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影縫う剣と蒼き城の執事  作者: わまたよ


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第五部 第十五話――名を持たぬ圧力

アルスト王国、王都。


白亜の石で築かれた王城の会議室には、

早朝にもかかわらず、重苦しい空気が満ちていた。


長卓の周囲に集められたのは、

王族、軍務卿、宰相、諜報部門の責任者。

いずれも、国の命運を左右する立場にある者たちだ。


卓上には、

国境付近で発生した村の襲撃事件についての報告書が、

何通も並べられている。


「――結論から言え」


王が低く命じた。


軍務卿は、

一瞬、言葉を選ぶように視線を落とし、

やがて重く口を開く。


「……我が国の正規軍が関与した証拠は、

 確認されておりません」


「だが、

 我が国の矢が使われていた、

 という話は?」


「確かに、形式は我が国のものです。

 しかし――」


言葉が、詰まる。


「……不自然です」


王の視線が鋭くなる。


「不自然、とは」


「矢の製造年が合いません。

 流通経路も、説明がつかない。

 何より……」


軍務卿は、

報告書の一頁を指で叩いた。


「殺し方が、

 軍のものではない」


沈黙。


「兵士であれば、

 あの状況で、

 あれほど静かに、

 的確に命だけを奪うことは、

 まずありません」


宰相が、低く唸る。


「では、

 盗賊か?」


「それも、考えにくい」


諜報責任者が続ける。


「現場に残された足跡、

 刃の角度、

 力の入れ方――

 どれも、

 訓練を受けた者の動きですが、

 国籍が……見えない」


王は、椅子に深く背を預けた。


「……カンフリークト帝国の仕業ではないのか」


「可能性は、否定できません。

 しかし、

 彼らにしては――

 “やり過ぎていない”」


その言葉が、

場の空気をさらに冷やした。


「戦争を煽るなら、

 もっと明確な痕跡を残すはずです」


「にもかかわらず、

 どちらの国も、

 確証を持てない」


王は、しばらく黙り込んだ後、

静かに呟いた。


「……第三者、か」


誰も、否定しなかった。


その同じ頃。


カンフリークト帝国、北方の要塞都市。


石と鉄で固められた会議室で、

同じような議論が、

ほぼ同じ言葉で交わされていた。


「アルスト王国が、

 こんな中途半端な真似をするとは思えん」


帝国の将軍は、

腕を組み、苛立ちを隠さず言った。


「だが、

 我が国の軍靴が残されていた、

 という報告もある」


「古い型だ。

 今は使われていない」


「……つまり、

 誰かが、

 “我々に見せたいものだけ”を、

 置いていった、ということか」


沈黙。


「不快だな」


将軍は、歯を噛みしめる。


「戦争とは、

 もっと血なまぐさいものだ。

 こんな、

 妙に整った惨状は、

 気味が悪い」


諜報官が、慎重に言葉を挟む。


「……中立公国」


将軍の視線が、

鋭く向けられた。


「彼らが、

 動いたと?」


「動いた、

 というより――

 “動かさなかった結果”かもしれません」


将軍は、低く笑った。


「なるほどな……」


「中立を名乗る国が、

 何もせずに、

 ここまで戦況に影響を与えるとは」


その夜。


アルヴァリア公爵領。


椎名は、

執務室の片隅で、

静かに帳簿を整理していた。


蝋燭の灯りが、

白手袋を淡く照らす。


「本日の物資流通、

 異常なし」


淡々とした声。


誰に聞かせるでもない。

ただ、

事実を確認するための独り言。


そこへ、

控えめなノック。


「失礼いたします」


入ってきたのは、

老執事マルコだった。


「各国の使者が、

 ここ数日、

 公国周辺を探っているようです」


椎名は、

ペンを置き、

ゆっくりと顔を上げた。


「そうでございますか」


驚きは、ない。


「直接の接触は?」


「今のところ、

 様子見の段階かと」


椎名は、

わずかに微笑んだ。


「それで、

 よろしいのでございます」


「疑念は、

 芽の段階であれば、

 疑念のままで留まります」


マルコは、

その言葉の意味を、

深く理解していた。


「……戦争は、

 進んでおります」


「はい」


「しかし、

 壊れてはおりません」


「それが、

 中立の役目でございます」


椎名は、

再び帳簿に視線を戻す。


その所作は、

いつもと何も変わらない。


だが――

その裏で、

世界は確実に、

一つの事実に気づき始めていた。


中立公国は、

何もしていないように見える。


だが、

“何かをさせない力”が、

そこには、確かに存在する。


名もなく。

旗も掲げず。

剣を振るう姿すら見せず。


それでも――

戦争の形そのものを、

歪ませない存在。


アルスト王国も、

カンフリークト帝国も、

そして魔族国家インベイも。


同じ結論に、

ゆっくりと辿り着き始めていた。


――中立公国の裏には、

“触れてはならない何か”がいる。


その正体を、

誰も、掴めぬまま。


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