2-16
『終わったようだな』
動きを止めた虎楼閣から腕を引き抜き着地した俺へ、虎鉄丸とタービュレンスが近寄ってくる。
『ああ、もう虎楼閣の中に白龍の組織は無い。全て我が食ろうてやったわ』
『だ、そうだ……コルト、周辺はどうだ?』
『ジルバが周辺を探ったが、奴等の……王弟の狙いは虎楼閣だったんだろうな。それが失敗に終わり、他に目立った動きも無く、白騎士達もほぼ全て撃破されたようだ。戦いは終わったな』
コルトはそう言うと、虎鉄丸を虎楼閣に登らせ、胸部装甲をこじ開けさせる。開いた装甲内に腕を入れ、そっと抜き出した掌の上には、一人の人物が倒れていた。どうやら既に事切れているようだ。
「あ、あいつは…………ブライドか?」
「知っているんですか? タツヤさん」
「ん? ああ、少しだけな……」
あの真っ白な空間、どこまでも広がる静かな白い浜辺、そこで出会った虎男を思い出す。あいつ、ブライドと同じ格好をしているという事は、やはり同一人物なのだろう。
しかし、その見た目は変異していた。白龍の侵食によるものか、ブライドの体毛は黒から白へと変わっている。それは虎楼閣と戦う直前に見た、ブライドが憧れ憎んだという白き虎男、彼の兄ブライアン王の姿に皮肉にも酷似していた。
『さて……俺とジルバは、ここで待って虎楼閣を軍に引き渡さなきゃならないが、タツヤはどうする?』
大事そうにブライドをその両手に包み、虎鉄丸がこちらに向きなおる。
『戦闘が終わったのなら、俺達はリズさんの所に戻ろうと思う……無事かも気になるし、何も言わずに出てしまったからね』
『そうか。では、またな』
『また、踊る羊亭でね! 待ってるよ、タツヤ兄ちゃん!』
『ああ、またな!』
手を振る虎鉄丸とタービュレンスに応えると、翼を広げ空へと飛び上がる。
そのままグルリと一回りするが、既に街の火の手は消え、確かに白騎士達の姿も見えなかった。
そうして確認を終え、リズさんの家の敷地内に舞い降りる。ここは街の中心地からやや離れている為か、特に被害は無いようだ。
「帰ってきたようだな。皆無事か?」
ドラグーンとの接続を解き、ドラグーンが光になって消えると、壁にもたれかかったリズさんが尋ねた。
「リズさん! はい、皆無事です。リズさんは大丈夫だったんですか?」
「ああ、こちらには特に何も無かったからな。さて、詳しい話は食事をしてからにしようか? 君達は朝から何も食べてはいないんだろう?」
そういえば確かにそうだ。意識すると急に空腹を感じた。
頷くと、リズさんは家の中へ入って行った。
「じゃあ、私も一緒に御飯準備してきますね!」
「いや、俺も手伝うよ。いや〜、お腹空いたね」
「ん? んんん? マスター、ちょっと待て」
リミルと並び、リズさんに続いて家に入ろうとしたその時、肩に座るイオスが声をあげる。
何事かと立ち止まった俺達に説明もせずリミルの体に戻り、黒リミルの状態に切り替わると、イオスはそのまま俺に抱きついてきた。慌てる俺の胸に顔を埋めるようにしながら、頻りに匂いを嗅いでいる。
「お、おい! どうしたんだ、イオス?」
「くんくん……匂うっ、匂うぞマスター! 奴の、白龍の匂いがプンプンするわっ!一体どこでつけてきたっ!!」
「えっ……あっ!」
白龍の匂いと聞いて、あの不思議な白い少女の事が浮かんだ。あの白い空間で出会ったブライドと少女。虎楼閣の操手だったブライドはわかるが、だとしたら少女は……あの子が白龍の何かだというのなら、納得できる。
「あ、あ〜……あの虎楼閣の時に、ちょっと……な」
そう言った瞬間、イオスの視線が一気に冷たくなった。俺に抱きついたまま、上目遣いで睨んでくる。
「とすると何か? マスターの為にと、我がひっっしで白龍と虎楼閣の支配を巡って争っている時に、マスターは事もあろうにその白龍と、こんなに! こんなに匂いが移るまでイチャイチャしていたと!!」
「い、いや……イチャイチャって、そんな事してないぞ?」
自分の行動を振り返る。うん、あれは断じてイチャイチャとかそういう部類のものじゃ無いはずだ。
「問答無用だっ!」
ポンッと音がしたかのように、一瞬でイオスからリミルに戻る。慌てて俺から離れるリミルの胸に、俺の肩からイオスが飛び込んだ。
「マスターの、マスターの浮気者〜〜!!」
「お、おい! 人聞き悪い事をそんな大声で……」
「よしよし、イオス様。タツヤさんは誰にでも優しいだけで、ちゃ〜んとイオス様が誰の為に頑張っているの知っていますからね」
何故だろう。心なしか、リミルの言葉にも棘を感じる……。
「そ、そうか? リミルもそう思うか?」
「勿論ですよ、ねえタツヤさん?」
イオスとリミルの視線がこちらに向く。俺は少し釈然としない気持ちを抑え、盛大に頷いた。
「なんというか……すまなかったな、イオス」
「う、うむ! マスターがそう言ってくれれば良いのだ。我も些か熱くなりすぎた。許してほしい、マスター」
謝る二人をニコニコ見ながら、リミルがパンッと両手を合わせる。
「はい、仲直りできて良かったですね。それじゃあ御飯の準備にしましょう。リズさんもきっと待ってますよ?」




