておるから連れて帰って来たのであろう? 私を試すなどまだまだ早いことだな。」




「まさか、そんなつもりは微塵も。父上はどうお考えになられるか、それを確認しただけですよ。」




 王は振り返らず答えた。レオナルトとしては真意を探らずには居られなかった。けれど王はかわしたいらしかった。




チクタクチクタク




 静寂に鳴り響く秒針が、一度鳴り止んだ会話の間に二十か三十回程度鳴り響いたところで、王はようやく振り返り、レオナルトを視界に収める。その瞳はギロリというほど鋭い訳ではなくとも、まるで全てを見透かされているような気分になりそうなものだった。しかし、流石は王族と言ったところだろうか、レオナルトが怯えるようなことはない。




チクタク




 また響き渡る秒針が時を刻むため、動いているさなか、王とレオナルト、両者の視線だけは決して動かず相手を捉えている。その瞳には両者、何を宿していたのだろうか。そんな、静寂を切り裂いたのは呆れたカイエルの声だった。




「やめてください、お二人とも。人前じゃないとすぐそれなんですから………仲がよろしいのはいいことですが。」




 それは呆れに満ちていて、同時にこうも思っていた。自身が本当に怒らせたくない人である二人は時々大人げないと。自分以外など、こんな状況に出会ってしまえば、それこそ国の滅亡でも想像できてしまいそうだった。それほど優秀な二人はただ戯れているに近いことをカイエルだけは知っていた。レオナルトはあっさりとしたカイエルの静止に残念に思い、気の抜けた声を出す。




「ちょっと、カイエル?そんなに呆れなくてもいいじゃないか。我が弟のそういう真面目なところは嫌いじゃないけど、父上とくらいは許してくれ。」




「そうだぞ、お前たちくらいしか話になど付き合ってくれないしの。」




 他に王子たちがいないわけなどでは決してないが、王のというか、父親の話に付き合ってくれるのは結局いつも彼ら二人と王妃である母上だけだった。




「わかってますよ。ですが、父上、あれの理由だけはちゃんと話してくださらないと。私たちは父上ほど見えるわけではないですから。流石に驚きましたよ? ルミステリアン・セラフィオン・ヴァルネアス、光と祝福……


王族でもそんな名前つけないのに」




 王はため息をついた。そして話を逸らすように調子のいい態度で、カイエルへ告げる。




「見ようとするからだ。見るのではなく感じなさい、そう再三言っているだろう、カイエル」




 カイエルは話を逸らされたことと、それから王の主張に対して、ため息交じりにこう答えた。




「それは父上が歴代王族の中でトップ10に入ると言われているからできる芸当のように思いますけどね」




 それにはレオナルトも頷いており、王は苦笑を零すしかなかった。




「それで?」




 レオナルトのその言葉に王はもはや逃れられないことを悟り、一度遠くを見て、また二人に視線を戻す。すると、少しばかり眉を寄せ、もう一度、深くため息をつく。どうにも言いたくなさげだ。しかし、意を決したように王は息を吸い込んだ。




「あまり驚かせないでほしかったね……結論から言えば、今回は明確なことが分かったわけじゃないよ。そうだな……ただそのままだよ、そのまんま。彼を見たとおりに表した結果としか言えないだろう」




「………」




 レオナルトとカイエルは顔を見合わせ、納得したような、していないような表情を浮かべる。ただ一つ、王でもわからないことならば、今のうちは自分たちにもわからないだろう、そういう結論を得たとも言えたので、進歩がないわけではなかった。やがて、レオナルトは王へ向き直り、言う。




「母上は?」




 彼の中では王の真意さえ知ることができれば、あとは深く気にすることではなかった。そのため、早々に話を終わらせ、王のいや、正確には父親の機嫌取りでもしておこうと思った。彼の愛妻家っぷりは国中で有名だった。側室を迎えることを拒み、結局迎えなかったくらいには。




「ああ、まだ隣国さ。どうやら一筋縄ではいかないらしく、珍しく苦労しているようだ。愚痴の手紙がほら、こんなに」




 そう言って見せてきたのは、高さ二十センチほどはありそうな手紙の山だった。




「これは……」


「すごいな……」




 他に感想は出てこなかった。なんというか、さすがは母上だろう、そう思うのが限界だった。レオナルトはこの愛妻家は一体どうするつもりなのかと思ってしまう。変なところで厳しい彼はたまに冷たいのだ。ソファーのひじ掛けに肘を置き、頬杖をつくと、疑問のままに言葉を紡いだ。




「父上にとって運命なんでしょう? いいんですか、大切な母上をコケにするような輩を放置しておいて」




王は眉をピクリと跳ねさせた。




「まったく、その話をどこで聞いた?」




「どことは申し上げませんが、まあ、優秀な情報調達のプロたちがね」




「悪魔か。あやつらも随分とお前たちを気に入っているようだな」




 カイエルがすかさずフォローを入れる。なんせ国屈指の舞台である彼らは基本的には王の命令しか従わない。それ以外は王族であっても、お願いする権利を持っているだけに他ならない。




「ご安心を。権限の範囲内で話を聞いているだけです。彼らも我々に肩入れしているわけではないですから」




「しかし、実質の第一王子派筆頭は彼らだろう?」




「それは彼らに与えられた正当な権利ですよ。王の命令こそが彼らの行動のもととなるのですから、彼らにも自分の主を選ぶ権利がある、それがいつかの歴代王が何とか成立させた我が国の誇りの一つです」




 王は笑いながら、おかしそうに言う。




「ハッハ、それを悪く言うつもりはないさ。私以上に気に入っているようだからな、ちょっとうらやましいだけだよ」




「どうでしょうかね? 我々が父上を大切にしているからこそ、なんて感じることもありますけどね」




 彼らの考えは彼らにしかわからない。まあ、なんとも理知的で聡い悪魔たちなのだろうか。それでも王への忠義を違えることは絶対的にない精鋭たちだからこそ許されてしまうのだ。




 そんな会話の末に王は突然言い出した。




「私を誰だと思っている? ヴァルネア王家ひいてはヴァルネア国王として名を連ねる身として、私情で他国に戦争まがいなことは吹っ掛けないさ」




 どうやら先のレオナルトの質問に対しての返答のようだった。これにはカイエルがため息を零していた。




「本当に国王みたいな人」




 そんなカイエルの呆れ交じりの言葉には「国王だからね」と調子のいい反応が返ってきた。しかし、直後、王は少し顔を歪ませる。




「あれで負けず嫌いな奴だ。下手に手を出せば、怒られるのは私の方だ。それにあやつは聡い。愚痴も、自分や王補佐、それからお前たちまでいなくなって話し相手のいなくなった私を気遣ってのことだろう。離れていても隠し事などしない、あなたの味方だ、と言う意思表明のためのね」




 全く変わった夫婦だと思うレオナルトとカイエルだったが、所詮は二人も似た者同士だろう。王のこの発言を聞いた誰かがさすがは二人の両親だと思うことは想像にたやすい。




「相変わらず仲がよろしいようで」




 レオナルトがそう返しておくと、王は今度はにっこりと笑う。




「まあな、私が唯一惹かれた女性だ」




 かの王が唯一惹かれた存在、その意味を分からぬ王族は王族ではないだろう。そう、これはあくまで王族にしかわからないことだった。




「ああ、でもそうだな。彼は王妃とあった時か、あるいはそれ以上の驚きとそれから吸引力とでも言っておこうか。そういうものを感じたよ。それから、どうしてか懐かしさがあった。知っている感覚はなかったのにね」




「懐かしさ?」




 レオナルトとカイエルは同じことを思っていた。それはさっき一緒に伝えてほしかったと。それこそが重要な話だったように思う。とはいえ、その意味はまったくもってわからなかった。




――わからないことだけが増えていく。横領を調べに……




「あっ」




 そんな声を零したのは誰だったのか。三人は同じようにはじき出されたように思い出した。見合って数秒後、思わず笑いを零す。もっとも大事な調査報告は忘れられていた。




「ヴ、ウン……カイエル」




 レオナルトはそう言うと、姿勢を正し、王は自身の椅子に腰を掛けた。




「はっ」




 レオナルトの呼びかけにカイエルは短く返事をすると、立ち上がり、執務用の机の前まで落ち着いた足取りで歩いていく。そして、どこからか取り出した資料を手渡すと、軽く説明を始めた。




「第三部隊支援班の協力により、対象地域のまちや村の横領調査を行った結果のまとめです」




「ひどいな……」




 受け取った資料に目を通した王が口にしたのはそんな言葉だった。見知らぬ間に巻き込まれた、少し関わっていた、脅されたなどのやむを得ないもの、軽度なものなどを含めればこの地域の約三分の二程度が関わってしまっていたのだ。何か大きな組織が動いていたわけではなく、何人もの小規模犯が居合わせたことでこんなことになってしまったようだった。もっともその裏に何かがいるかもしれないというのはまだ定かではないことだ。




「あまりにも出過ぎた真似をした者に対しては、即刻解雇を命じ、すでに賠償可能な者には賠償をさせておりますが、この件数の多さではすべて切ってしまうと人手不足です。そこまでとなると、他かが王子の身である我々の判断下ではないと判断し、監視を置いてくるに留めております」




 レオナルトはとりあえず、現状報告をした。




「帰ってきた、第三支援の姿が足りないと思ったら、そういうことか……もうよい。意志を持って犯行に及んだものは全員解雇せよ」




 王の判断としては当然だろう。なにせ国一番の精鋭部隊の無駄遣いだ。たった十人しかいないにもかかわらず、現在王宮にいるのはたったの四人だった。二人もそんな判断が降ってくるであろうことはわかっていた。しかし、現実問題どうするのであろうかという疑問は残ってしまう。




「どうなさるおつもりで……」




「これだけの問題となった土地を容易に次の者へは渡せぬよ。一度、王家の直轄地にするほかない」




 その言葉にカイエルは執務用の机を軽くではあったが、確かに叩いていた。




「今、父上の仕事を増やすのは得策ではありません! 二の柱も三の柱も隣国へ出動中、お帰りになるのはまだ先の話でしょう? いくら何でも父上の負担が――――」




「カイエル」




 慌てるカイエルを静止したのは、レオナルトだった。カイエルはなぜと困ったように凄む。それに微笑み返すと、カイエルは言葉を詰まらせた。




「カイエル、それから父上。私に提案があります」




 レオナルトは笑みを深めると立ち上がり、二人に近づく。




「……不憫だな」


「鬼にでもなられるおつもりですか、兄上」




 レオナルトに耳を傾けた二人はそんなことを言った。しかしそれは、レオナルト的には風評被害であった。もっともいったい誰が共感してくれるかと問われたとき、彼は返す言葉を持ち合わせてはいないのだけど。




「合理的に考えた結果です。あれなら信用できるでしょう、父上も。それに丁度、役回りがなくなったところだよ? 今後の調査もしやすくなる」




 何が本音かと言えば、全部本音なのだろうがおそらくは最後の言葉が一番の理由なのだろう。例の村の件の調査をするには確かにその地域の管理をしている者が身内である方がやりやすいだろう。




「だからって。知りませんよ?」




「そもそも裏方を好むやつだ。三柱目には成りたがらず、いいやつはいないか血眼になって探していたのはあいつだよ。喜んで使われるさ」




 それにはカイエルも返す言葉はなかった。なにせ事実なのだから。それを見た王はまあ、いいかと早々に結論を付ける。そして、気になったことを口にする。




「気に入っているな、彼のことを」




 王は父親として、彼らがそこまで人に惹かれている瞬間を見たのは初めてだった。それに対して、レオナルトが微笑みと共に返した言葉は王の納得に足るものだった。




「父上が母上に惹かれたようなものでしょう」




「まあ、あれは魔性だな」




「我らヴァルネア王家の血をひく者のみが対象範囲内ですがね」




 カイエルのそんな言葉に対し、王は「どうだろうかね?」と曖昧に言葉をつなげた。ついぞ彼らは未来を知っているわけではない。ただ、一縷の希望を持って語ったのだろう。




「気を付けなさい。まさか元孤児、それを名無しだった者に手を出すような輩はいないはずだがね。それでもそれはあくまでこの国の範囲内での話だ」




「わかっていますよ」




 レオナルトとカイエルは二人そろってそう答えた。そんな答えに満足した王は笑いながら、意趣返しのようにこう付け足した。




「ああ、間違っても彼に手を出されたからと言って、戦争を吹っ掛けるんじゃないよ?」




「誰に言ってるんですか、父上」




 とレオナルトは返したものの、その顔は同意をしているようには見えなかった。まあ、そんなことだろうと初めからわかっていたので、王も深くは気にしていない。どうせそんなことはしないとわかっているから。




 レオナルトとカイエルはもう一度ソファーに腰を掛ける。そして、話し合いが始まる前にメイドが置いていったもう冷めた紅茶を一口含んだタイミングでまた、王が話を始めた。




「それはさておき、大丈夫だったのかい?」




 レオナルトはとぼけたような顔をして、カイエルは困ったように眉を潜ませる。しばらくの沈黙の末、ようやくレオナルトがしゃべり出す。




「はあ、歪な村といい、おかしな魔法使いといい…」




「記憶が曖昧なものがいるんだったか。」




 あの村は何かが起きていた。けれどその証拠が今となってはほぼ消えてしまっていて、起きていたことしかわからなかった。カイエルは王の言う記憶が曖昧な者について補足を入れる。




「はい。ステリーが倒れた後、というか、ほぼ同時に村長ら数名も意識を失っておりました。調べたところ、とある人物に関する記憶がすべて飛んでしまっているようで……」




「村長らだけでなく、倒れなかった村人や我々の中にもその人物と接触した者は全員、そのことだけが曖昧なようだったしね。」




 王は不可思議なことばかりに頭を抱えたくなっていた。




「………」




 沈黙の末にレオナルトが一言だけ零した。




「…………悪趣味」




「だからそういうことを口にするんじゃない。」


「兄上は私たちの前ではほんと正直に全部言いますよね。」





「…… ふふ、」


「ふは」


「ハッハハ」





 笑い声の数秒後に残っていたのは三者三様の異質な空気だったことを知るのはここにあるものだけ……



お読みいただきありがとうございました。

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