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影縫う剣と蒼き城の執事  作者: わまたよ


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第五部 第十六話――理解できぬもの

南方。


人族の地図では、

「魔族領」と一括りにされるその場所は、

実際には、

いくつもの思想と勢力が折り重なった世界だった。


魔族国家インテグ。


石と黒鉄で築かれた評議殿の天井は高く、

魔力を含んだ空気が、

わずかに肌を刺す。


人族であれば、

数分と立っていられない濃度だ。


その中央、

円形の卓を囲むように座るのは、

インテグを支配する上位魔族たち。


角の形、

鱗の色、

瞳の輝き。


いずれも、

“爵位持ち”であることを示す特徴だった。


「……人族同士の戦争が、

 思ったよりも早く、

 形を変え始めたな」


低く、唸るような声。


発言したのは、

老齢の魔族――

かつて数多の戦場を渡り歩いた者だ。


「代理戦争から、

 半ば公然とした衝突へ。

 だが――」


その赤い瞳が、

卓上の地図を睨む。


「中立公国だけは、

 一切、戦場になっていない」


別の魔族が、

鼻で笑った。


「当然だろう。

 あそこは、

 争いを嫌う国だ」


「違う」


老魔族は、

即座に否定した。


「“嫌っている”のではない。

 “許していない”のだ」


沈黙。


言葉の意味を、

全員が噛みしめる。


「争うことを、

 あの土地の上で、

 許していない」


「それは、

 力がある者の言い分だ」


若い魔族が、

不満げに言った。


「中立を名乗るなら、

 どちらにも与せず、

 ただ守りに徹すればいい」


「それが、

 できていないから、

 問題なのだ」


老魔族は、

ゆっくりと指を組んだ。


「アルスト王国も、

 カンフリークト帝国も、

 あの公国を踏み台にできない」


「それどころか、

 “触れれば何かが起きる”と、

 本能的に理解し始めている」


別の魔族が、

低く呟く。


「……あの人間か」


空気が、

一段、重くなった。


誰も、

名を口にしない。


だが、

全員が同じ存在を思い浮かべていた。


「魔力を持たぬ者」


「剣のみで、

 魔族の将を斬ったという、

 噂の人間」


「人族の国では、

 ただの執事だと聞く」


その言葉に、

数名の魔族が、

わずかに口角を歪めた。


「滑稽だな」


「だが――」


老魔族は、

その反応を制するように、

静かに言葉を続ける。


「我々は、

 その“滑稽な存在”を、

 理解できていない」


「力はある。

 だが、

 支配を望まない」


「恐怖を与えられる。

 だが、

 それを利用しない」


「敵を殺せる。

 だが、

 殺す理由を選ぶ」


評議殿に、

沈黙が落ちる。


魔族にとって、

力とは、

誇示し、

奪い、

従わせるものだ。


だが、

その人間は、

そうしない。


「……気味が悪いな」


若い魔族が、

本音を漏らした。


「強者が、

 強者として振る舞わない。

 それは――

 秩序を壊す」


老魔族は、

静かに頷いた。


「だからこそ、

 インベイは、

 いずれ必ず、

 彼を排除しようとする」


「だが、

 我々は違う」


「理解せねばならん」


「敵か、

 味方か、

 あるいは――

 利用できぬ障害か」


評議殿の奥。


影のように佇んでいた魔族が、

一歩前に出た。


「南方の森の監視報告です」


「中立公国側、

 魔族の越境に対し、

 一切の妥協なし」


「侵入した者は、

 例外なく排除。

 だが――」


一瞬、言葉を切る。


「国家名も、

 種族名も、

 一切、表に出しておりません」


老魔族は、

目を細めた。


「……やはり、

 戦争を望んでいない」


「だが、

 中立を破る者は、

 容赦なく斬る」


「人族にしては、

 随分と、

 魔族的だ」


誰かが、

皮肉を込めて言った。


老魔族は、

低く笑った。


「違うな」


「我々が、

 力を振るう理由は、

 “奪うため”だ」


「だが、

 あの人間は――」


「“守るため”に、

 力を使っている」


その言葉は、

魔族たちにとって、

ひどく理解しがたいものだった。


会議が終わり、

評議殿を出た後。


老魔族は、

一人、夜空を見上げた。


人族の戦争。

魔族の思惑。

中立公国という、

歪な存在。


そして――

名を持たぬ、

一人の人間。


「……世界は、

 面倒な方向へ、

 進み始めたな」


だが、その声音には、

わずかな――

期待の色が、

混じっていた。


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