第四話 水流洗わるるは
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常に隙間風の入り込む木の家とは天と地ほどの差というのもおこがましいだろうか。何か、木ではないもので作られ、隙間一つ許さない、とにかく大きな建物が目の前にあった。
――これが王宮…
村では異物だと感じた王子たちはすっかり景色に馴染んでいた代わりに、今度は俺が光景的にも雰囲気的にも何から何まで異物感が否めない感覚を味わった。
あまり近づきたくない。それでも、なぜか行くべきだと本能的に感じるのはなんなのか。
いまだ理解の及ばない本能とレオナルトに流されるまま、地面へ足を伸ばす。
この敷地に足を踏み入れることなんて、つい先日までの俺には到底想像もできないことだろう。
そもそも、明日を考えてすらいないのだから、当然か。
コツ
地面に足をつけるとなった音は知らない音だった。
知らない、わからないことだらけの場所になんだか、足取りは一向に軽くならなかった。
「王宮へ、ようこそ!」
下を向いていた目線は急上昇を果たす。ここまで、一緒だった騎士たちや王子たちが皆、そう言葉にしていた。
「今日からここは君の家で私たちは君の家族だ。遠慮する必要はない。」
「ふふ、改めて、これからよろしくお願いいたしますね。」
――家族… そんなもんはとっくにいない。誰かが成り代わろうなんて無理な話だ。
唯一、信じられる過去、それに勝手に付け込まれたような気がした。
それでも、心のどこかでは少しだけ感じた。
――なんだろう。
わからないのに、ここは知らないのに、村よりかは家族の思い出に近い温度を持っていた。
それが所以でたどり着いたもの、その意味すら何の理解もできない。
「俺が見てきたのは一体、世界の何分の一のことだったんだろう。」
それでも自然と紡いだ言葉だった。
ここはまるでおとぎ話のような場所なのに確かにさっきの恐怖が、今の新しい感覚がここに自分が実在することを、目の前のものがすべて現実であることを証明している。
『どうやら歓迎される』理由も、『ここにいていい』理由も、今はまだわからない。
それでも、たった一言、『ようこそ』と言われた、その言葉に先ほどまでの王宮とは確かに見えた景色が変わったような気がした。
――言葉の重みだろうか。
それは確かに知っていることだった。自分にかけられた言葉がそれとは逆だったとしても重みがった気がしたから。
でも、逆のことを知って初めて、気づかされたことだった。
いつの間にか重い足枷は消えていく。
いや、違う。連れ出されたあの日からなかったのかもしれない。
あるいはあの小屋にいたあの瞬間でさえも。
枷を付けていたのは… 枷だと思い込んでいたのは他でもない自分がそうしたからなのかもしれない。
――そうか、締め付けていたのは自分か…
「はっ…はは」
零れたのは苦笑だった。
少しだけ、もう少しだけ前を向いてみよう。
まだわからない、まだ死にたくないなんて明確なことは言えない。
でも、この人たちのそばにいれば…なんて
希望を持つのはもうやめた、しないって決めたそんな自分を見失わないよう鼓舞することが今の限界だった。
「何しているんですか? 行きますよ! 父上がお待ちです。」
「…はあ、今行く」
………
――はぁ? 今なんて言った?
きっと大事な変化の予兆の余韻は呆気なく過ぎ去っていた。
「ちょ、カイエル、父上って、国王だよな? ぜってぇ、ろくな事ねぇ。なんで言わねぇんだよ」
「意外です。賢い君なら察してくれると思って。ふふ」
「おい。あんまり、からかってやるなよ。」
「それ、普段、散々私に仕掛けてくる兄上が言えたことじゃないですからね?」
「ふふ、ふ」
「ふははは、ふは」
「はっ、ふ…」
笑う二人につられて少しだけ零れた。
ほんの少しでも笑い声の響きわたる瞬間にその輪の中にいたのはもしかしたら初めてのことだったかもしれない。
自分を不思議に思ったけど、少しだけ腑に落ちたような気もする不思議な体験をした。
それから、着替えを用意させているからと案内された部屋は小屋より大きかった。
――これ、ほんとに部屋っていうのか?
というか、この格好のまま、連れていかれるかと思ったけど、
さすがにそんなことなかったか。
国王。
レオナルトとカイエルの父親。
どんな人物なんだろうか。
子の王子二人は一応、多分歓迎してくれてるらしい。
でも、それは結局、小屋にいた俺に同情しただけのかもしれない。
――それも違う気がするな…
よくわからないが、そう考え、暗くなりがちな思考を追い払っているうちに着替えは終わった。
ただし、その行動自体がせっかく鼓舞した自分と真反対にあるのはこの際、無視するしかなかった。
「ん、よく似合ってるね~」
「本当ですね!」
ちなみに着替えはレオナルト付きのメイドだという数名が手伝ってくれた、というかやってくれた。
そもそも着替えなくても、というか国王に会わなくてもいいから、着替えなんて必要ないとは拒否したものの、その抵抗はむなしく、着替えさせられた。
もし本当に知らない相手ならともかく、ここ数日ずっと一緒にいた人たちだしというこじ付けの理由で自分を納得させているのが今だ。
――ところでこれ、似合ってるのか?
自分が随分と可愛くなったように見えたので全力で嫌だった。
でもまあ、一つ言えることは随分と王族らしい姿になった、ということだろうか。
――何がしたいんだか、やっぱりわかんねぇな。
「やっぱり白と深い紫でしたね。髪色に合わせてよかったです。短いズボンもよく似合ってますし。」
「そうだね~。知的な感じにもなったし、ぴったりだったようだね。」
まあ、変じゃないようなのでもう仕方なかったというかめんどくさかった。
結果、とりあえず着ることさえできてしまえば同じなのでいいという意見に落ち着いてそこでこのことには興味を無くした。
さて。
いい加減その腹の内知りたさにとりあえず、国王について聞いてみる。
「なあ、国王ってどんな人なんだよ?」
「尊敬すべき人だというのは間違いない。でも、息を詰める必要はないよ。君は君のありのままでいればいい。
まあ、たとえ偽ったとしても、あの人を騙せる人などいないだろうけどね。」
――騙せる人はいない。
それによほど有能な人なのだろうということ以外の情報はなかった。
「さあ、行こうか。そろそろ行かないと待ちくたびれたと怒られそうだ。」
「そうですね。あらぬ言いがかりをつけられそうです。ふふ」
前言撤回。
今の会話に安心できる要素はないどころか、心配すべき要素しかなかったのは気のせいであってほしいと思う。




