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影縫う剣と蒼き城の執事  作者: わまたよ


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第五部 第十一話――名もなき仕事

首都ヴァルアスの夜は、静かだ。


昼間の喧騒が嘘のように、

石畳を踏む足音は減り、

魔法灯の淡い光だけが、街路をぼんやりと照らしている。


だが、その静けさは決して「安らぎ」ではない。

それは、音を立てずに溜まっていく澱のようなものだった。


椎名は、裏路地の影を選ぶように歩いていた。


視線は低く、

歩幅は一定、

呼吸は深く整えられている。


急ぐ必要はない。

ここでは、急ぐ者ほど目立つ。


(噂は、表より裏のほうが正確でございますね)


彼の耳に届くのは、

魔法で強化された聴覚などではない。

長年、人の「気配」と「間」を見続けてきた経験が拾い上げる、

会話の切れ端、沈黙の不自然さ、声色の揺らぎ。


「……また、南の件だ」

「中立ってのも、そろそろ限界じゃないか?」

「誰が糸を引いてると思う?」


誰もが核心を避ける。

だが、その避け方が似通っている。


――話題にしたくない。

――だが、させられている。


その違和感こそが、椎名の目的地を示していた。


古い商会の倉庫跡。

外観は荒れ果て、

屋根の一部は崩れ、

扉には打ち捨てられたままの封印痕が残る。


だが、

人の出入りは、確かにある。


椎名は、物陰に身を寄せ、しばし待った。


数分。

いや、十分ほど。


出てきたのは、

上等な外套を羽織った中年の男だった。

貴族の家紋はない。

だが、立ち居振る舞いには、

平民ではない癖が染み付いている。


(元貴族、もしくはその関係者でしょうか)


男は周囲を警戒し、

小さく息を吐いてから歩き出した。


椎名は、一定の距離を保ったまま、

影の中を滑るように追う。


追跡に、技は要らない。

必要なのは、

「追っていると悟らせないこと」だけだ。


男が辿り着いたのは、

貴族街の外れにある、小さな屋敷だった。


派手さはない。

だが、修繕は行き届き、

門番もいないのに、妙な圧を放っている。


椎名は、門を見上げた。


(……ここが、一つ目でございますね)


彼は、遠回りを選ばなかった。


正面から、音もなく門を越える。


庭に降り立った瞬間、

空気が変わった。


微弱だが、

確実に意図された魔力の流れ。

侵入者を検知するためのものだ。


椎名は、歩みを止めず、

わずかに足運びを変えた。


魔力を遮断するのではない。

遮断すれば、逆に不自然だ。


「反応したが、問題なし」

そう誤認させる“隙”を通る。


屋敷の中は、静まり返っていた。


しかし、

静かすぎる。


生活の気配がない。

それでいて、

人が集まっている痕跡だけが残っている。


椎名は、廊下を進み、

一つの扉の前で立ち止まった。


内側から、声が聞こえる。


「……計画は順調だ」

「中立公国が揺らげば、

 東も北も、動かざるを得ない」

「直接手を出す必要はない。

 “疑念”だけで十分だ」


その瞬間、

椎名は確信した。


――ここが、情報操作の中枢の一つ。


彼は、静かに扉を開けた。


部屋の中には、五人。

いずれも、元貴族、商人、あるいはその仲介役。


誰一人として、剣を抜く暇はなかった。


椎名は、

ただ一歩踏み出し、

最も近い男の喉元に、柄を当てた。


「驚かせてしまい、申し訳ございません」


その声は、あまりにも穏やかで、

場違いなほど丁寧だった。


「ですが――

 ここから先は、少々お話を伺います」


一人が、魔力を高めようとした瞬間。


椎名の足が、床を踏む。


それだけで、

部屋の空気が切り裂かれた。


男の意識は、そこで途切れた。


残る者たちは、

剣が振るわれたことすら、理解できなかった。


数分後。


部屋には、

気絶した男たちと、

一人、椅子に座らされた人物だけが残っていた。


「……な、何者だ」


問いかけは、震えている。


椎名は、ゆっくりと視線を合わせた。


「名乗るほどの者ではございません。

 ただ――

 中立を壊そうとする方々の後始末を、

 任されている者でございます」


彼は、机の上に置かれた書類を一枚手に取る。


そこには、

資金の流れ、

偽情報の配布先、

連絡役の名前が、丁寧に記されていた。


「……なるほど。

 随分と、広く手を伸ばしていらっしゃいますね」


椎名は、書類を戻す。


「ですが、ご安心ください。

 ここで得た情報は、

 “戦争”には使われません」


男は、目を見開いた。


「た、助かるのか……?」


椎名は、首を振る。


「いえ。

 戦争には使われませんが――

 掃除には、十分でございます」


その言葉の意味を、

男が理解する前に。


外で、微かな足音がした。


扉の向こうで、

誰かが立ち止まる。


椎名は、ほんの一瞬だけ、視線を向けた。


「……参りましたか」


扉が、ゆっくりと開く。


そこに立っていたのは、

ファルカだった。


怯えと、決意が入り混じった顔。


椎名は、いつも通り、柔らかく微笑む。


「よく来ました。

 ここから先は――

 少々、勉強のお時間でございます」


ファルカは、

喉を鳴らしながら、

小さく、しかし確かに、頷いた。


この夜、

首都ヴァルアスの裏側で、

一つの“線”が、静かに切られた。


誰にも知られず、

記録にも残らず、

だが確実に、世界の流れを変える線が。

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