2→3 ③終
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タツヤ達が餓龍剣を手に入れた頃、ブエラリカより遠く離れた聖光龍帝国王城では、非常に稀な式典が執り行われていた。
様々な礼装に身を包んだ帝国家臣達がヒソヒソと囁き合う中、謁見の間に獅子頭のドミニアス帝が現れる。
いつからだろうか、彼等の主人であるドミニアス帝が気怠げな表情を見せなくなり、全身に活力が漲っているようになったのは……。家臣達がそれは遠い過去であったと錯覚するかのように、獅子王は部屋中に響く力強い声で語りかけた。
「諸君! 諸君は既に知っている事だろう。かの商業国ミンバが、愚かにも我々に争いを仕掛ける為、国中の魔装甲冑を掻き集めている事を! 同時に知っているはずだ。我々には光龍様が共に在るという事を! そして、光龍様から産み出されし神の祝福、新たな魔装甲冑である光輝甲冑が、ミンバのそれをはるかに超える数で出陣を待ちわびている事を!」
握り拳を振るい熱弁する王の言葉に、割れんばかりの拍手が巻き起こる。王は満足気にそれをしばらく眺めると、手を挙げ制した。
「さて、諸君。我らには光龍様と光輝甲冑が在る。しかし、それで完璧なのか? 我らにはもう一つ大切な存在が居るのではないか? ……それこそは、我ら聖光龍帝国の守護者、五聖輝将である!」
玉座の前、一段下がった場所にダイトル、ゴブル、フレイア、アクエイドが並ぶ。
「残念な事に、我が忠臣である疾風のボガードは、憎き邪龍に挑み討たれた……その哀しみを乗り越え、邪龍を打ち倒し、この世界に永遠の平穏を築く為、本日我は新たなる五聖輝将をここに任命する事に決めたのだ!!」
そう、今から執り行われる式典。それは帝国において非常に稀な、五聖輝将の任命式典であった。
王の発言に家臣達が騒めく。長く仕えた家臣達であるから、今から行われる式典そのものの内容は、皆熟知している。
問題は、一体誰がその任を受けるか、家臣達の中では誰一人知る者が居ない事だった。
帝国内において、五聖輝将に選ばれるという事は、特に武官にとって大変に名誉な事である。
数年前、最年少のアクエイドがその任を受けた時には、既に家臣中……いや、国中にアクエイドが五聖輝将の一人となる事が知れ渡っていた。
当然の事ながら、アクエイド本人が吹聴してまわったわけではない。
五聖輝将は、選ばれる前から、誰もが選ぶなら当然この人物以外には居ない……そう思える、いや思わせる程に他より抜きん出た才覚を見せ続けられ無ければ、そもそも選ばれないからだ。
よって、実際に任命を受ける以前から、誰が新たな五聖輝将になるかは、周知の事となる。
しかし、今回はそれが全く無かった。
勿論、帝国に優秀な武官が居ないわけではない。しかし、それは裏を返せば、せいぜい優秀止まりなのである。
一体誰が……そう騒めく家臣達を。王が再び手で制す。
「前に出でよ。《閃光のゼロ》」
「ハッ!!」
家臣達が慌てて振り返る。いつからそこに居たのか? まるで、今この瞬間に浮き出てきたように家臣達の後ろに立っていたのは、全身白の鎧に身を包み、白龍を模した兜で顔を隠した騎士だった。兜の奥から男とも女とも言えぬ無機質な声を発し、玉座の前、跪く五聖輝将の中央に進むと、左右と同じように跪いた。
「閃光のゼロ、御身の前に……」
「うむ」
跪くゼロに王が手を掲げる。謁見の間に完全な静寂が訪れた。
「汝、閃光のゼロを……」
「お、お待ち下さい!! 陛下!!」
突然の大声に王の言葉が遮られる。
「この痴れ者がぁっっ!!!!」
立ち上がったゴブルの怒声が、式典を遮った者、狼頭の男に向けられた。
「貴様、ボガードの……」
「はっ、フレイア様。ボガード様の部隊、その副長リッドで御座います」
男は深く一礼する。
「先程の無礼、後ほど我が命をもって償いたいと思っています。しかし、その前に……私は、そこのゼロなる者が、ボガード様に代わりて栄えある五聖輝将の一人となる事、どうしても納得いきませぬ。よって……ここでその力試したく!」
リッドがスラリと腰に下げた長剣を抜き構える。途端に周囲の家臣が左右に避けた。
「やめんか!! 王の御前で抜刀など……貴様、正気かっ!」
「よい、ゴブル。面白いではないか。ゼロよ、貴様もよいな?」
「……全ては御身の望みのままに」
立ち上がったゼロがそのままリッドに対峙する。剣を構えるリッドに対して、空手のまま両腕をダラリと下げたままだ。
「……何故構えぬのか、あえては聞かぬ。その慢心、後悔するがいい!!」
リッドが踏み込み、彼我の距離を一気に詰める。そのまま大上段に振り上げた剣を一気に振り下ろした。
「がっ! ……な、何だと!?ぐふっ……」
しかし、その刃がゼロに触れる事は無かった。ゼロの背後より生じた白い触手がリッドの刃を砕き、彼の喉を締め上げながら空中に吊るしあげた。
ゼロの胸元には、鎧の下から白い光が漏れている。
「あの輝きは……輝神結晶!?」
「そこまで! 双方下がれ! リッド、貴様の処分は後ほど出るだろう」
居並ぶ家臣の中、クーラムタの発した呟きは、フレイアの鋭い声に掻き消された。
フレイアの発言に、しかしリッドは弱々しく首を振る。
「残念ながら……それは無理で御座います、フレイア様」
「ほっほっほ、なるほど、こやつ影腹を切っておったか」
ダイトルの言葉通り、今やリッドの腹部は血が滲み、足の先からポタリポタリと垂れ落ちていた。
「ゼロ……殿。先程よりのご無礼、平にご容赦を……この力、まさしくボガード様に続く五聖輝将に相応しく……願わくは、この愚者に引導を……」
「構わぬ、ゼロ。奴の望み通りにしてやれ」
「はっ!」
胸元の光と共に新たに生じた白い触手が、鋭い刃となってリッドに迫る。
「聖光龍帝国に……大いなる栄光を!!」
叫び声を最後にリッドの首が飛ぶ。ドサリとリッドだった物を落とし、返り血に濡れた触手を虚空にしまうと再びゼロは王に跪く。その姿を見て他の五聖輝将も跪くと、王は再度ゼロに手を掲げた。
「汝、閃光のゼロを、我、ドミニアスの名において五聖輝将に任ずる」
鳴り止まぬ拍手の中、立ち上がりゼロが家臣達の方に向き直る。運び出されつつあるリッドの亡骸を視界に入れつつも、兜で覆われたそこには何の感情も読み取る事はできなかった。




