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影縫う剣と蒼き城の執事  作者: わまたよ


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第五部 第八話――森が、息を止めた日

南方大森林は、生きている。


それは比喩ではない。

魔力の流れ、土壌の脈動、樹木の呼吸、獣の生存圏――

それらすべてが重なり合い、均衡を保つことで成立している、

巨大な生命圏だ。


だからこそ、異変は必ず“兆し”として現れる。


最初に気づいたのは、森ではなかった。

人だった。


アルヴァリア公爵領南部、監視線沿いの小村。

狩人たちが、朝の森へ入るのを躊躇した。


獣道はある。

足跡も新しい。

だが――音が、ない。


鳥の羽ばたきも、虫の鳴き声も、

木々を渡る風のざわめきさえ、

どこかで“押さえ込まれている”ような、不自然な静寂。


「……今日は、やめとくか」


誰かがそう言い、

他の者たちも、理由を言葉にできぬまま頷いた。


それは、経験が積み重なった者ほど感じ取る、

説明できない危険だった。


同じ頃。


南方監視拠点では、

騎士団・魔法師団・行政官が集められ、

臨時の情報共有が行われていた。


報告は、どれも決定打に欠ける。


魔物の数が減っている。

いや、増えている地点もある。

魔力濃度は、平均値では変わらない。

だが、局所的な“溜まり”が発生している。


「異常とは断定できません」


魔法師団の一人が、慎重に言葉を選ぶ。


「ただし……自然な変動とも言い切れない」


ガイウス騎士団長は、腕を組んだまま、沈黙していた。

戦場の匂いに敏感な男だが、

今回は、その嗅覚がはっきりとした答えを出せずにいる。


その会議室の隅に、

一人だけ、立ったまま話を聞いている男がいた。


椎名である。


彼は発言しない。

報告書にも口を挟まない。


ただ、

人の言葉と、言葉の隙間。

魔力の説明と、説明されない違和感。

そして――誰もが避けている“可能性”。


それらを、静かに繋ぎ合わせていた。


(……誘導されていますね)


心の中で、そう結論づける。


自然災害ではない。

偶発的な魔力異常でもない。


意思がある。


しかも、

表に出ない形で、

中立公国に“動かせる”ための、

ぎりぎりのラインを攻めている。


「森へ、調査隊を出します」


ガイウスが決断する。


「深入りはしない。境界線の内側までだ」


それは、中立を守るための、正当な対応だった。


誰も反対しない。

椎名も、止めなかった。


ただ一つだけ、

彼は、ガイウスの背中に、穏やかな声を投げた。


「団長」


「……何だ、椎名」


「今回は、“帰還できること”を、最優先になさってください」


ガイウスは、少しだけ目を細めた。


「それは、いつもだ」


「ええ。ですが今回は――」


椎名は、言葉を選び、

それ以上は言わなかった。


その夜。


森の中で、

最初の“事故”が起きた。


調査隊の一つが、

既知の安全経路を進んでいた最中、

突如として、地形が歪んだ。


地面が沈む。

根が絡み合い、足を取る。

視界を遮るように、魔力を帯びた霧が立ち込める。


そして――

本来、この区域には出ないはずの魔物が、

統率された動きで現れた。


咆哮はない。

無駄な突進もない。


囲む。

追い詰める。

退路を塞ぐ。


魔物とは思えぬ、効率的な動き。


「……引くぞ!」


隊長の判断は早かった。

魔法師が防御を展開し、

騎士たちが後衛を守る。


致命的な損害は出なかった。

だが――


戻ってきた者たちの顔には、

共通した色があった。


理解できない恐怖だ。


報告を受けた公爵邸では、

即座に対応が始まる。


監視線の強化。

周辺村落への警戒指示。

難民流入を想定した物資確認。


すべては、

「起きていない戦争」に備えるための準備。


そして、

誰にも告げられぬまま、

椎名は一人、夜の庭に立っていた。


月明かりの下、

風に揺れる木々を見つめながら、

静かに剣の柄に指をかける。


抜かない。

だが、

抜く距離まで、手を伸ばす。


「……力で壊す、ですか」


その呟きは、

森にも、城にも、届かない。


だが確かに、

この世界の均衡が、

音を立てずに、ひび割れ始めていた。


中立とは、

何もしないことではない。


そして今、

何かを“しなければならない段階”が、

確実に近づいていた。


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